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7.真珠女――選ばれし者

 特別な人間は、特別な才能と特別の地位が約束されている。

 商家の子女として産まれたアシュシュミ・ガイドフォールはそう信じて疑わなかった。

 誰から教わったものでもない。

 彼女は生来備わった万能感のままにそう思い、そしてそれを考え直す機会に会うことはなかった。

 

 商家というが、それは他国でいう金のためならば王族や貴族に遜るような商人ではない。

 彼女の生国は貴族がおらず商人たちの中の有力な十人のものたちが議会にて都市を運営する特殊な場所である。

 海岸沿いに港を抱え込むように形成された都市は数百の周辺の街や村を携えており、周辺国からは一つの国として見られている。

 事実、都市を運営する商家はただ商売をするのではなく政治も行っている。

 その国の名をケラートリックス商業連合国と言う。

 彼らには貴族という先祖伝来の土地と権利に安住するような怠慢なものでなく、刀剣のように鋭い才覚にて成り上がったという自負がある。

 議会に参加する権利を持つ十名は前年の納税額が多い家から順にと定められているが、ガイドフォール家はアシュシュミの父が真珠の一代産地を見つけ一代でのし上がり、今では都市への納税は最高額のものとなっている。

 

 そう真珠だ。

 

 うららかな日ざしでうとうととした彼女は夢心地のままに首にかけた大粒の白真珠をまさぐった。

 

「――! ……――!」

 

 遠くで汚らしい犬の遠吠えのような声がしている。

 

 ミセビカという、騎士の礼と誇りばかりに重きを置く、堅苦しい愚かな国。

 この国の貴族も平民も商人も、すべて下らない。

 いや、仕方ない。私と比べればあらゆるものが色あせてしまうのであるから、その原因を国の文化に求めてもせんなきこと。

 しかし、あの方が王となり私が妃となった後はこの国を――この世界を、どうやって私の色で染めてしまおうか……。

 

 これからについて楽しく考えていると、突然耳元で大きな声が聞こえた。

 

「アシュシュミ・ガイドフォール!!!」

「……あら」

 

 びっくりして顔を向けると、そこには怒りの感情を露わにしている眼鏡をした女がいた。

 齢は三十半ばぐらいだろうか。生真面目さが実態となったかのような女である。

 

「あらあら……」

「ガイドフォール嬢、いまは何の時間かわかるか?」

「さあ、何の時間でしょうか。でもチリリーナ先生がここいるということは授業かしら?」

「そうだ。いま授業中であるということに気づくとは、さすがは聡明な商家の娘だな」

「ありがとうございます。それでは聡明な私には特に教えることはないのではないでしょうか? 私、まだ眠たいですので」

 

 アシュシュミの言葉には答えず、チリリーナは鋭い横目で彼女を睨みながら、集合している生徒たちの前に戻った。

 チリリーナが纏っている鮮やかな赤いマントが風に揺られる。その下にあるシルバーのロングベストには一つのシワもない。

 

「魔法のコントロールについて教える」

 

 彼女は生徒たち前で宣告するように言った。

 

「魔力は個人差があり、一朝一夕で増やせるものではない。増やし方もまだ究明できたわけではない。しかし、いま君たちの手の中にある君たちの魔力。それは君たちの自由だ。魔法を行使するときには先に目的がある、その目的に合わせて、その目的が達成できる可能性を最大限にまで高めるために、枝葉の枝葉の細部にまで魔法を自分の支配下に置く。これが一流とその他を分ける初めの登竜門となる」

 

「イメージとしてはこのようなものだ」

 

 チリリーナは左手を上に向け、そこから魔法の炎を出した。

 

「一見すると、この炎は君たちが出すものと同じように見える。しかし実態はこの炎は君たちのものよりももっと万能に使えるし、威力も数倍のものになっている。炎の横や上の、もはや目に見えぬ揺らぎまで私はコントロールしている。これを極めれば、こういう使い方もある」

 

 左手の炎は言葉に合わせるように捕捉上に伸びていき、やがて細い一本の線のようになり、そうなったかと思うと、真っ二つに折れて重なり、その次にはぱっと、一瞬で三本の線に変化した。

 

 おお、と生徒たちから感嘆の声が漏れる。

 彼らも魔法を行使する者として、目の前で見せられた現象がいかに規格外かがよく分かったからだ。

 さすがは、王宮魔術騎士、と誰かが呟く声がした。

 

 だが、そこで大きな溜息が一つ、場をしらけさせるかのように上がった。

 

 そしてずいと前の生徒を押しのけて出てきたのはアシュシュミである。

 

「チリリーナ先生、それでは本日の授業はその小さな小さな一か所をコントロールするということでしょうか?」

 

 にっこりと皮肉な笑みを作りながら彼女はいう。


「そうだが、何か?」

「それは私には不要ですわ」

「……なに」

 

「その技術は例えるなら、そう、魔力が百程度しかない小さなものたちが、なんとか頑張って百十になろうとしているように聞こえました。それなら百の者と比較すると1万や10万を保有している私にはいらないです」

「違う。君は私の説明を半分も理解できていない」

「あら、そうですか。でも、いずれにしても私には不要ですね。アリの戦い方を聞いても、アリがいくら頑張ろうとも、獅子はただ踏みつければよいだけですので」

 

 チリリーナの眼光が鋭くなり、周りの生徒たちはその怒気に気圧されるように下がっていった。

 

 しかしアシュシュミは挑戦するようにさらに前にでる。

 

「この国で最も魔術と武芸に長けた集団、それが王宮魔術騎士と聞いています。しかし、先生を見る限り、大したことないですね。私はもうあなたより強いのですから」

 

 アシュシュミは右手をチリリーナの前に出した。

 

「ほら、試しに力比べをしませんか?」

 

 右手から念動力魔法が放たれる。念動力魔法は体内にある魔力を外部に出すときに最初に魔法の形となって現れるもので、もっとも基本的な魔法だ。色は透明感のある白色である。

 チリリーナも迎え撃つように念動力魔法を放し、二つの魔法は宙でぶつかった。

 

 アシュシュミの念動力魔法は膨大な魔力が荒ぶるように四方に力が漏れている。

 一方、チリリーナの方は無数の線が整列したように全ての力が前方に向いている。

 

 同じだけの魔力が込められていればチリリーナに軍配が上がっただろう。

 しかしアシュシュミは徐々に込める魔力を増幅していく。

 

 最初は自身も増やすことで耐えられたチリリーナだが、アシュシュミの底なしの増幅についていけず、押されていく。

 

 チリリーナは舌打ちをした。

 自身の念動力魔法で相手の魔法を掴むようにして、斜め上に魔法の放出先をずらした。

 

 その瞬間、アシュシュミの魔法はチリリーナの魔法を駆逐し、膨大な魔力が籠った念動力魔法はチリリーナの斜め上の空に消えた。

 

「自分の魔法で相手の魔法を掴むなんて、さすが小細工が上手ですね」

「……アシュシュミ・ガイドフォール、君は私の授業を受けなくてよい」

「ありがとうございます」

 

 アシュシュミは優雅に一礼をして、その場を去ろうとすると、いつも彼女の周りにいる女子生徒たちもついていこうとした。

 

「君たちはだめだ」

 

 しかしチリリーナはそれを制止する。

 女子生徒たちは尋ねるようにアシュシュミを見た。

 

 アシュシュミは髪をかき分けながら、溜息をつきながら鼻で笑うように言った。

 

「チリリーナ先生の言うことを聞いてあげなさい。彼女の教師としての、そして王宮魔術騎士としてのプライドをこれ以上傷つける必要はないでしょう。――それに私には不要であっても、あなたたちには必要な授業でしょうし」

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