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22.無能女――才能

 殿下は千載一遇のチャンスを逃し引いた後、ジャックス様と対峙して剣を構えました。

 

 その間、アシュシュミ嬢は斬られる間際だった右首を手で抑えて、放心しているようでした。

 

 彼女の顔からは血の気が引いており、その様子が二人の闘いであれば先ほどの一撃で決着を着いたということを如実に示していました。

 

 しかしやがてその顔は額に青筋が立つほどの怒りの表情に変わりました。

 内の魔力が外に漏れているのか、彼女の長いカールされた髪がざわりと逆立ちます。

 

「ふふふ……ふふふ、ふふふふふ」

 

 怒りを隠すかのように彼女は笑います。

 

 殿下は再び彼女に突撃しましたが、ジャックス様が割って入りました。

 

 斬撃魔法を盾魔法が受け止めます。

 それは闘いの最初の再現でしたが、違うのは、後方にいるアシュシュミ嬢が真珠も使って数十の魔法を放ってきたことでした。

 

 殿下とジャックス様の攻防は数合で終了し、殿下は魔法を避けるために後ろに跳躍しました。

 

 魔法は先ほどと同じように様々な種類のものがありますが、殿下にだけ当たるようにジャックス様を器用に避けていきます。

 

 迫る魔法を、殿下は傷だらけの体で斬って斬って、何とかしのぎました。

 

 そしてちらりと一瞬、しかし確かな意志の籠った目で、私を見ました。

 

 合図です。

 私の力が欲しいと、殿下は目で仰りました。

 

 ジャックス様に向けて突撃する殿下。

 そのころには既にアシュシュミ嬢は次の魔法らを放っていて、剣を打ち合う時間はあまりありません。

 

 殿下の胴を狙った一閃をジャックス様は盾魔法で防ごうとして、私は自分の役割を果たすことにしました。

 

「な……!」

 

 ジャックス様の顔が驚きの表情に変化します。

 展開していた筈の盾魔法が消失したことに驚いたのでしょう。

 

 私は力技で無理やり盾魔法のコントロールを奪い取りましたが、その過程で魔法は魔力へと戻り、私の手の中に収まりました。

 

 殿下の一撃を盾で防ぐつもりであったジャックス様は想定外の事態にどうしようもありませんでした。

 剣で防ぐことも魔法で凌ぐこともできず、殿下の剣をまともに受けることになりました。

 

 しかし、千載一遇の機会で放たれた一撃は浅く、剣はジャックス様の服と表面の皮を斬るのみに終わってしまいました。

 

 ジャックス様は仕返しとして一撃を返し、それを受けているころには、アシュシュミ嬢の放った魔法が後ろに回り迫ってきました。

 殿下は右に跳躍してそれを避けようとしましたが、着地したころには魔法はもう目の前で、とても全てを防ぐことはできないように思えました。

 

 だから私は十数の迫りくる魔法のいくつかを、奪おうとしました。

 彼女と彼女の魔法は強固な繋がりを持っているようで、横から無理に奪うことに対して大きな抵抗がありましたが、私も全力で、瞬時に二つの魔法を奪うことに成功しました。

 

 その瞬間、ばッと、アシュシュミ嬢の顔がこちらを向きました。

 

 二つの魔法を奪ったことの効果もあってか、殿下は一連の魔法を防ぎ切りましたが、そこに間髪いれずにジャックス様が突撃してきました。

 

「待ってください、ジャック様」

 

 しかしアシュシュミ嬢の言葉に足を止め、後ろに下がりました。

 

 アシュシュミ嬢は私を睨みつけています。

 

「何をしました?」

 

 彼女の燃えるような自我が宿った瞳。

 自分本位で全てを進め、些かの後悔をすることなく、全てを見下す強烈な個。

 

「聞こえますか? 私に何をしたかと聞いているんですよ?」

「あ……」

 

 意志の無い人形である私にとって、それと直接対峙することは耐えられるものではありませんでした。

 蛇に睨まれた蛙のように、言葉すら発せられずに過ぎ去るのを待つことしかできません

 

「ふん、無能は耳すら遠いのかしら。

 まあ、おおかたマジックアイテムでも使ったのでしょう。公爵家であれば珍しいものを所有していても不思議ではありません」

 

 マジックアイテムとは、その言葉通り魔法が付与されたアイテムのことです。

 ペンダントや剣、指輪、鎧等、様々なアイテムがあり、そこに付与されている魔法もまた様々です。

 最高級のアイテムになれば、一国を買えると言われるほどの価値があります。

 

 アシュシュミ嬢は憎々しげに萎縮した私と、傷だらけの殿下を順番に見ました。

 

「もう決着はついていると言うのにしぶといですね。

 もういいですよ。終わらせましょう」

 

 アシュシュミ嬢が宙に浮きました。

 浮遊魔法で自分自身を浮かせることはとても難易度が高いことではありますが、これまでの彼女を見ていて誰ももう驚くことはありません。

 

 彼女が物理的に私たちを見下ろせるところまで浮いた後、周囲の真珠が強烈に発光しだしました。

 

「先月発生した虹を覚えていますか?

 王都をかけるようにして現れたあの巨大な虹のことです。

 一部の者らはあれに魔力が宿っていると騒いでいたらしいですが、あの超常現象はそんなものではありません」

 

 彼女は胸元で、透明なボールを両手で上下から包むような構えを取りました。

 

「あれは極めて膨大な魔力が魔法になりきれずに出現したものです。

 一般的に魔力は魔法にならなければ外部に出せないと言われていますが、あれはその狭間。魔力と魔法の中間ともいうべきもので、あらゆる魔法になる可能性を秘めています。

 だからこそ虹色。様々な魔法の可能性が様々な色となり一体となっている奇跡的な現象でした」

 

 彼女の掌に魔力があつまる。

 それと同時に、周囲の真珠が強く光りだしました。

 

「これまでの魔法の概念を打ち消すその虹に、私は感動しました。

 だからどうすれば再現できるかを試していたのですが――成功したんですよ。

 私が一つの魔法を生み出そうとする間際に、真珠がまた別の魔法を生み出そうとして、それをぶつける。

 何個も何個もの真珠が、様々な魔法を生もうとした間際に、一つの場所にぶつけ、集結させる。

 ほら、こういうふうに」

 

 手を上下した円の形を作ったその中に強い光を放つ真珠がどんどん入っていきます。

 魔法になる手前の膨大な魔力が円の内側に生まれ、徐々に虹色に輝き出しました。

 

「そのままですが、虹魔法。私はこれをそう名づけました」

 

 膨大な、あまりに膨大な魔力が込められた魔法が、私たちに向けられました。

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