第128話 ご挨拶
マリンとローランが駆けつけてくれたおかげで事なきを得た俺は、その足でリッシュが守る支城に入った。
最前線だけあって兵の質は高く、教育が行き届いていた。出迎えも丁寧で、規律ある軍隊だ。
きっとリッシュの手腕が良いのだろう。
「これはスレイド卿、ようこそマロッツェ支城へ。お怪我をなされているようですが、医者をお呼びしましょうか?」
「結構、かすり傷だ。それよりも野盗に囚われていた人たちを助けたんで、そっちを診てやってくれ」
「はっ、怪我人を医師の元へお連れしろッ!」
豪傑を気取ってみたが、痛覚遮断を解除すると矢傷がジクジクと疼く。ナノマシンに命じて痛覚を遮断したかったが、フェムトから軽はずみな行動に出た罰だと断られている。
【ちょっとくらいは……】
――痛覚は非常に有用なセンサーです。自己の損傷率を知る指標になるので、常時起動はお勧めできません――
【…………】
俺のほうが権限は上のはずなのに…………一体どこで狂った?
デリートしたい衝動に駆られたが、AIを再インストールできる設備はない。でもまあ、フェムトの指摘も一理ある。自分への戒めとして、疼く痛みを受け入れることにした。
「無理をなされないように願います。ところで、本日はどういった用件で来られたのですか?」
「近くの森に調査に来たので、リッシュ名誉元帥に挨拶をしていこうと思い、立ち寄りました」
ジェイクを手招きして、荷馬車に積んだ切り裂き猪の死骸を見せる。
「手土産もこの通り」
「おお、これはありがたい!」
森での戦利品を渡すと、気の利いた部下はリッシュのいる執務室に案内してくれた。
「ラモンド閣下、スレイド伯がお見えです。お通ししてもよろしいですか」
「丁重にお通ししろ」
「はっ!」
急拵えの城とは思えぬ重厚な扉をくぐると、なかなか立派な執務室があらわれた。
星民好みの流線形をふんだんに取り入れた机に椅子。どれも風格のある意匠が施されている。なるほど、大貴族はこんなところにまで気を配るのか……勉強になるな。
「先触れの騎士から聞いた。手土産持参とは痛み入る。手持ちの兵糧だけでは兵士たちも満足できんからな、ありがたい土産だ」
「喜んでいただけて何よりです」
「さて、わざわざ足を運んでくれたのだ。ワシに用があるのだろう?」
「はっ、実は…………」
貴族の先輩であるリッシュにセモベンテたちの扱いについて尋ねた。
「悪手だな……しかし、現状そうするしかあるまい。セモベンテのことは知っている。番犬のような男だ、優秀だが飼い主を選ぶ。少々頭の固い男ではあるが、戦いにおける才能は本物だ。……たしかにやりづらい相手ではあるな。機会があれば陛下のお耳に入れるよう心に留めておこう」
「そんな、そこまでして頂くなんて」
「良い、貴族の先輩として当然のことだ。これからも悩みがあれば相談に乗ろう。それと一つ、ワシの相談にも乗ってほしい」
「俺でよければ喜んで」
優秀と思われたリッシュにも悩みはあるようだ。なんでもかつての政敵であったエレナという女宰相について、今後どのように接すればいいかの相談だった。
そういえばブラッドノアにもエレナって名前の女性事務官がいたな。帝室令嬢だったので覚えている。たしか赤毛で……。
同一人物かと思ったけど……無いな。宰相って器じゃないし。いくら優秀でも、この惑星に来て半年足らずで宰相就任は無理がある。そもそも宰相は王様に次ぐ権力の持ち主だ。ぽっと出の、しかも女性がそのポストに就くとは思えない。
きっと高貴な血筋の女性なのだろう。それでいて長年の功績が認められて……あるいは優秀だったから宰相になった。
エレナ事務官とは、たまたま性別と名前が一致しただけの赤の他人だろう。
「…………といわけで内務大臣から庶務大臣に降格された経緯があるのだが……卿はどう考える」
これほど優秀な人材を降格させるとは……。詳しく聞くと、リッシュは失策もあるが成功による功績は大きく、それが認められて、いまでは国を支える重鎮だという。
「アデル陛下の仲介で和解したのならば、それでよいのでは? 俺が考えるに、降格は気を引き締めろという意味合いがあったのではないかと思います」
「ほう、宰相はワシに『忠勤せよ』と発破をかけたというのか?」
「はい、話を聞く限りでは宰相は合理主義者。意味なく降格はありえないでしょう。仮に敵対しているのであれば、降格だけでなくそこから先があったはず」
「降格の先とは?」
「ことあるごとに、ちいさな失敗を突いて権力を削いでくるはずです。閣下の場合は、降格は一度きり。それに過去のことを細々と言及されていません。となれば、宰相は閣下たちをフルイにかけていたかもしれません。閣下を名誉元帥に取り立てたということは有望だと認めた証拠でしょう」
「今後は警戒しなくてもよいと?」
「警戒してはなりません。もし俺の考えた通りだとすると、それに勘づいた様子を匂わせるだけでも、宰相はさらに警戒を強めるでしょう」
「なぜだ? 優秀ならば歓迎されるのではないのか?」
「いえ、優秀すぎるから警戒されるのです」
優秀すぎるというのも厄介なものだ。軍の同僚がそうだった。優秀であるがゆえに頭でっかちで融通が利かなかった同僚は、馬鹿な上司の怒りに触れて、惑星本部の清掃課に飛ばされたのを知っている。
沈黙は大事。思っていても口に出しちゃ駄目。
「むう、面倒なことだな」
「悲観することはありません。閣下は名誉元帥と大臣という肩書きがあります。難敵は正規の元帥に任せて、大臣として国家運営に注力するのがよろしいかと」
「なるほど名誉元帥であれば、元帥の真似事をせずとも良いというのだな」
「はい、それに閣下は位人臣を極めておられます。政治軍事ともに発言力があるのですから、これ以上危険を冒して上を目指さずともよろしいかと」
「ふむ、卿の意見は耳を傾ける価値があるな。しかし、ワシも貴族。国難においては保身よりも領民を第一に考えねばなるまい」
プライドだけの帝国貴族とは大違いだ。俺の提案は小賢しいと思われたかもしれない。
「閣下の人望を加味するのを失念していました。ご無礼、お許しください」
「いや、かまわんよ。スレイド卿はまだ若い。貴族のなんたるかを理解していなくて当然。己の至らなさに気づくだけでも素晴らしいと思っている」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「ただ一つだけ、卿に覚えてほしいことがある」
「なんでしょうか?」
「貴族の務め、という言葉の意味を理解してほしい」
「貴族たる者、その力をもって民を守るのですね」
「なんだ、知っていたのか」
「はい。閣下の姿を見て、そのように思いました」
「はははっ、これは嬉しいことを言ってくれる」
挨拶もほどほどに支城を去ろうとすると、リッシュは泊まっていくよう勧めてくれた。
御言葉に甘えて一泊してから、俺は野戦基地へと戻った。