第169話 エスペランザ・エメリッヒ②
「誤解というと?」
「この間の発言だ。ホリンズワース上等兵……だったか、彼を盾にすると言ったやつだ。あれは芝居だ」
「「芝居ッ?!」」
あまりの驚きにロウシェ伍長と言葉が被ってしまった。
「ああ、そうだ。芝居だ。カリム・バルバロッサ少佐、そろそろ正体を明かしたらどうかね?」
エメリッヒの言葉に、俺とロウシェはカリムへ顔を向ける。
「気づいていましたかエメリッヒ准将」
「これでも一応、帝国貴族なのでね。バルバロッサ家にカリムという嫡男はいない。いるのはカレン・バルバロッサ。娘だ」
「一体いつなんですか? コールドスリープからの蘇生時は、まだ外部野の電源を入れていなかったはず。それに蘇生酔いで記憶が曖昧だったでしょう」
カリム――カレンの問いかけに、エメリッヒはこめかみを指で叩いた。
「記憶力はいいほうでね。いくら蘇生したばかりの曖昧な頭でも男女比くらいはカウントできる。蘇生した二七人中、女性は五人いた。それなのに着替えたら四人に減っていた。なぜ一人減ったのか、とね。やむを得ぬ事情があったのだろう。だから仲間と別れるように仕向けた。さて性別を偽った本当の理由を教えてくれないかね?」
よく覚えているな。
俺は蘇生作業に必死だったので、助けた人数でさえあとで知ったくらいだ。それを男女比まで覚えているとは……。
「いまは理由を言えません」
「わかった。では一つだけ質問させてほしい。性別を偽る理由以外の質問を」
「それならお答えできます」
「近衛騎士」
近衛騎士、軍属ならば誰もが知っている帝国のエリート。連邦の精兵と同格の強者だ。
その単語を聞くなり、カレンの顔から血の気が引いた。
「答えなくて結構。しかし忠告だけはさせてほしい。アレに性別を偽っても無意味だ」
なんだろう、除け者にされている気がする。エメリッヒとカレンだけの世界って感じだ。
ロウシェに視線を投げかけると、彼女もそうらしく、返事代わりに肩をすくめた。
それにしても次から次へと厄介ごとが増えていく。ああ、俺は平穏な生活を送りたいだけなのに……。
嘆いていると、エメリッヒの声が飛んできた。
「スレイド大尉、引き続き裏切り者の追跡をしてくれ」
「貴重なドローンなんですけど」
「裏切り者の動向を把握するのも貴重な情報だ。それが敵対者ならば、なおさらだろう」
「裏切り者とは交渉の余地なしですか?」
「握手を求めても撃たれるだけだと思うがね。識別コードを認識されないようにジャミングする連中だ。手慣れている。快楽殺人者と見ていいだろう。徒党を組んでいるとなると厄介だぞ。ああいった手合いは総じて殺しに慣れている。血に飢えたベテランの戦闘員だ。それでも友好的に接したいというのかね?」
「……場合によっては」
「まあいい、個人の主義主張に口を挟むつもりはない。好きなようにやりたまえ」
「だったらドローンも好きにしていいでしょうか?」
「ああ、かまわんよ。彼女たちを説得できたらの話だが」
ロウシェとカレンを手で示す。
女性陣はエメリッヒの意見に賛成らしい。仲間を殺した連中だもんなぁ、見逃さないか。でも、これからの旅にドローンが必要なのも確かだし……。
「でしたらエスペランザ軍事顧問、今後の指示をお願いします。損害ゼロの方向で」
「善処しよう」
ドローンを自由にできないのは痛いが、優秀な頭脳が加わったことを喜ぼう。なんとなく不安は残るが、これがベストの選択だろう。仲間を殺した連中を追わないだけでもよしとしよう。これ以上のアクシデントはごめんだ。
「では、今後の計画を説明します」
問題が起こらないように、俺のやるべき任務についてできる限りの説明をした。これで知りませんでしたは通じないだろう。念入りに釘を刺したので、問題は起こらないと思うが……。
遠くに見える目的地――マーフォーク地方を統べる辺境伯の城を眺めながら任務の成功を願っていると、誰かが腕に抱きついてきた。
「パパ、ホエルンと遊ぼッ!」
……鬼教官だ。蘇生時の不具合により記憶障害に陥って、幼児退行している。頼りたいときに限って、こんなハプニングに見舞われるとは……。本来であればエメリッヒの手綱を握るのは鬼教官の役目だ。それが、あの偏屈な軍事顧問と幼児退行した鬼教官のお守りとは……まったくもって割に合わない。
年上のやたらグラマラスな幼児を腕から引き離すと、
「ワタシのこと嫌いになっちゃったの?」
鬼教官は涙ぐんだ。涙腺は崩壊寸前で、声のトーンもおかしい。ヤバイ、いまにも本泣きしそうだッ!
仕方なく頭を撫でて機嫌をとる。
何も言わないでいると、さらに鬼教官が言ってきた。
「嫌いなの?」
潤んだ瞳で上目遣い。そんな目で見ないでくれ。年上の、しかもかつての鬼教官にそんな顔をされても困る。いまの鬼教官が純真なことを知っているだけに雑にあつかえない……。
未知の惑星に来てまで鬼教官に振りまわされようとは……ああ、本当に面倒だ。