第190話 subroutine ルセア_白馬の王子様①
◇◇◇ ルセア視点 ◇◇◇
「ルセリア殿下、侵入したとおぼしき二〇人からなる暗殺者、すべて片付けました。どれもカリエッテ様が怪しいと目星をつけていた者たちばかりです。襲撃に加わっていない者たちにも監視をつけておりますので、これ以上の問題は起こらないかと思われます」
城の警備を任されていた隊長はそう言うと、膝をついて頭を垂れた。その顔にはびっしりと汗か浮いていて、ポタポタと床を濡らしている。
責任……いえ罰を恐れているのでしょう。
「警備を任せられながら、殿下を危険な目に遭わせてしまいました。責任はわたくしめが……」
失態は失態だ。だけど私は処断する気持ちにはなれなかった。
エクタナビアは目下のところ敵と交戦中。籠城を強いられ、兵も足りない。
そこへ王族の警備だけ厚くしろ、などと命じることはできません。
そもそも私は自分の意志でここへ来た。危険を承知で来たのだ。だから兵を責める気にはなれなかったのです。
「戦時中のことです。仕方ありません」
「……ですが」
隊長の処分に悩んでいると、リブが声をあげた。
「殿下、その隊長さんも一応は国の兵士だ。国の定めた罰を与えないといけない。でないと秩序が乱れる。そうなっちまうと兵の質が下がる。下手な前例をつくると後々に響くぞ」
口調が崩れるのは彼が何か考えている証拠です。それも目まぐるしく考えている。きっと私のことを心配しているのでしょう。
「でも、隊長にすべての責任があるわけではありません。敵が悪いのです」
「だとしても規則は規則だ。善意で法をねじ曲げても、ろくなことにはならない。厳格に対処すべきだ」
「ではどうしろと?」
「ところでベルーガでは王族を危険に晒したらどんな罰が待っているんだ?」
酷い質問です。それでは隊長を処断しなければなりません。
「そ、それは……」
口ごもっていると、ミスティが代わりに答えてくれました。
「死罪です」
「そうか、だったらそれなりの罰が必要だな」
「…………」
「しかし、もとを辿れば怪しい者を見過ごしていた元帥にも責任がある。だけど元帥を処断するわけにはいかない、戦時中だしな。かといって、襲撃が予想されることを知っている責任者の隊長を無罪にもできない。難しいな」
リブはニヤニヤと言う。
イタズラ好きな人だけど、ここまで意地悪じゃないと思っていたのに……。
少しばかり幻滅しました。
「意地の悪いことを言わないでください」
「おっといけない。俺も不敬罪で処断される」
「そのようなことはしません。敵を排除した功績がありますから」
「だったら隊長も暗殺者を退治した功績があるな」
「あッ!」
リブはこのことを指摘したかったのでしょう。配慮の至らない自分が恥ずかしくなりました。
続けて彼は言います。
「立功贖罪という言葉がある。功績で罪をあがなうって意味だ。どこだって優秀な部下をつまらない失敗で失いたくない。だからこういう制度がある」
「良い制度ですね」
「隊長は功績を立てた、だから褒美の代わりに死罪を免れる。でもそれだけだと周りは納得しないだろう。罰もしっかり与えないとな。そうだな、城の警備の責任者としてあと三年、降格も昇格もせずきっちり務めてもらう。責任を理由に逃げさせない、なかなかきつい罰だろう」
「厳しい罰ですが、それにしましょう。ですが家族は別です。給金はみなと同じ扱いで」
「だってよ。よかったな隊長さん」
「あ、ありがとうございます。殿下のご厚恩に報いるべく、誠心誠意職務をまっとうします」
隊長が平伏して、事は丸く収まってくれた。
「次はリブですね」
「そうだな。俺にはどんな罰を与えるんだ?」
「不敬罪です。赦しても良いのですが、その態度を一生あらためないでしょう。ですから功績を差し引いても厳罰になります」
「……おいおい、命の恩人だぜ俺。何人も敵を倒したんだぜ、それを厳罰って……」
「口答えは許しません。いまので罪状がさらに増えました」
「ちょ……」
「刑を言い渡します。生涯私の護衛をしなさい。離れることは許しません、死ぬまでです」
「いや、それはうれ……困るんだけど…………」
「わかりました。特別に一つだけ許しましょう。態度が悪くても罪には問いません。私としてはかなり譲歩したつもりです」
私は狡い女だ。
悪い気はしたけれど、私の我が儘に付き合ってもらうつもりです。彼のように、裏表のない人を私は知らない。だから眩しく見える。王族という衣装で本心を隠し、自分を殺して生きてきた私にとっては宝物のような存在。不便を強いることになるだろうけど、その分、できる限りの願いを叶えてあげよう。
「まあ、殿下がそう言うのなら別にかまわないけど、その代わり今日だけは謹慎にしてほしい。俺も隊長さんも心の整理がしたいからな」
「いいでしょう。それくらいなら許します」
事後処理もすんだところで、私は新しい部屋に案内された。リブは心の整理に行くと、どこかへ行って、ミスティだけがお供。
兵士たちに労いの言葉をかけて、部屋へ向かう。
「殿下、危機は去りました。ですが油断は禁物。カリエッテ様が戻られるまでこちらに」
「わかりました。城の者に迷惑をかけたくはありません。こちらで静かにしています」
「窮屈を強いる結果となり、誠に申しわけありません」
「いいのよミスティ、あなたもご苦労様。あとで褒美を与えるわ」
「でしたら、先ほど話に出ていた、カリエッテ様の責任を不問にして頂きたく存じます」
元帥が部下に慕われているのは知っている。だけど口に出してしまった以上は責任を……ああ、どうしよう。
「悪いようにはしないわ。だけど考える時間をちょうだい。うまい理由を考えないと貴族たちが五月蠅いの」
「承知しました。ご配慮、痛み入ります」
それからミスティが警護についてくれた。リブからは優秀な人と聞いているので安心だ。
ほっとすると、とたんに喉の渇きを覚えた。
そういえば、襲撃の前から何も飲んでいない。口のなかがカラカラなはずだ。
メイドを呼んで、飲み物を頼む。
飲み物を手に戻って着たメイドに、ミスティが言葉を投げた。
「あなた、殿下付きのメイドではありませんね」
「配膳係のミリヤです。三年ほど前から城で働いていますが……」
「それは知っています。私が聞きたいのは、なぜ配膳係が殿下の飲み物の用意を? それは殿下付きのメイドの仕事のはずでは?」
「先ほど賊が城にあらわれた際、何人か怪我をしたらしくて……代わりに私が、なんでしたらお飲み物を下げましょうか?」
「いえ、いいわ。襲撃があってみなピリピリしているのよ。気にしないで」
ミスティは飲み物が載ったトレイを受け取ると、配膳係のミリヤを帰した。
優秀なメイドはカップに紅茶を注ぐと、懐から銀の棒を取り出した。毒が入っていないかしらべるのにつかう棒だ。
銀の棒で紅茶を混ぜる。
十分に紅茶に触れた棒をとりだすと、ミスティは目を細めてそれを見た。
「毒物の反応は……見られませんね。念のため、先に頂きます」
カップの紅茶を口に含むと、ミスティは唇を波打たせて毒味をした。
艶めかしく喉を顫動させて、出てきた言葉は、
「異常ありません」
毒の無い紅茶を勧めてくれたが、私は気移りした。彼女には悪いけど、部屋にある水差しの水を飲むことにした。
喉を潤おわせると、暇つぶしに読書を始めた。