第115話 火事場泥棒たちのその後②
のんびりお一人様気分を味わおうとしたら、今度はトベラがやってくる。
「閣下の推測どおり、ザーナの工作員が領地に侵入していました」
伸び悩みのロビンとちがって、こちらは着実に成長している。ベルーガ的ではなく、帝国的に。
ベルーガはもとより、この惑星では名誉が重視されている。トベラの父親は、そういった貴族的な教育を娘に施していない。因習とも呼べる思想が根付いていなかったのが幸いして、トベラには帝国式の合理的な考えが定着しつつある。
足りないところがあるとすれば、それは経験だ。こればかりは本人に頑張ってもらしかない。
「どれくらい捕らえたの?」
「五〇は超えるかと」
「ミルマンの成果は?」
「ミルマン……男爵でありますか」
「そうよ」
「ミルマンからは野盗を数十人ほど捕らえたと聞いています」
んっ? 一緒に行動していたんじゃなかったっけ?
「工作員はあなたが捕らえたの?」
「はい、密偵を取りこぼしている気がしたので、怪しい噂を流している連中を工作員と仮定して捕らえました」
誤逮捕……じゃないわよね。
「その根拠は?」
「南からザーナが攻めてくるかも知れない状況で、北と西、その両方から聖王国が攻めてくると吹聴して回っていたので怪しいと思いました。捕らえた連中を尋問すると、ザーナ訛りがありました。言葉遣いだけでなく、所持していた日用品からザーナで多くつかわれている品を発見しました。それが根拠です」
「その品とは?」
「噛みタバコです。安価で量産できる噛みタバコはザーナでは一般的な嗜好品で、ベルーガにはあまり出回っておりません」
なるほど、タバコが名産のマロッツェならではの考え方ね。訛りに生活習慣、着眼点がいいわ。ミルマンが同行しての成果ならそれほど驚かないけど、一人でここまで頑張るとは。
よーし、決めた。この娘を片腕にしましょう。
それから可愛い手下たちをあつめて会議を行うことにした。私がアデルの元へ帰るための会議だ。
私の居城――エレナ砦の会議室にあつまったのは、元帥のツェリとアルベルト、トベラにミルマン、ロビンだ。
アデルの軍に合流する旨を伝えると、友人のツェリが忌憚のない意見を述べた。
「ところでエレナ。ザーナはどうする? 内部紛争が鎮まったら無傷の西マスモ郡が権力を握るのではないか? そうなるとこちらへ進軍してくる可能性があるぞ。あの国にとってベルーガの肥沃な大地は喉から手が出るほど欲しいはず」
「それなら大丈夫よ、手を打っておいたから」
西にある無傷のマスモ郡、そこに密書を送る予定だ。途中でわざと使者が捕まるように……。
密書の内容はこうだ。
マスモ郡市長のおかげで内紛は成った。東のデズモール郡市長邸の爆破、感謝する。約束した謝礼の残り、大金貨八〇枚を支払う。
中途半端な金額がミソだ。手付け金を払った感を匂わして、さらなる対立を狙う。内紛で疲弊した三郡は力をあわせて無傷のマスモ郡を攻撃してくれるだろう。そうなればザーナに他国を攻める余裕はない。それどころか、無駄に兵士を消耗したザーナは国を守るので手一杯になるはず。大金貨八〇枚も費やすのだ、謀略だと疑われないだろう。
仮に、この密書が偽物だと判明して四郡紛争が失敗しても、小型艦に残っている手つかずのハンドグレネードをザーナに投下すればいい。ハンドグレネードの被害は西の仕業ということにしてある。それが引き金となって、また内紛に発展するだろう。
実にいい気味だ。
ここまで徹底的に紛争に拘るのは、別にあの国に恨みがあるというわけではない。ただの腹いせだ。大義名分もなく、ただ攻めるチャンスだからと正面きって言える無能を寄越してくれたのだ。
こっちは宣戦布告に対しての反論をいくつも考えていたのに、あれはいただけない。対策に注ぎ込んだ労力と時間を返してほしい。
それもいずれ過去の話になるでしょう。だって将来的に滅ぼす予定だし。
私らしい悪戯をみんなに説明したら、今回も仲良くドン引きされた。
「エグ過ぎますよ閣下」
本職の汚い仕事担当――ロビンからも苦情が来る始末。とても、自国の水源に毒を放り込めと言った人物とは思えないほどだ。
「ロビン、あなた潔癖すぎよ。世の中、あなたが考えているような綺麗事ばかりじゃないわ」
「いや、待て。エレナ、おまえのほうが密偵より汚くてどうする」
友人は諫めてくれるけど、私としては譲れない。
「ツェリ、これでも抑えているつもりよ。宰相って地位じゃなかったら……」
思いの丈をぶちまける。
話の途中だというのに、ツェリはそっと耳を塞いだ。それに倣うように、アルベルト、ミルマンと続く。
当事者のロビンも耳を塞いで話は終わった。トベラだけがなぜか嬉々として話を聞いている。
「……って思うんだけど、トベラの意見は?」
「私は賛成です。ぜひともその手で聖王国を潰しましょう!」
「うーん、現状じゃあ無理っぽそうなのよね。だけど状況次第によっては可能かも。でも戦争って遊びじゃないからその手をつかうかどうかはわからないわよ」
「ですが、聖王国は潰すのでしょう」
「それは確実ね。聖王だけだと遺恨が残るから、国を残すのは良策とは言えないわね。だけど中途半端に遺臣団とか残されても問題だし……」
それから東部に残る部隊を選別し、私はアデルの元へ帰ることにした。
もちろん、ロイ・ホランドから雇い入れた料理人を忘れずに。