第127話 野盗退治②
斧を投げようとしていた男をレーザーガンで撃ち倒し、魔法剣を抜いた。
空いている手を野盗に向けて、散弾タイプの〈火球〉を撃つ。
「ぐぁッ!」
「ぐおぉッ!」
「ギャッ!」
これで四人。すれ違い様、さらに二人を斬り捨て、子供の元へ駆けつける。
怯えている子供を立たせると、背中を押して、
「森へ逃げろッ!」
それからさらに四人を斬り捨てたところで、肩に衝撃が走った。焼けるような痛みが広がる。背後なのでよく見えないが、どうやら矢が刺さったらしい。
【フェムト、痛覚遮断だ】
――了解しました。毒の確認は?――
肝心なことを忘れていた。でもまあ、相手は野盗だ。そんな大層な物は持っていないだろう。
【任せる】
――…………毒物反応無し、今後はしっかりと確認してから指示を出して下さい。ラスティに死なれては困りますから――
【わかった。次からはしっかりやる】
相棒から説教を食らうとは思わなかった。小言は多いが、頼りになる相棒だ。
矢を引き抜くのも面倒なので、そのまま野盗と戦う。
「ビビるな、手負いだ」
「ここで逃がしたら、魔法でなぶり殺しにされるぞ! 一気に殺せぇ」
野盗を倒すのに夢中だったので、そこから先は倒した敵をカウントしていない。報告にあった三〇の半数は倒しただろう。血糊でドロドロになった剣が手からすっぽ抜ける。
慌てて、血で汚れた手の平を拭って高周波コンバットナイフに持ち替えた。さらに数人斬り伏せる。
こんなことなら部下に待機命令を出さなきゃよかった。
失敗を悔いていると、小屋から新たな野盗が出てきた。くちゃくちゃと骨付き肉を食っている、でっぷりとした巨漢だ。
ぐったりとした裸の女性の腕を握り、引きずるようにやってくる。
「頭ッ!」
殺し損ねた野盗が吠える。飼い主にじゃれつく犬のように頭と呼んだ男に近づくと、巨漢は手負いの野盗を蹴りあげた。足の裏が野盗の腰よりも上にのぼってくる。蹴りが胴体にめり込んだのだろう。
「かじぃ……らッ…………なん……で…………」
蹴りあげられた野盗はピクピクと痙攣しながら、口から血の泡を吹いている。
「負け犬はいらねぇ。飯の無駄だ、とっとと死ねッ!」
アイツさえ殺せば……。
レーザーガンを構えたところで、巨漢は女性を持ち上げた。
「見たことのない魔導器だな。おっと、変なマネはするな。この女がどうなっても知らねぇぞ」
「…………」
「いい目だ。おまえ騎士だな。フンッ、おおかた民を守るとかいう小銅貨一枚にもならねぇプライドで突っ込んできたクチだろう。阿呆な騎士様の考えそうなことだぜ。おい、おまえら! ぼやっとしてないでこいつをぶっ殺せ!」
「そうはいっても……頭、この男やたらと強くて」
「馬鹿どもがぁ、だから人質をとってるんじゃねーか。ゴチャゴチャ言ってねぇで、さっさと殺れ。てめーも蹴り殺されたいか!」
「へいッ!」
剣や斧を持った野盗どもが俺を取り囲み、弓をもった連中が矢をつがえる。
俺の人生もここまでか……いや、まだティーレと正式に結婚してない! 絶対に生きて帰ってやる!
「死ねッ!」
一斉に弓から矢が放たれる。軌道計算をして避けるも、身体が追いつかない。左の太股と右腕に矢をもらう。
それが終わると、武器を手にした野盗が殺到した。
高周波コンバットナイフで五人ほど倒すと、
「おめぇ、俺の話聞いてたよなぁ。変なマネするとこの女がどうなるか言ったよな?」
巨漢は言うと、女性の腕を握っている手に力を込めた。
ボキンと嫌な音がした。
「うッ、うぅ……」
悲鳴をあげる力もないらしく、女性が弱々しく呻く。
「クッ、卑怯だぞ」
「卑怯でいいんだよ。なんせ俺たちや野盗なんだからな」
「クソッ」
「おら、さっさと武器を捨てな。でないと次は首をポッキリいくぜ」
「…………」
「はやく武器を捨てろッ!」
今度は女性の首を掴んで、そのまま持ち上げる。
「わかった降参だ」
高周波コンバットナイフを投げ捨てる。
「残念だったな。どちらにせよ、この女の首はポッキリだ」
「嘘だったのか! 卑怯だぞッ!」
巨漢がにやりと笑う。次の瞬間、
「……………………あれぇ?」
女性を持ち上げている右腕が、ずるりと滑り落ちた。
「う゛あぁぁぁあぁぁぁーーーーー! 腕が、俺のが腕がぁぁ」
その場に崩れ落ち、転げまわる巨漢の背後に、大鎌を手にしたマリンがいた。金色の双眸は爛々《らんらん》と輝いており、漆黒の髪が逆立ち揺らめいている。
「痛ぇよおぉぉーーーー!」
マリンは容赦なく、残っている巨漢の左腕を踏み潰した。
「ぶぎゃぁぁああぁぁぁぁぁーーーーーーー!」
森に響きわたる汚い悲鳴に顔を歪めながら、魔族の少女は地面に転がる切り落とした腕を蹴る。
「おめぇら何ぼさっとしてるんだ。さっさとこいつらを片付けろッ!」
手下に命令するが、動きはない。
業を煮やした巨漢が、そばに落ちている石を蹴り飛ばす。
その石がぶつかると、手下の首がドスンと落ちた。
「ラスティ、遅れてごめーん。ラスティのアレンジした〈水撃〉を試したんだけど、あれって直線方向にしか飛ばないでしょう。ポジション取りが難しくてさー。ちょーっと手間取っちゃった。でも間に合ったから大目に見てね」
てへぺろするインチキ眼鏡。野盗の首が落ちたのはローランの仕業だったのか。
もっとはやく助けろよと思ったが、結果オーライとしておこう。
命の危機から解放されて、どっと疲れがこみ上げてくる。
かくんと視界が揺れて、気がつくと尻餅をついていた。
安心したところで、凄まじい形相をしたマリンが歩み寄ってくる。
「ラスティ様、このブタは私がもらってもよろしいでしょうか」
「もらう? 一体何をするつもりなんだ!」
「ただ殺すだけでは私の気は晴れません。ありとあらゆる苦痛を植え付け、人としての寿命が尽きるまで罪を償わせたいと考えているのですが……駄目でしょうか?」
魔族の少女は恐ろしいことをさらりと言った。
どういう神経してるんだ? と思うものの、助けてもらった手前あまりキツく言えない。
「気持ちは嬉しいけど、やめてほしい。マリンにそんな汚いことをしてほしくない」
「お優しいのですねラスティ様、ですがコレだけは許せそうにありません。せめて手足の腱を斬り、森の魔物の餌にするくらいの罰を与えないと」
「…………正当な裁きを受けさせてからにしてくれ」
「そうですね。ラスティ様をこのような目に遭わせた悪事を知らしめなくてはいけません。そのうえで時間をかけてゆっくりと処刑しましょう」
背筋が凍るような恐ろしいことを言いながらも、最後はにこやかに返す。
一瞬、聞き間違いかと思っていると、それが正解だとマリンは行動をもって示してくれた。
マリンが背を向け、巨漢に近づく。
「穢らわしいブタめッ、ラスティ様の慈悲に感謝しろッ!」
まるで悪魔が乗り移ったような暴言を吐くと、魔族の少女は大鎌の柄で巨漢の膝の皿を突き割った。
「ぷぎぃぃぃーーーーー!」
つくづくマリンが味方で良かったと思う。
それにしても、俺、人質救出の才能無いな。
そういや士官学校の実習テストでも追試だったっけ……。