第167話 subroutine ホリンズワース_悪運の強い男
◇◇◇ ホリンズワース視点 ◇◇◇
それにしてもヤバかった。
エスペランザとかいう野郎はイカれてる。
こともあろうに部下を盾だと抜かしやがった。あれこそ軍法会議もんだぜ。
にしてもスレイド大尉、冷凍睡眠から起こすなり殴ってきたけどよ、考えてみりゃいい人だったよな。エスペランザから助けてくれたし……。軍法会議にかけるなんて言っちまったが、次会ったら謝っておこう。
舗装されていない土が剥き出しの道を進む。
数日間、歩き詰めで、この惑星の景色に飽きかけた頃。
先頭を歩いていたロリユーの野郎がこっちに戻ってきた。
大袈裟に息を切らせながら、馴れ馴れしく喋りかけてくる。
「ハァハァ…………ホリンズワース上等兵。今夜はここで野宿しよう」
いま俺たちが歩いているのは森のなかだ。もう少し進めば安全な砦があるってスレイド大尉から聞いている。安全地帯はすぐそこなのに、なんでこんな森のなかで野宿しなきゃならねえんだよッ!
「ロリユー少佐、急げば夜のうちにスレイド大尉の言っていた砦にたどりつけるのでは?」
「蘇生酔いの酷い者が何人かいるからな、無理はやめよう」
間抜けな帝国人だぜ。ホントに星民か? こいつら森の怖さをぜんぜん知らねぇ。森で野宿なんて正気の沙汰じゃねぇぞ。襲うには最適の場所だし、獣にも用心しなきゃならない。
スレイド大尉からは緩衝地帯だとは聞いているが、俺らのいるベルーガって国は戦争中だ。
安心できねぇ。
それなのにロリユーの馬鹿は野宿すると言いやがる。
ここまでろくに魔物と遭遇しなかったから、舐めているのだろう。
魔物は獣のような存在だが、スレイド大尉は慎重に行けと護衛までつけてくれたのに……。
無理をしてでも砦にたどり着きたいところだが、戦場知らずの新兵どもは肩書きしか見ていない。ロリユーの意見に全員賛成だ。まったくこれだから新兵は嫌いなんだよ。
場数を踏んだ奴らは反対にまわったが、数えるほどしかいなかった。
当然、多数決で野宿が決定。
警護してくれているスレイド大尉の部下たちも反対のようだが、ロリユーの馬鹿野郎、知らんぷりをしてやがる。つかえねぇ男だぜ。
帝国で佐官ともなれば下っ端の爵位くらいは持っている。それがロリユーにはない。そのくせプライドだけは貴族なみ。だからいい歳しても平民なんだよ。
大尉も下手にロリユーに指揮権を渡したもんだから、護衛の部下たちも逆らえない。護衛に全部任せればよかったものを……。
あの大尉、軍隊運用下手だなぁ。
愚痴っても仕方ない。スレイド大尉の部下が従うなら俺も従わないとな。
嫌な予感はするが、野宿の準備をした。
寝床を確保したら飯だ。
複製機じゃない本物の穀物や野菜、肉を食う。
この味を知ってしまうと、軍の携行食が砂みたいに感じられた。
「うめぇ」
「複製機と全然味がちがうな。何を食っても美味い!」
ほかの兵も俺と同じ意見だ。飯のたびに大喜びしている。
こりゃ、もう宇宙軍の飯は食えねぇな。
腹も一杯になったことだし寝ることにした。
◇◇◇
ふと催して、目が醒める。
トイレに行こうとしたとき、見慣れた赤いレーザー光がテント越しに視界に入った。
焚き火に照らされた見張りの兵が悲鳴をあげることなくその場に崩れる。
敵襲だッ!
たまたま近くにあった盾で頭と心臓を守り、隣で寝ている仲間を起こそうと手を伸ばしたら、今度は無数のレーザーが飛んできやがった!
盾で急所への直撃は避けられたが、溶けた金属が胸に落ちる。
熱ちぃッ!
暴動鎮圧用のレーザーガンごときに抜かれる盾だとッ! くっそ、薄っぺらじゃねぇか!
声を殺して身悶えしている間もレーザーの襲撃は続いた。
それがやむと、今度は足音が近づいてきた。
良心の呵責ってやつか? せめて隣で寝ている新兵にだけでも、この状況を教えてやろうと揺さぶる。
新兵がごろんとこちらに顔をむけた。目を開けたまま寝ている。
……いや寝ているんじゃない、死んでいる。よく見れば額にちいさな焦げ跡があった。レーザー特有の傷だ。
真面目が武装したどこにでもいる新兵だ、名前までは覚えていない。せめてもの情けに瞼を閉じてやった。
動かなくなった新兵に盾をおっか被せて、俺は死んだフリをした。我慢できず漏らしたが、命あっての物種だ。AIに心肺停止を命じて、外部野を隠す。生き残っても外部野がなけりゃ意味がねぇ。AI抜きじゃあ、ナノマシンはろくに機能しないからな。
冷たくなっていく新兵から予備の外部野を拝借して電源を入れてそばに置く。
これで偽装は完了。俺の外部野だと勘違いするだろう。
レーザーの襲撃からして、同じ宇宙軍の連中だ。俺たちを無力化させるために、とどめを刺すか外部野を破壊するはず。俺は外部野の破壊に賭けた。
俺だったら生存確認より、外部野のオンオフをしらべる。そっちのほうが手っ取り早いからな。
イチかバチかの賭けだが、こういう場合は下手に動かないほうがいい。ここで仮死しておこう。
遠退く意識のなかで、襲撃者の言葉を聞く。
「ジョン、ミリー、アスマ、死亡確認をしろ。つかえそうな武器があったらかっぱらえ」
「「「了解」」」
三人の名前を聞いた。
頭のなかが霞がかっていく。
「伍長、宇宙軍の生き残りを発見しました」
「かまわん殺せ。大尉の命令だ皆殺しにしろ。始末したらアジトに戻るぞ」
伍長と大尉……、もしかしてスレイド大尉か?
「なんでアジトに戻るんですか? 標的の帝国娘はすぐそこですよ」
帝国娘? スレイド大尉はその帝国娘についている。だとすると一体どこのどいつだ。仲間を殺すよう指示した野郎は…………。
「この先に多くの生命反応を確認した。敵は防衛ラインを築いている。これ以上の深入りは危険だ。アジトを放棄して本国へ引き返す」
奴らどこへ戻るんだ?
本国? どこの国にいるんだ?!
肝心なところで、意識が途絶えた。
◇◇◇
冷たくなった仲間に囲まれて、俺は人生最悪の朝を迎えた。
心肺停止後、一時間で蘇生したが旅の疲れで眠っていたらしい。にしても運が良かった。
起き上がろうとしたが、嫌な予感がしたので寝たままの姿勢で過ごす。濡れた股間が気持ち悪い。不快感を我慢する。ここまで来て判断を誤って死にたくはない。
しばらくして、どこかで人が起き上がる気配がした。
もう大丈夫そうだ。俺も起き上がろうとしたとき、また赤いレーザーが見えた。
「ぐあッ!」
ドサリと生き残りが倒れる。
テントに歩み寄る敵の影が映った。
「だから言っただろう。たまにネズミが生き残ってるって」
「黙れジョン、ほかにも生き残りがいるかもしれん。もう一度スキャンしろ」
慌てて、またAIに心肺停止を命令した。
「動体センサーに感無し、どうやら生き残りはいないようだな」
「アスマは心配し過ぎなんだよ。もっと気楽に殺さないと」
「五月蠅い、七五、殺すぞッ!」
「んだとぉ、てめぇ。俺にケンカを売ってんのか、この快楽殺人者がッ」
アスマって野郎の言葉に、ジョンが激昂した。七五ってのは無能を差すどこかの部隊の隠語か?
「フン、だからなんだ? 七五の分際でやろうっていうのか?」
「七五、七五、人をIQで呼ぶなッ!」
嘘だろう! IQの低い俺でも九〇はあるぞッ! それよりも一〇以上低いって……よく軍人になれたな。
奴らケンカをおっ始めやがった。そこら辺の木が切り倒され、運悪く俺の上にのしかかる。クソがッ!
死ぬほどの重さじゃないが、痛ぇ。まだスレイド大尉に殴られたほうがマシだ。
◇◇◇
次に気がつくと、変な格好をした連中に囲まれていた。スレイド大尉の部下たちみたいな古代の鎧を着た連中だ。
「生きているぞ!」
「みんなこっちだ。生存者がいたぞぉー」
連中に敵意はない。生き残れたことにほっとする。
「あんたらラスティ・スレイド大尉の仲間か?」
「大尉? 聞き慣れん肩書きだな……貴様のような部下は知らんが、閣下の名前を出すということは、傭兵か?」
「そんなことはどうでもいい。それよりも貴様、閣下の手の者か?」
「ああ、俺はスレイド大尉の部下だ。部下っつても最近なんだけどな」
「あの森で何があった! 閣下は無事なのか?」
厳めし面のおっさんが俺を揺さぶる。どうやら木が倒れかかってきたときに肋をやったらしい。折れた肋は痛いが、生きている証拠だ。
それにしてもスレイド大尉のお仲間に助けられるとはな。やっぱ一度謝っとこう。
おっと、その前に命がけで入手した情報を忘れないうちに保存しておこう。
サポートAIを呼び出す。
【M1、記憶が曖昧になる前に奴らの名前と特徴を外部野に保存しておいてくれ】
――奴らとは?――
AIは便利だが、第八世代はクソだ。細かい指示をしないと役に立たねぇ。最新の第九世代を支給しろとは言わねぇが、せめてパッチくらいは当ててほしいもんだぜ。これならまだ第七世代のほうがマシだっての。
【仲間を殺ったクソどもだ。仇を討つつもりはねぇが、肋を折ってくれた礼くらいはしないとな】
――深夜の襲撃者ですね。了解しました。敵対者としてデータベースに登録しておきますか?――
【当然だ。奴らの発見は最優先事項だぞ】
IQ七五のジョン、快楽殺人者のアスマ、ミリー、伍長。それと命令を下した大尉。アジトを放棄して本国へ戻るって言ってたよな。ってことはここからアジトの延長に奴らの拠点があるのか……。クソッ、蘇生したばかりで地理がわからねぇ。裏切り者が逃げていった方向もスレイド大尉に報告だな。
それにしても折れた肋が痛ぇ。
たしかジョンとアスマだったな。あの二人だけは、この手でぶっ殺してやる!