第109話 拷問と労い②
嘆いても事態は好転しない。将来に向けて人脈づくりに励もう。そのほうが建設的だ。
幸いなことに元帥二人と数名の貴族が、私の傘下にいる。これを機に、取り込もう。
となると褒美だ。
拷問見学でげっそりした友人たちにまずは料理を振る舞うことにした。そのために大枚をはたいて料理人を雇ったんだから。
ツェリは舌が肥えているだろうから、料理人たちに確認して、彼らの知らない簡単な料理を教えた。パンケーキとシフォンケーキ、それにジャムだ。
丁寧に卵の白身と黄身を分けて泡立ててつくったケーキはふんわりとしていて、非常に口当たりが軽い。それに生クリームとジャムを添える。完璧だ。
それらを応接室でくたびれているツェリたちに振る舞う。
「柔らかいな。甘過ぎず、軽い食感だ。気に入った。もてなしは嬉しいが、私としては酒にあう料理のほうがありがたい」
それくらいは先刻承知。だから、街道沿いの街――ジリに立ち寄った際に仕入れた小魚の塩漬けをつかった簡単な料理を用意した。
魚醤の元、みたいな感じで売られていた小魚の塩漬けだけど、ほどよく発酵していて地球で食べたアンチョビに似ていた。これは買いね、とワインのお供に大量購入している。
そのアンチョビをつかった料理だ。
調理は簡単。薄くスライスしたパンを火で炙ったり、ペースト状にしたアンチョビとガーリックを軽く塗る。そこに燻製にした魚をオリーブオイルで和えて、トマトの角切りを載せて。彩りに刻んだバジルを散らしたら酒の進むこと受け合いのクロスティーニの完成だ。
ブルスケッタにしてもいいけど、あれは一口サイズではない。ワインのお供にガッツリとしたツマミは無粋である。なので、クロスティーニをチョイスした。
ツェリはお酒が大好きみたいだから、主張する味がいいわね。細切りにした赤カラシをのせましょう。
つくった私が美味しいと思うのだから、間違いないでしょう。
彼女にクロスティーニを勧めると、一つ二つと口に入れてくれた。
「塩気があって酒がほしくなる味だな。一口サイズで酒の友に最適だ」
「気に入ったのならレシピをあげるわ」
「ありがたい、さっそく今夜にでも試してみよう」
スイーツを平らげた、ロビンとミルマンがもの欲しそうに見ていたので、彼らにも勧めた。
「良い味ですね。エールがほしくなります」
「獣除けの匂いが気になりますが、なかなかですな」
獣除けという言葉に引っかかったので、ミルマンに尋ねる。
「魔物除け……ですか。料理にもつかわれていたニンニキですよ。あれの匂いは強烈ですからね。旅をしている者ならば大抵は身につけています」
なんでもガーリックのことをこの惑星ではニンニキと呼ぶらしい。獣除けとしてポピュラーなアイテムだそうだ。反対の魔物寄せがあるのかと、聞いてみたら、甘い香りのする植物があるらしい。
魔物除けがガーリックだから、魔物寄せって、もしかしてシナモン? いや、あの匂いを好む動物はいないでしょう。だとしたらハチミツとか……。
御用聞きの商人と契約を結んだことだし、一度、魔物寄せとやらを取り寄せてもらおう。
トベラがやけに静かだと思っていたら、シフォンケーキとパンケーキを口いっぱいに頬張り、食べるのに夢中になっている。
一五歳なんだから、お酒よりもスイーツよね。
「トベラ、美味しい?」
「幸せの味がします」
新米の女伯爵は満面の笑みで答えてくれた。
楽しいお茶の時間が終わると、今度は会議だ。アルベルトは不在だけど、主立ったメンバーがこの場にいる。なので、今後の軍事行動について話し合うことにした。
「この地に軍を駐留させているだけでは意味がないと思うの。あまり暇すぎると兵士の気が緩むわ。何か意見はない?」
「難しいな。聖王国を攻めてもいいが、渓谷が厄介だ。山越えルートを行ってもいいが、仮にあそこを抜けても、下手に攻めると王都に立てこもられてしまうぞ。放っておいても、本国へ戻るのならば。無理に攻める必要はない」
「そうですね。この地から王都へ攻めのぼるのは難があります。糧秣のことを考えておられるのならば、ガンダラクシャの兵を戻らせては?」
軍人だけあって、ツェリとミルマンの意見は的確だ。私もそう思っていた。だけど五万近くの兵をぼうっとさせておくのもね……。
どうするべきか思案していたら、トベラが元気に手をあげた。
「なぁにトベラ?」
「農作業に従事させるというのはどうでしょう。穀物でなく、野菜ならば短期間で収穫が望めます。糧秣の減りを緩和できるでしょう。それ以外なら開墾作業はどうですか。砦周辺は土壌も良いので、農地に最適だと思います」
農業に開墾かぁ。いいわね。兵士には打って付けの肉体労働だわ。
「ほかに意見は?」
ロビンだけが何も意見を出さなかったので、彼に話を振ることにした。
「ロビン、もしあなたが私の立場だったらどうする?」
「そうですね。とりあえず聖王国軍に嫌がらせをします」
「たとえば、どんな風に」
「私でしたら、聖王国の軍が通るであろう道々の井戸に毒を放り込みます」
本当に地味な嫌がらせだ。しかし、そういう卑劣な手段は私の好むところではある。実行したいところだけど、アデル陛下の名声を考えるならば、悪手だ。そもそもこの惑星のライフラインは脆弱だ。水に関しては顕著で、上水下水の水路さえ満足にととのっていない。そんな国で、貴重な飲み水を汚染したら……。
「飲料水の問題ならある程度大丈夫でしょう。水を生み出す魔道具がありますから。被害を受けるのは聖王国の軍に絞られます。なんせ数が多いですから」
ロビンの言う、水を生み出す魔道具は見たことがある。動力に魔石なるものが必要で、生産できる水の量は知れていると聞いている。魔道具自体が高価なので、流通している物にも限りがある。庶民の懐事情を考えると誰しもが買える代物ではない。おまけにそれを動かすには魔石も必要だとか。こちらも値の張る消耗品だ。
上流階級の人々ならば魔道具を購入して対処できるでだろう。しかし、庶民には難しい。かえって民心を失いそうだ。
あまり現実的ではない。却下ね、却下。
問題は井戸に毒を入れたことが道々の住民にバレた時だ。奪われた国土を取り返しても、毒をつかったという汚点は残るだろう。こちらもやはり民心を失う。
そんなペナルティを引きずったまま国の復興に力を入れても、民はついてこない。一度でも疑いの目を向けられたら終わりだ。この国、ベルーガには後がない。
これも却下。
「悪くはないけど、リスクが大きすぎるわ。貴重な井戸に毒を投げ込んでみなさい。民心が離れるわ」
「うまくやる自信はありますが、それでも却下ですか?」
「毒による被害はたかが知れているわ。それに、怒りの矛先が占領下に置かれている民衆におよぶかも知れないし、得策とは言い難いわね」
「なるほど、閣下は敵の嫌がらせよりも臣民をとったのですね」
「結果からすればそうなるわね。毒をばらまければ楽なんだけど、もどかしいわ」
それから、ロビンはいくつか裏工作を示唆してきた。穀物を入手できないように被害を免れた田畑を焼くだの、村を焼くだの、有効だが物騒な提案ばかりだ。
根負けしてOKを出したくなったけど、そこはぐっと堪えた。民からの評価は大切。民心無き為政者はただ滅びるのみ。国民があってこそ国が成り立つ。それをないがしろにするようでは、ベルーガもお先真っ暗だ。
「却下よ、却下。リスクに対してリターンが少なすぎるわ」
「では、どのようになされるおつもりで」
「トベラの案を採用するわ。将来的にもプラスになるし、せっかくの労働力を無駄にする必要はないわ。ただちに通達してちょうだい、余剰の兵士を砦周辺の開墾・灌漑作業に従事させましょう。あと砦の拡張もね」
こうして手持ち無沙汰な兵士を動員して、大規模な開墾・灌漑作業を行った。
軍人に農業をさせることについて賛否両論あったものの、そこは優秀な私である。
実行に際して、美味しそうな餌を兵士の前にぶら下げた。収穫した野菜で食事の質をあげると約束したのだ。
不満を口にするかと思っていた兵士たちだが、食欲には正直だった。おかげで予想を遥かに超える結果を叩き出した。
人の欲とは凄まじいものである。食欲を七つの大罪に挙げるだけのことはある。
兵士たちの食事に対する情熱は異常で、ひと月足らずで農業拠点だけでなく畜産拠点まで完成させたのだ。
何人か兵士たちに労いの言葉をかけると、
「これで唐揚げが食べられますね」
「一頭の豚から、どれくらいのトンカツがつくれるのですか」
「ヤキニクのタレを仕込む倉も必要ですね」
などなど、戦時中とは思えない発言ばかり返ってきた。
美食に飢えていたのは私だけじゃなかったのね。なんというか、兵士たちと一体感が生まれた気がする。連合宇宙軍の戦闘員たちがよく口にしていた、絆というやつだろうか。
気にはなったけど、数値化できない感情データなので、いつものように流した。
しかし、食のグレードを上げるだけで、これだけも兵士がやる気をみせるとは……。ホランド商会に料理人を手配してもらってよかった。