第126話 野盗退治①
会議用の天幕から出ると、俺はその足で部下の練兵場に向かった。
ドローンで事前調査も忘れず行う。
【フェムト、森のなかを精密スキャンだ。魔物と聖王国の兵がいないか確認してくれ】
――聖王国の兵は騎士の徽章を持つ者だけですか?――
【野盗が紛れ込んでいるかもしれない、武装している連中全員だ。あと魔術師の存在も見落とすな】
――魔術師……魔石の嵌まった杖を持っている者たちですね――
【そうだ。数は少ないだろうが発見次第、要注意のマーカーを打っておいてくれ】
――了解しました――
これで索敵は大丈夫だろう。
新兵たちが訓練している場所まで来ると、腹に力を入れて命令する。
「マロッツェの森を調査する。総員準備しろ」
「出撃だ」
「調査なら危険は少なそうだな」
「やっと出番か」
頼もしい部下たちは一斉に動き始めた。
ものの一〇分もせぬ間に、装備をととのえ整列する。
物々しい兵士の動きに、天幕にいたローランとマリンが出てきた。
「何々、一体何が起こってるのよ」
「ラスティ様、敵ですか?」
「驚かしてすまない。ちょっとマロッツェの森にピクニックへ行くんだ。ついてくるか?」
「錬金術の材料を採取してもいい?」
「そのつもりだ。むろん、肉も調達する。晩御飯が豪華になるぞ」
「肉ッ! だったら行く」
「私も同行します」
「大した危険はないと思うけど注意だけはしておいてくれ」
それから役割ごとに班をつくる。
一番重要な斥候は俺とジェイク、ラッキー、軽装兵一〇〇人。
素材採取の担当はローランと軽装兵一〇〇人。
戦闘担当はガンスとマウス、歩兵一五〇。
素材搬出・運搬がマリンとシン、ロン、歩兵一五〇。荷馬車二〇台。
以上四班で森の調査となった。
野戦基地を出て街道を南下する。
しばらく歩くと森が見えてきた。街道の左側だ。森の奥にはベルーガの旗が靡く新しい城が見える。ちょくちょく話にのぼる聖王国から奪った糧秣の集積基地だ。
なんでも増改築して、戦闘に耐えうる城に建て替えたのだとか。たしか、ここを任されているのはリッシュ名誉元帥だったはず。あとで魔物の肉を手土産に挨拶に伺おう。
森に入る前に、ドローンからの情報を確認しておくのも忘れない。軍事行動は慎重にっと。
【フェムト、周辺の調査結果を教えてくれ】
――聖王国軍はここより先に三〇キロまで存在を確認できませんでした――
【森のなかは?】
――野盗とおぼしき連中が三〇、一カ所に固まっています――
【魔物は?】
――小型の魔狼ばかりです――
【食べられそうな魔物は?】
――幼体の切り裂き猪と魔鶏、角ウサギくらいですね――
【魔物にマーカーを打ち込んでくれ、食べられる奴にもマーカーを。敵を示す赤じゃないぞ、緑だ】
――了解しました――
【それと野盗の所在地までの方角と距離も頼む】
――そちらはアプリを起動すれば表示されます――
【なかなか気が利くじゃないか】
――当然です、第七世代は……――
いつもの蘊蓄が始まったので、そっと受信レベルを落とした。
森に入る前に、一度、各部隊の責任者をあつめる。
「今回の調査は敵勢力が森に潜んでいないかの確認だ。ラッキーは森の北側、俺とジェイクは盗賊が潜んでいそうな森の南側を索敵する。魔物の数は少ないが注意してくれ。それと素材回収班、ロバをつかって適度に運搬用の荷馬車へ運ぶように。小運搬の手間はあるが、離れて行動するので連絡を密にしたい。異常を感じたらガンスとマウスに報告しろ。やせ我慢しても怪我するだけだ。報酬は出ないぞ、わかったな」
「「了解しました」」
「いい返事だ。いいか、基地に帰るまでが任務だ。最後まで気を抜くな。それじゃあ行動開始!」
俺を先頭に、ワラワラと兵たちが森に入っていく。
野盗の存在は把握しているが、ドローンと通信できないこの惑星の住民はそのことをまったく知らない。ドローンやフェムトの存在を隠すべくヘタな演技をすることにした。
「気をつけろ、何か動いた。人がいるぞ」
野盗に動く様子がないので、静かに周囲を囲んだ。森に入ってくる人が少ないので警備はザルだ。見張りすら立てていない。完全に油断しきっている。
念のために、持ってきた狙撃用のスコープで奴らの拠点を観察する。農民や村人の姿は皆無で、小屋を中心にだらしない格好をした連中がたむろしている。剣や斧を腰に下げていることから、フェムトの報告にあった野盗だと判断した。
突入命令を下そうとしたところで、新たな野盗どもが小屋から出てきた。よく見ると、嫌がる女子供を引きずり出しているのが見える。
何をするのか注意深く観察していると、野盗の一人が女の衣服を引き裂いた。
「住民を人質にしている。突入を遅らせるぞ!」
素早くハンドシグナルを送ると、訓練の行き届いた新兵たちは待機を続行した。
「ジェイク、急いでマリンとローランを呼んできてくれ」
「はいッ!」
真面目な見習い騎士に応援要請を頼んだものの、急がないと女性が酷い目に遭わされる。とはいえ一気に突入しても駄目だ。向こうには人質がいる。
部下に待機を命じると、俺は単身野盗のアジトに向かった。
目視で野盗と女子供の顔が見えるところまで来ると、野盗はいまにも行為に及ぼうとしていた。いますぐ助けないとッ!
レーザーガンを引き抜き、出力を最大にする。
【フェムト、射撃アプリ起動。合図をしたら近接戦闘アプリに切り替えてくれ】
――アプリ切り替えの際に、身体強化を実行しますか――
【そっちも頼む】
――了解しました――
射撃アプリを起動すると、躊躇うことなく野盗の頭をぶち抜いた。
「敵襲だッ! 魔術師がいるぞッ!」
「森のなかだ」
「避けられない速さの魔法だ。さっさと仕留めないとこっちがやられるぞ!」
「急げッ!」
野盗の動揺をチャンスと受け取ったらしく、ひん剥かれた女性が森へと走っていく。その背後で、斧を構える野盗の姿を確認した。
ヤバイ、斧を投げる気だ!
癖でレーザーガンを構えたものの、斧の軌道を変えるほどのパワーはない。魔法で斧を撃ち落とすことも考えたが、俺の習得した魔法は水と氷、それに火だ。つかい慣れた水撃もあるが、ちいさな対象――飛び道具を吹き飛ばす練習はしていない。斧を切断できても、消滅させるにはいたらない。最悪、切断された斧が、逃げている女性に突き刺さる可能性もある。
クソッ、こんなことならもっと練習しとけばよかった。
こうなってしまっては、敵の注意を引きつける以外に、女性を助ける方法はない。
「うおぉぉぉおぉぉぉーーーー」
大声を森に轟かせ、突撃した。