第111話 subroutine ガーキ_ガーキ凱旋、そして……
◇◇◇ ガーキ視点 ◇◇◇
「ガーキ殿、なぜこのような険しい山道を進むのですか?」
聖王国の騎士様ががなり立てる。
ムカつくことにベルーガの残党どもが俺様の縄張りを奪いやがった。おかげで警戒されているであろう渓谷は進めない。だから仕方なく険しい山道を進んでいるっていうのに、この馬鹿どもが!
「渓谷を出た先にはベルーガの犬どもが待ち構えているはずだ。だから山越えを選んだ」
「落伍者が多く出ています。大丈夫なのですかッ!」
「それだけの被害を出す価値はある。山を越えると古い砦がある、俺の仲間が守っているはずだ」
「なるほど、その砦を足がかりにして東部を制圧するのですね」
制圧するんじゃねーよ、略奪するんだよ!
ベルーガを裏切ったカスどもから聞いた情報だと、残党どもは東部に兵を派遣したらしい。一万五千の兵だ。北のマロッツェと東の街道、二手に軍を分けて悪あがきをしている。
単純計算で東部には七五〇〇の兵がいることになる。
俺の手持ちは騎士三千と手下の野盗どもが三〇〇。その内の騎士三〇〇、手下五〇が崖から落ちて死んだ。全部ひっくるめても俺の兵は三千にも届かない。
ベルーガの犬どもと、まともにやりあっちゃ勝てねぇ数だ。
そこで優秀な俺様は考えた。砦を騎士ども守らせて、囮にすることにした。
聖王国の馬鹿どもが防戦している間に、がら空きになった街を美味しく略奪するって寸法だ。完璧な計画だ。へへっ、自分の頭の良さが恐ろしくなっちまうぜ。
どの街を略奪しようか考えながら険しい山道を進む。トーリとジリは奪い尽くした。トーリの北にある王墓もだ。狙うなら手つかずの街だ。村を襲ってもろくな収穫は無い。いまの兵力で襲えて、うま味のある街といえば、ジリの西――渓谷を出て最初の街セナンくらいだろう。
セナンは街道沿いの街でガンダラクシャの次に大きい。国境のガンダラクシャとちがって兵が少ないのも魅力だ。ようし、目的地はセナンだ。金目の物を奪い尽くしてやる!
お宝が待っていると考えるだけで力が湧いてくるぜッ!
軟弱な兵士どもは険しい山道が間引いてくれる。残った精鋭で存分に暴れてやるぜ。
期待を胸に山を越えると、先触れに出した手下が戻ってきた。
「頭、砦が奪われてますぜ」
「なんだとッ!」
俺の帰るべき拠点が奪われていた。怒りのあまり、手ぶらで戻ってきた手下を斬り殺したい衝動に駆られた。
騎士の目もある。教義にうるさい連中だ。手下をぶっ殺して文句を言われちゃ適わない。ここは我慢することにした。
運の良い奴だ、あとでこっそり始末しよう。
それにしてもベルーガの犬どもめ、俺様の留守を狙って砦を奪うとは卑怯な連中だ。まったく、どういう神経してんだッ!
「ガーキ殿、どうなされるのですかッ!」
またぞろ聖王国の馬鹿どもが吠えだした。ガーキ殿、ガーキ殿ってそれしかしゃべれないのか! まったく、いちいち面倒な奴らだ。ちょっとは自分の頭で考えろよッ! いや、待て……これはつかえるぞ。
覚えるのも億劫な、長ったらしい名前の騎士に話しかける。
「騎士殿たちにはここで潜伏してもらい、砦の警備が手薄になった頃合いを見計らって攻めていただきたい」
「それは名案だ。で、ガーキ殿は?」
「周辺の街――セナンを攻める。俺たちが暴れて、砦の兵をおびき寄せる。その隙に騎士殿に砦を奪還していただきたい」
「なんと、ガーキ殿自ら囮になると!」
「左様、ここは俺が指揮を執るよりも、貴殿が指揮を執ったほうがいい。そのほうが聖王国の者たちも遺憾なく力を発揮できるだろう」
「……そこまでお考えとは。わかりました、ガーキ殿の指示に従いましょう」
馬鹿はチョロいぜ。
「ところでガーキ殿、もし砦の兵が我々よりも多かった場合は?」
チッ、勘の良い野郎だ!
馬鹿すぎるってのも考えものだな。自分で考えるってことをしねぇ。おかげで、こいつらに指示を出さないといけない。じゃないと脳筋の無能どもは、対処するどころか案山子みたいに突っ立っているだけだろう。ああ、くそ面倒だ!
「そうだな砦に籠もられても厄介だ。誘き出そう」
「どうやって?」
「適当に畑を焼く。邪教徒の畑だ、問題はあるまい。それからセナンの街を襲う。これで確実に砦の連中を誘き出せるだろう。セナンから砦までかなりの距離がある。どうだ?」
理由を端折ったが、これくらいなら馬鹿でもわかるだろう。
「ガーキ殿がセナンで戦っている間に、砦を攻め落とせばよいのですな! さすがはガーキ殿。よし、その手でいこう」
適当な計画だったが、頭の足りない馬鹿どもは納得してくれたようだ。これはこれで助かる。
さぁて、これからお楽しみの時間だ。派手に行こう! まずは略奪の狼煙だ!
畑を焼きまくった。燃やすのに手頃な細い木の林があったのでそれも焼いた。砂糖の原料らしいが、俺は農民じゃねぇ。せこせこした稼ぎよりも、一山当てたい。
勿体ないと言う手下を斬り捨て、焼き払った。
それから、借り受けた騎士二〇〇、手下の二五〇とともにセナンの街に向かった。
騎士たちには二手に分かれると嘘を教えた。聖王国の馬鹿どもが先にセナンを襲うよう仕向けた。当然、警備兵が応戦するだろう。俺たちは大きく迂回して、生き残っていた連中を片付ける。
騎士が生き残ろうと、警備兵が生き残ろうと確実に始末する。戦ったあとだ、疲弊しきった連中ならば楽に倒せるだろう。くたばった警備兵や騎士様たちから金目の物をもらえる。一粒で二度美味しい仕事だ。
死体漁りは手下に譲ってやろう。俺は食べ応えのある商人を美味しくいただく。
そうだ。あそこの女どもは三流品だから、手下にくれてやろう。俺がいただくのはいい女だけだ。金持ちのお高くとまった娘を吟味して一番良いのをいただこう。
上唇を舐めて、気合を入れる。
金や女のことを考えているうちに、セナンに着いた。手筈通り二手に分かれる。
迂回しながら騎士たちの様子を見ていたら、とんでもない数の兵士に一瞬で飲み込まれた。
「馬鹿なっ、セナンにこれほどの警備はいないはずだぞ!」
不気味な魔術師――シャマが馬を寄せる。
「ガンダラクシャの兵のようです」
「なんだとッ! あのアバズレ元帥が来てるのか!」
「軍勢の規模からして、恐らくは……」
ヤバイ、あの女はヤバイ! 年下の分際で、剣も頭も俺より上だ。気に入らないがここは逃げることにした。
渓谷を行くか、また山を越えるか考える。
渓谷は駄目だ。マキナの馬鹿どもが石を落として道を塞いでいるかもしれない。それに関を通してもらえる保証がない。なんせ敵のいる東からトンズラするんだからな。
チッ、こんなことなら、最初から渓谷ルートを選んでおくべきだったぜッ!
モタモタしていると、あのアバズレに後ろからブッスリやられちまう。となると、もと来た道……山越えか。
とりあえず、潜伏させている騎士たちと合流することにした。
一心不乱に馬を走らせる。
遠くに見える森から、立ちこめる煙が見えた。
砦の連中と戦っているのか! だったら好都合、奴らを囮にして逃げ出せるぞ!
目立たぬよう森のなかを突っ切っていたら、ベルーガの兵が見えた。
なんでここにッ!
潜伏していた騎士たち砦に向かっていなかった。攻めるべきベルーガの兵に襲われていたのだ。よく見れば、煙は合流地点付近から立ちのぼっている。
「あの馬鹿どもがッ、ヘマしやがって!」
騎士どもを見捨てて山へ向かう。ベルーガの兵に見つかるだろうが、山へ入ればこっちのもの。難所に架かった吊り橋を落としちまえば、ベルーガの犬どもも追っては来れまい。俺たちが逃げ切るまで騎士様には時間を稼いでもらおう。
ガンガン飛ばす。
念のため、シャマには防御魔法をつかわせる。
「シャマ、後ろからの攻撃に備えろ」
薄気味悪い魔術師は即座に意味を理解して、
「悪しき力より我らを守れッ〈魔法障壁〉」
「これでベルーガの奴らも手出しできんだろう」
そう思って後ろを振り返ると、赤い光が飛んできた。
「なっ、なんだッ!」
シャマの魔法障壁がそれを弾く。
ふぅ、ビビらせやがって。
後ろを走っているシャマは、振り返ったままだ。
「シャマ、呆けていると死ぬぞ」
「不可能だ……ここまで届く魔法なんて」
シャマはこっちへ向き直るなりそう言うと、ぽかんと口を半開きにしている。
どうやら敵の魔術師は相当の腕らしい。となるとアバズレ元帥の手下か? 逃げて正解だったな。
山の麓にさしかかり、緩やかな斜面を一気にのぼる。逃げ切れたと思った瞬間、腕に激痛が走った。続け様に後ろからどさりと音が聞こえる。音でわかる一人殺られた。
腕を見ると、皮膚が抉れていた。じくじくと痛む。刃で斬りつけられたというよりも、焼けた鉄を押しつけられたみたいだ。
後ろの手下をぶち抜いて、俺の肩を抉っただとッ!
赤い光が前方の岩肌にあたる。銅貨ほどの場所がまっ赤に溶けた鉄のようになり、すぐに黒くなった。岩肌に目玉ほどの穴が空いている。
「ばらけろッ、固まっていると狙われるぞッ!」
タガーズが声を張りあげる。それと同時に手下どもは左右に散った。
あの馬鹿野郎ッ! これじゃあ俺が狙われるだろう!
後ろを振り向く。赤い光が見えた。
俺は近くにいた手下の腕を掴み、引き寄せて盾にした。
今度は耳に激痛が走る。
「クソッ、クソォーーー! あの魔術師、いつか殺す! 絶対にだッ!」
それから二人ほど手下を盾にして、逃げることに成功した。