第179話 合流できない!?
エメリッヒの手腕は俺の予想以上だった。
エクタナビアへ向かう最大の障壁を見事に片付けてくれた。さすがは軍事顧問!
一度、現状を確認する。
エクタナビア周辺に展開していた敵勢力は大きく分けて二つあった。
エクタナビア攻めの裏切り者とマキナの混成軍と、東――ベルーガからの援軍を妨害する裏切り者だけで編制された部隊だ。
どうやら敵はベルーガの事情に詳しいようで、マロッツェでの戦に勝ったものの動けないことを知っているらしい。
それを見越して、離反しそうな裏切り者たちをベルーガからの援軍の防護壁にあてていたのだろう。もしかすると忠誠を確認するためだったのかも知れない。
敵はいくらか援軍妨害部隊が残留すると思っているであろう。しかし、その多くはレオナルドの書簡とエメリッヒの謀略でズタズタだ。
無理をすれば、敵が二分した勢力の片翼を無力化できるのだが……。
「スレイド大尉、ここは合流を急ごう。殲滅という手もあるが、こちらの被害も大きくなる。静観するのも手だ」
「なんでですか? ここは無理を承知で片翼を撃破すればいいのでは? 敵も動揺して城攻めの兵を二分するでしょう。城攻めと糧秣の守りに。上手く立ち回れば糧秣を焼き払う機会も出てくるのでは?」
「スレイド大尉の考えも一理ある。だが決定打には繋がらない。時間を浪費するだけだ」
「持久戦に持ち込めばよいのでは? エクタナビアには食糧の備蓄が多いと聞いていますけど」
「それは敵も同様だ。兵を失った分、糧秣の消費は減る。兵站基地を叩いていれば君の意見を採用していたが、そうではない。長期戦はエクタナビアにとっても不利だ。城兵の糧秣はいいとして、そこに住む人々の食糧はどうする? いくら守りに適した城でも、多くの民間人を抱えていてはいくら食糧があっても足りない。それに治安が悪化する。城外へ出れないという不便、閉塞感。民間人の間に不安と動揺が広がり、最悪、暴動が起こりかねない。内憂外患というやつだ」
「ではどうすればいんですか?」
「案ずるな、策はある」
「その策っていうの教えてくれませんか?」
ケチそうな軍事顧問にダメ元で頼んでみると、意外なことにエメリッヒは企てていた策謀をすべて開示してくれた。
エメリッヒの策謀は常軌を逸していた。あり得ないどころの話ではない。何をどう考えれば、そのような考えに行き着くのだろう? 理解に苦しむ。
俺は、この軍を率いる一応の責任者である。さらなる説明を求めた。
軍事顧問は饒舌に子細を語ってくれた。根拠としてはただしい、しかしそう上手く事が運ぶだろうか?
「本当に可能なんですか? 俺の想定したルートと全然ちがうんですけど」
「可能だ。必要な情報は揃っている。準備も抜かりない。スタインベック辺境伯の居城で考えていた通りに事は進んでいる。問題ない」
「エスペランザ軍事顧問が得意としているのは艦隊戦でしょう。この惑星の戦い方――白兵戦を熟知しているとは思えませんが」
「なんだそのことか、こう見えても惑星で大規模戦の指揮も執ったことがある。三十万からなるZOCの掃討作戦の指揮だ。大勝した。これ以上の実績はないと思うがね」
「おおッ!」
惑星戦といえば、人がメインとなる軍事行動だ。それもZOCを相手にした大規模戦の指揮をとったとなると……。なるほど、だから自信があるのか。
「それを踏まえての今回の作戦だ。かなりの確率で成功すると予想されるが、ここで躓くと取り返しは難しい」
「従えと?」
「強要はしない。だが君も経験があるだろう。上司にいくら進言しても意見を取り入れなかったことが。一度、自尊心や保身を前面に押し出した行動をとってしまうと、それからは誰も進言しなくなる。得てして無能な自信家は責任をとらされる。進言したという事実を盾にされて。軍に限らず、どこにでもあることだ」
遠回しに作戦を黙認しろと言ってきた。あなたのほうが自信家でしょう。
チキンな俺は、失敗したときのことも考慮してこの会話を議事録に残した。
◇◇◇
かなりの敵戦力を削ったものの、エクタナビアを攻めているのは裏切り者と聖王国の混成軍だ。その数は多く、概算で八万。バルコフ元帥率いる二万の精鋭にマキナの六万だ。対するエクタナビアの兵力は五千。予備役や徴募兵、傭兵をかき集めても二万足らず。
仮に兵士をあつめても武具が不足するのは明らかだ。エクタナビアの総兵力は多く見積もっても一万強と考えていいだろう。
俺の手持ちは全部ひっくるめても二五〇〇にも満たない。おまけに挟撃しようにも敵は山へ登っている。レオナルドの提案にあった麓にある水源を断つという手もあるが、数日の時間稼ぎが関の山だろう。それに水源を断ってしまうと山に登った敵兵が一気に攻め下ってくる。
勢いのついた大軍に寡兵で対抗できるわけがない。エクタナビアが落ちるよりも先にこっちが全滅だ。
強固な防御陣地を築く……ってのはどうだろう? 駄目だ。敵は山の上、降りてくるのはすぐだ。時間が足りない。
敵を直線上に並ばせてバリスタを撃つ……これも駄目だ。曲がりくねった山道だ。非効率だし、矢が無駄になる。
頼みの魔法も窪みに隠れられては威力が激減する。ドローンで位置情報が特定できれば可能性もあったけどなぁ。手持ちの光学式スキャナーも、ナノマシンの音波式スキャンも障害物だらけの岩肌では効果を期待できない。
勝ち筋がまったく見えない。
エメリッヒへ視線を飛ばすと、未知数の軍事顧問はかすかに口端をあげた。
「名案があるのなら教えてください」
「なんについての名案かね?」
慇懃無礼なところが気に触る。絶対に知ってて言っている。嫌な人だ。鬼教官とちがった苦手意識がある。しかし、いま頼れるのはこの男だけだ。
「攻めるには敵の位置が悪い。こういう場合はどうすればいいんですか?」
「エクタナビアの兵士に善戦してもらう」
「通信ができれば、それも可能なんですけど。ここからじゃなぁ」
暗号に関する、符丁の打ち合わせをしてない。狼煙を焚いても、意味の伝わらない一方通行のやりとりしかできない。これでは意味がない。そんな状況で、どうやってエクタナビア兵たちとやり取りするんだ?
「私が行って、直接指揮を執る。それで万事解決だ」
「…………簡単に言ってくれますけど、唯一の道である弟山は現在交戦中ですよ。兄山は登れないっていうし……仮に登れたとしても何日かかることか」
「問題ない。策はある」
「どんな?」
「スタインベック領で製作したアレをつかう」
「アレって?」
「私たちの造った玩具だ」
「玩具? スタインベック辺境伯のところで」
「スタインベック辺境伯とリブラスルスと共同開発した、子供が喜びそうな玩具だよ」
そういえば、辺境伯のところで離れに籠もって何かやってたな。
「勿体ぶらずに教えてください、エスペランザ軍事顧問」
エメリッヒは大人げない笑顔で、自慢そうに言う。
「オートジャイロだ」
「オートジャイロ……ってなんですか?」
「古代史に出てくる〝ヘリ〟という乗り物の一種だ」
「えッ、あのヘリッ! 危険じゃありませんか? エクタナビアに近づけても着地は無理ですよッ! 谷底から吹き上げる風で制御できません!!」
「問題ない。ある程度高度を稼いでから墜落する予定だ」
「墜落って、エスペランザ軍事顧問、死ぬ気ですか?」
「スレイド大尉、人の話は最後まで聞け。秘策がある、これだ」
エメリッヒは懐から二本の試験管を取り出した。もしかして、こうなることを見越して準備していたのか? まさかとは思うけど……。
「そう、あれだ。戦闘訓練を受けたものならば誰もが知っているアレだ」
「検証はすんでいると思いますが、急降下でそれは危険じゃありませんか?」
「歴史上、危険の伴わない戦争は存在しない」
俺の心配をバッサリ斬り捨てると、エメリッヒは愉快そうに笑った。
〈§6 終わり〉
~~~~~~ ダイジェスト ~~~~~~
西部へ第三王女ルセリアを迎えに行くラスティ、道中、惑星に落ちたコールドスリープを確認し、生存者と合流する。
目的地に到着するも、ルセリアは城塞都市エクタナビアへ向かったとことを知る。
しかし、エクタナビアはすでに交戦中で迎えに行くのは困難。
そんな折、合流した仲間エスペランザが状況を打破すべく行動する。
~~~~~~ 次回の登場人物 ~~~~~~
エスペランザ――帝国貴族。名誉准将、軍事顧問。♂。40歳。
慇懃無礼で冗談の通じないタイプ。ナイスミドル。
《《モテキャラ》》。変わり者。
《《女性に対してだけドS》》(本人自覚無し)。
40歳だがナノマシンの恩恵で30歳くらいに見える。
愛用武器は棍。
リブラスルス――連邦精兵。曹長。♂。18歳。孤児。
元戦闘職の精兵で、いまは技術見習い。
マセガキ。目つきの悪い少年。ラスティの同僚。
サバイバルのエキスパート。背丈、精神年齢ともに低い。
ルセリア――第三王女。三姉妹の末妹。♀。15歳。
魔法が得意。物静か。病弱だった(過去形)。
カリエッテ――元帥の一人。エクタナビアを納める領主。老女。
守りが得意。狡猾で腹黒い。
フローラ――カリエッテのメイド。♀。20歳くらい。
緑髪緑眼の美人。
戦える美人。武器は細身剣
ミスティ――カリエッテのメイド。♀。20歳ちょい。
黒髪金眼。褐色肌。無口。
謎が多い。武器は細剣