第102話 今後の方針
私の読み通り、聖王国の追撃はなかった。
まるっといただいた糧秣と一緒にひと月ほど南へ進むと、古びた砦を発見した。砦の防壁にはカナベル元帥の旗が靡いている。
「ロビン、先に行って話をつけてきてちょうだい。あそこを糧秣の集積基地にするわ」
「はっ」
有能な側仕えを先に出して、頂戴した糧秣を砦に送り届ける。
ついでにカナベル元帥に挨拶していこうと思っていたら、彼は王都のある西へ兵を進めているという。なんでも東部に駐留している聖王国軍は少ないらしく、東端の交易都市ガンダラクシャを治めているツェツィーリア・アルハンドラ元帥とともに奪い返したのだとか。
嫌な予感がする。これといったトラブルも無く順調な進軍。強運や好機を実力と勘違いして、強行軍でポカをやらかすパターンだ。
下手をすれば私の頑張りをパァにされるかもしれない……。
それは困る。非常に困る。
とりあえず一度情報を確認しよう。
砦に入るなり、まずは優秀な側付の報告を聞く。
「怒濤の勢いで街道を西進しているようです。王都へ通じる渓谷、そこにある関所を奪い返すのだとか」
興奮しているのか、知らせに戻ったロビンは饒舌だ。
「ところで、この辺りの地理はどうなっているのかしら? 土地勘がないからわからないわ」
友軍の拠点――ガンダラクシャまでの地図はドローンにつくらせている。だけど現在地から西はしらべさせていない。だから本当に、地理がわからない。ドローンに調査させているけど、軍事用の精密地図を作成するよう命令している。測量で数日は帰ってこない。
この惑星の測量技術は低いので、たいした精度の地図は望めない。それでも最低限の情報はほしい。だからフリーハンドの落書きじみた地図で妥協した。
「こちらが王都から関所までの地図。こっちが関所からガンダラクシャまでの地図になります」
地図を見て、元帥たちの思惑が理解できた。渓谷の終わりにある関所より西は道が広がっていて、王都までこれといった障害は無い。関さえ押さえれば、一気に王都まで攻めのぼられる。
奪い返したい理由はわかったけど下策だ。
渓谷は長く、狭いがゆえに容易に関を設けられる。もし敵が攻めてくることを想定して、簡易な関をいくつも設けていたら……。目的地である関所に到達するまでかなりの時間を要するだろう。
仮に到達したとしても、そこからが問題だ。
単なる兵力計算ならば楽に突破できそうだが、現実は甘くは無い。
両側の山に兵を伏せられていたら……。
それも弓矢ではなく、落石のような意地の悪い攻撃だったら……。
考えるだけでゾッとする。
長く伸びた隊列が仇となり分断、各個撃破という最悪の結末が脳裏をよぎった。
仮に伏兵がいなくても、狭い戦場は兵力を投入しにくく、交戦にやたら時間を消費する。
その間に、敵は応援を要請するだろう。
敵が寡兵であっても関があっては早期の決着は望めない。狭い道が仇となり、こちらも数の優位を発揮できない。
まったくもってナンセンスだ。
宇宙でもこういった状況はあった。いわゆるトンネル戦だ。
細く長い通路を巡って繰り広げられる、知性の欠片もない消耗戦。見通しの良い長い通路だ。忍び寄ることなど不可能で、被害を覚悟で突き進まねばならない。本来であれば無視するような戦場であるが、重要拠点が絡むと話はちがってくる。敵味方、双方の陣営は躍起になって兵士を投入する。結果、攻める側も守る側も多大な犠牲を強いられる。おまけに貴重な時間をごっそり奪われるのだから質が悪い。
まさに兵力の無駄遣い。それをカナベル元帥たちは再現しようとしているのだ。
渓谷に偵察用ドローンを飛ばしている、精密な地図が完成次第、説得を試みよう。
カナベル元帥の部下に予想される結果を通達するように命じて、私は束の間の休息をとることにした。