第144話 幼妻へのご褒美
馬に乗ってのデートは微妙な結果に終わった。
マリンは満足だったようだが、俺としては消化不良だ。
なんせ、マリンは俺の前に座ったまま終始黙りだった。これといった会話もなく、喜んでいるようには見えなかった。かえって気をつかわせた感がある。一応、頭を撫でたり、軽く抱きしめたりはしたが……。
あれじゃあ妻っていうか、お子ちゃまあつかいだよなぁ。
こういうところがモテない原因だったのだろう。連合宇宙軍時代の黒歴史が脳裏をよぎる。
そういえば女性の新兵たちに、よくからかわれていたっけ。ディナーを奢らせるだけ奢らせて、楽しかったです、とポイされ続けた苦い思い出。唯一口説けた年上の女性兵も、ベッドマナー以前の問題ってホテルにインすることなくバッサリ切り捨てられた。
実際にあった過去のことだが、あらためて思い返すと女性に関しては壊滅的な男だと思う。
次からは気合を入れてデートコースを考えないとな。こんな行き当たりばったりのデートじゃ、愛想を尽かされてしまう。恋も戦も下調べは大事。
そう心に誓うものの、これも既視感があるというか……。
このままウダウダ考えていても時間の無駄だ。意を決してマリンに尋ねた。
「なあ、マリン。自慢じゃないけど、俺ってモテない男だぞ。これといった趣味もないし、それほど男らしくもないし、優柔不断なところもある。一体どこが気に入ったn……」
「全部ですッ!」
すべてを言い切る前に、マリンは答えた。即答を超えたフライング発言に、つい身構えてしまう。
俺の方へ振り向いた彼女の瞳は自信に溢れキラキラしている。
ま、眩しい! 穢れを知らない乙女の目だ。
不純な動機で質問したので、心が痛い。
「ラスティ様は、私のどこが気に入られたのですか?」
先に質問を投げかけただけに断れない。失敗した、完全に悪手だ。
軽はずみに答えたくない。真剣に考える。
「初めて会ったときのことを覚えているかい?」
「隔離された集落ですね」
「いや、その前に一度、トンネル作業に設けた村で、俺たちは戦っているんだよ」
「えッ!」
「〈魔法障壁〉で攻撃を弾かれたときはビックリしたっけ。手強い相手だと怖くなったくらいさ。だけど、隔離された集落で再会して、蟲に苦しむ魔族たちと生活をともにしている君を見て、考えをあらためた。目が見えないのに、彼らのために医者を求めて戦ったんだろう」
「あれは軽率な行動でした。あの時はご迷惑をおかけして申しわけありません」
「すんだことさ。人が死んだわけじゃないんだ、過去のことは忘れよう」
「ご配慮、ありがとうございます」
「別に俺はマリンを許したわけじゃない。蟲に苦しむ人たちのために、選択を余儀なくされた魔族の少女に感銘を受けただけさ。同じ立場なら俺も、なんとかしようと頑張る。だけどそれが最適解とは限らない。あらゆる方法を模索して、見知らぬ人の村にまで降りてきた勇気は純粋に凄いと思うよ」
「…………」
「やり方は間違っていたかもしれないけど、民に優しいところが好きだな。嫌がることを誰かにやらせず自身で行動するところも好きだ。真面目でまっすぐなところも好きだ」
マリンの長所を挙げてみたが、ティーレに共通することが多いことに気づく。
まっ赤になったマリンの頭を撫でながら、最愛の女性ティーレのことを考える。
彼女は王族なのに人を見下すことがない。かといって無条件で優しいわけでもない。立場のちがいを熟知している。正式な場では厳粛だが、それ以外では恐ろしく物腰が低い。高貴な血筋にしては珍しい女性だ。
ティーレの長所はそれだけではない。平民であれ、浮浪者に身をやつした傷痍軍人であれ、平等に接する。裏表がなく、真面目で努力家で、そして純粋だ。
常に注意しておかないと、いとも簡単に壊れてしまう脆さはあるが、それゆえに眩しい。
そんな生き方が現実的ではないと知っている。だからこそ守ってやらねば。純粋で綺麗な心を穢さぬように。
「なあ、マリン」
「なんですかラスティ様」
「辛いことがあったら相談するんだぞ」
「ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「それが迷惑だ。いいか、絶対に自分一人で貯め込むな。嫌なことや辛いことは俺に打ち明けてくれ」
「……申し出はありがたいのですが、心苦しくてとても打ち明けられそうにありません」
責任感が強いのだろう。ティーレも似たような感じで頑固なところがある。
「いきなりそうしろとは言わない。でも、信頼しているのなら辛いことでも話してくれ」
「でしたら、ラスティ様も今後は私になんでも打ち明けてください」
「わかった、善処する」
幼い妻をともなって自室に戻ると、そこに懐かしい顔があった。
「よぉ工房長、久しぶりだなぁ!」
「待ちくたびれたぜ」
髭もじゃの鍛冶士兄弟――アドンとソドムだ。
兄弟はジョッキをぶつけあって、昼間にもかかわらず酒を飲んでいた。
「二人ともどうやってここまで来たんだ?」
「魔族の姉ちゃんに連れてきてもらった。魔族ってすげーな」
「あの姉ちゃんたち凄かったんだぜ、影のなかに潜ったかと思うと、あっという間にここに出てきたんだ」
「それで魔族の二人は?」
「あの姉ちゃんたちか?」
アドンが空になったジョッキを覗きこむ。それを見た、ソドムが床に置いてある樽を手にとり、ジョッキに注ぐ。
グビリと一口に飲んでから、続きを喋った。
「俺たちを連れてきたみたいに、ピューッって影に潜ってドロンよ。なあソドム」
「おう、兄ちゃんの言う通りだ」
「工房長、遠路はるばるやって来たんだ。久しぶりに飲もうや」
「飲もう、飲もう」
「仕方ないなぁ」
二人と同じテーブルにつくと、視界の端にジトッとした目のマリンが映った。
あれだけいい人ぶった挙げ句がこれではそうもなるよな。だけど人づきあいも大事。今日だけは大目に見てくれ。
突き刺すような視線を感じながら、俺は仲間との再会に乾杯した。