4.無能女――使命
魔力の消費を自分でできないのであれば、他の人が代わりに行えばよいのではないか。
私のその疑問を聞いたラーリシカ殿下は真意を探るように目を細めて私を見ました。
「自分の魔力は自分のものだ。自分だけの。他者が使えるものではない」
「それは殿下の魔力が特有だから他の者には使えないということでしょうか?」
「いや、違う。みな一様にそうだ。他者の魔力を使える者など、聞いたことがない」
「……それはおかしいですね」
「おかしい? 君はいったい何を言っているのだ?」
私は目をつむり、記憶を辿りました。
――魔力がゼロの無能な子として生まれた私。
それは何度も検査をされて分かったこと。
私の中にはひとかけらの魔力もない。
だから私が魔法を使う時は他の人から貰うしかなかった。
自分の魔力を使えないから、こっそりと。
例えば学園で魔法の実技を学んでいたとき。
自力で魔法を生成することができない私は、他の生徒たちから少しずつ魔力を拝借していました。
例えばお屋敷で花に水をやるとき。
付き添いの従者から魔力を貰い、水の魔法を生み出していました。
そういえば、学園の実技の授業で私が魔法を使っていると、ある女子生徒たちがきてこんなことを言われました。
”さすが公爵家のご令嬢ですね。ご立派なマジックアイテムを持っていらっしゃる”
”ほんと強力なものを持っていらっしゃいますね。私たちと違って自力で魔法を使わないでよいのは羨ましいですわね”
そのときはなぜ彼女たちは私がマジックアイテムで魔法を生み出していると断言できるのだろうと疑問に思っていましたが……。
確かに、魔力を貰うときは盗むような罪悪感がありましたが、一度も気づかれたり、怒られたりした覚えがありません。
その理由が、そんなことできないと皆が思い込んでいるからなのだとしたら。
私以外に他人の魔力を利用することができる人がいないのだとしたら。
「……どうやら、私がおかしいようです」
私は右手で殿下の手を握ったまま、左手の掌を上に向け肩の高さまで上げました。
そしていつもしていたように殿下の魔力を感知して、それを手繰り寄せるように意識すると、その通りに魔力がこちらにやってきました。
左手の掌の上にラーシカ様の魔力が集まってくる。
魔力は小さな球のように形になり、次々にラーリシカ様から掌へと流れるようにきています。
ラーリシカ様はそれを愕然とした表情で見ていました。
数十秒かけて、私はラーリシカ様から取れるだけの魔力を取りました。
通常であれば一瞬で終わるものでしたので、それは確かに莫大な量でした。
魔力の小さな球は黒々としていました。
球の中ではまだ未成熟の混沌が蠢いているように黒のもやが現れては消えており、時折ピカリと小さな光が現れてはそれも消えています。
私としても、こうして魔力が目に見える形になるのは初めての経験で、掌の上にある莫大なエネルギーに、さてどうしたものかと少し考えてしまいました。
しかしすぐに思いついて立ち上がると、部屋の窓を開けました。
「殿下、虹はお好きですか?」
「――虹? ああ、いや、そうだな。確かに好きではあるが最近は見ていないな」
「それは丁度よかったです。今からご覧にいれますよ」
私はそう言うと窓から外に向かって魔力の球を放ちました。
私の手から放たれた小さな球は、それほど力を入れたわけでないにも関わらずぽーんと遥か遠くに飛び、そのまま空に吸い込まれるように消えていきました。
そしてその数秒後、七色を鮮やかに煌めかせた大きな虹が都の上にかかりました。
虹は私が想定した以上に大きく色濃く美しく、優しく都市を包んでいました。