第120話 義弟①
ティーレ帰還の報告とカーラのメモを届けるため、新王アデル陛下の天幕に向かった。
案内役は、さっきのリッシュなる壮年の男だ。
天幕内での口論を聞いていたようで、リッシュは先ほどとちがって好意的に表情を崩していた。
「それにしても大変でしたな、ラスティ殿」
「え、ああ、ご迷惑をおかけして申しわけありません」
「いや、よろしいのですよ。こちらこそティレシミール王女殿下の未来の婿殿とは知らず、失礼しました」
厳つい男だと思っていたが、それなりに気は利くようだ。
最初に会ったときは忘れていたが、このリッシュという壮年の男、アデル陛下の突撃に最後まで付き従った貴族らしい。なんでも大臣の地位にある大物で、先の戦いでは勲一等の武勲を打ち立てたと野戦基地の兵士たちが噂していた。
そんな大物が俺たちの案内役をしているのだから、ティーレがいかに重要な地位にいるのか窺い知れる。
「失礼なんて! そんなことはありませんッ! リッシュ様は大臣という要職にありながら、先の戦いでアデル陛下の突撃に最後まで付き従った勇敢な御方だと聞いています。お身体に十を超える傷を負いながらも陛下をお護りしたと。生粋の軍人でも難しいことです。それを成し遂げられた御方に案内していただき、恐縮です」
嘘や出任せではない。本心を言った。
するとリッシュは立派な口髭を指で摘まみ、自慢げに口角をあげた。
「ほう、そこまで有名になっているのですか」
「ええ、ここに来るまで何度も聞きました。会ってみて噂が本当だと実感しましたよ。毅然とした御方で、元帥に相応しい方だと直感しました」
「ふむ、なるほどなるほど」
しきりに口髭を摘まむ。態度から機嫌が良いことが伝わる。好印象を持ってくれたようでほっとした。
「老婆心ながら一言。重ねて失礼だが、実は天幕での話が聞こえておりましてな。貴殿が辺境伯だと知った。カリンドゥラ殿下はご立腹だったが、魔物の森――大呪界を開拓したのであれば、いずれその功績が認められるであろう」
「と、申しますと?」
「陞爵もあり得るという話だ。辺境伯であれば伯爵に叙せられるのが慣例である。王族と婚姻を結ぶには伯爵のさらに上、侯爵からだ。あと一つ、功績をあげれば婚姻が認められる可能性が出てくる。めげずに邁進されよ」
「ご教示、ありがとうございます」
いいことを聞いた! 手柄を立てて侯爵になればカーラも認めてくれそうだ。
「それともう一つ、貴族としての作法を身につけられよ」
「作法ですか……わかりました」
「ふむ、どうも納得していないようだな。いいだろう、よい機会なので説明しておこう。貴殿は最近まで平民であったのだろう。であれば…………」
てっきり身分について、たらたらと文句を言われるものだと思っていたが、良い意味でちがった。
リッシュの先祖も平民上がりで、武功で貴族に叙せられたという。その先祖は宮廷作法で苦労したそうだ。リッシュ自身も馴染めない宮廷作法を嫌っているようで、そんなことまで赤裸々に語る壮年の貴族はとても好感が持てた。
帝国貴族の大多数は平民を馬鹿にする。それに比べると、リッシュはいい人だ。貴族や平民を平等に扱っていたウィラー提督を思い出す。提督、生きているかなぁ。提督用の脱出艦もあるし、周りは有能な軍人ばかりだったから無事でいるだろう。
アデル陛下のいる天幕の前まで来ると、リッシュはティーレに頭を下げた。
「それではティレシミール殿下、私はここで下がらせていただきます」
ティーレは無言で頷く。王族としての在り方だろうか? 普段の誰にでも平等に接する彼女を知っているだけに違和感があった。
別れ際、リッシュに礼を言う。
「いろいろとご教示いただきありがとうございました。リッシュ様のような方を貴族の鑑と言うのですね」
「ははっ、そのようなことを言われたのは初めてですな。お世辞でも嬉しいことだ。貴殿の活躍期待しているぞ」
やっぱりいい人だ。これが帝国貴族だったら、成り上がりだの態度がデカいだの小言を言われていただろうが、爽快に返してくれた。信頼できる人のリストにリッシュを追加した。
今度は誰も外で待たされることはなく、全員で天幕に入った。
アデル陛下は、ティーレの姿を見つけるなり仮の玉座を立ちあがった。凄まじい勢いで走ってくる。
「姉上ぇーーー!」
まるで犬のようにティーレに抱きつく。目に見えないが、尻尾を振っているような喜びようだ。
「アデル陛下、ご心配をかけました」
「姉上が生きていてよかった」
ティーレの身体に顔を擦りつける。姉弟仲は良いらしい。にしてもカーラも仲良し姉妹だと聞いていたが……あれは嘘情報だったんだな。今度、腹黒元帥に会ったら文句を言ってやろう。
ひとしきり姉との再会を喜ぶと、陛下は玉座に戻った。玉座に腰を据えるなり、若すぎるアデルは国王の貌に戻る。とても一五歳とは思えない変わり様だ。
「この者たちは?」
まずはアシェさんが名乗った。
「ツェツィーリア元帥閣下の麾下、第一騎士団長を務めているアシェ・カナベルと申します。ティレシミール王女殿下の護衛として派遣されました」
「カナベル? アルベルト元帥の縁者か」
「はっ、アルベルト・カナベルは従兄にあたります」
「護衛の任、ご苦労。追って褒美を与える」
次に名乗ったのはルチャだ。
「ラーシャルード軍国、第六王子、ルシャンドラ・シャステ・インドライド。この度は新王アデル陛下と友誼を結びたく、参じました」
驚きだ。あのルチャが王族だったなんて、こんな激レアな人たちと知り合えるなんて。ああ、この運をギャンブルナンバーで発揮できていたならな……。
賞金総額一〇〇億ダラスの宝くじを思い浮かべる。まあ、仮に当たっていたとしてもコロニーに戻れないんじゃ宝の持ち腐れだけど。
しかし、なんで戦火の広がるベルーガにやって来たのだろう? 気紛れとは思えない。
「ルシャンドラ王子のことは知っておる。東よりの長旅ご苦労。本来であればこちらが使者を出すところだが、現状が芳しくないのでな、許されよ。貴国とは末永く付き合っていくことを宣言しよう。後ほど書面をしたためるゆえ、しばし逗留されよ」
「これは重畳、新王自ら友誼の話を持ち出してくれるとは、ご配慮痛み入る。逗留の件に関しましても、マキナ聖王国の実情を知りたかったので願ってもない申し出。お言葉に甘えるついでと言ってはなんですが、できれば農業……いや林業について話をする機会を下さらないでしょうか?」
「林業? それならば、国元の学者に尋ねればよいのではないか? 一国の王子の頼みとは思えぬな」
「仰る通り、ですが我が国、ラーシャルードは草原の国ゆえ……」
理由を聞いて納得した。
草原の国では砂漠化問題で頭を抱えているという。
馬とともに生きる人たちにとって、砂漠化による緑地の減少は深刻らしい。
いままであれこれ対策していたが、どれも実を結んでいない。そこで、外交という体で砂漠化を食い止める方法を探しているのだとか。
どうりで、危険をおかしてベルーガまで足を伸ばすはずだ。
ルチャとは知らぬ間ではない。あとで外部野のデータから、砂漠化問題を解決できそうな知識を教えよう。
「気をつかわずともよい、貴殿のほうが年長である。大したもてなしはできぬが、旅の疲れを癒してほしい」
「ご厚情に感謝いたします」
ルチャが頭を下げると、クラシッドもそれに続いた。