シュバイン・バリシュカ伯爵
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十全とは言わないまでもラカニシュは自身の魂に取り込んだ連盟術師の根源術を使用出来る。それは卑劣で恐るべき簒奪だ。
古今の連盟術師は皆それぞれユニークな術を扱う為、その術同士を比べる事、ひいては連盟術師の実力の多寡を比較する事に一切の意味は無い。青という色と赤という色のどちらがより優れた色か、という問いの愚劣さを考えれば分かるだろう。それでもあえて序列をつけるとするならば、三人分の連盟術師の力を有するラカニシュこそが最強であろうか。当然、ラカニシュがやった簒奪行為は都合が良い面ばかりを持つわけではないのだが……。
「整ィィィィ列ッッ!!」
野太い声が蒼空にこだまする。号令主はシュバイン・バリシュカ伯爵その人であった。彼は帝国への忠義厚く、こういった場面ではことさらに前面に出たがるのだ。旧オルド王国領周辺はシュバイン・バリシュカが統治しているが、上位の者がでしゃばって支障はないのかと思う者も少なくは無い。だが北方一帯を治める北方総督は別におり、伯爵の北方における権限は実の所この北方総督に帰属する。
北方総督リ・リーは政戦両略に長ける齢七十にも達する老婆である。彼女は先代皇帝が西域のみならず東域にもその野心の矛先を向けていた時代、周辺諸国の領土を大いに切り取った功績を持つ。その来歴も一癖あり、彼女は中域に存在するとある大国の皇帝に侍る寵姫であったが、正妃の勘気を受けて命を狙われ、命からがら西域へ逃げ延びた。そして西域で春をひさいで日々の糧を得ていた所、とある帝国貴族に見初められる。若かりし頃の彼女の美貌は帝国全土になり響く程で、ついには先代皇帝の目にとまった彼女は……と、まるで成り上がり物語の主人公のような人生を歩んできたのだ。
皇帝が代わってもリーは帝国へ尽くし続けた。だがその忠が帝国や当代皇帝サチコにあるわけではない。彼女の忠はあくまで亡き先代皇帝個人へ向けられている。リーは決して語る事は無いが、先代皇帝とリーの間には甘いロマンスがあり、切ないドラマがあったのだ。よってサチコの広域術式はリーには作用せず、これを佳しとした帝国宰相ゲルラッハは彼女を北方総督のままとした。
愛廟帝サチコの術式は帝国臣民の愛国心を凶猛に刺激し、その出力が最大にまで達した時は帝国に、ひいてはサチコ帝に忠誠を誓う帝国臣民の一人残らず死兵と化すであろう。だがその先に待っているのは国土の荒廃である。国の根幹は人であり、サチコの術は密閉空間で燃え盛る炎に空気を送り込むようなものだ。十全に作用すれば帝国臣民という炎の寿命は大幅に消費されてしまう。
ただでさえ中域に面しており、更にはラカニシュという不安要素も眠っている北方領域であるからして、その領域を治める者がリ・リーというのは非常に都合が良い。生粋の愛国者が総督であれば、ちょっとした有事にも膨大な犠牲を強いる用軍であっというまに人材は枯渇するだろう。帝国宰相ゲルラッハはその辺もよく考えて人を配していた。
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シュバイン・バリシュカ伯爵の前には黒い革鎧を着込んだ者達が丁度五百名、整然と並んでいた。
「帝ィィ国が誇る恐るべき死神諸君! いつでも出撃できる様に準備を整えておけィ! かの地の方角を見よ! あれは尋常の雲ではない! 諸君らならば感得できるはずだ! 冒険者達が先行し、これを調査する! その後報告を待ち、危難とあれば我々が対応する! その際は如何なる邪悪、如何なる魔が居ようと全て撃滅せよ! 帝国を害するものは悉く誅するべし!」
『黒猪剛角雪原遊撃連隊』というバリシュカ伯爵が帝国に届出も無しに名付けた連隊は、その名称のナンセンスさは兎も角として実力は確かなものである。例えばこの五百名を以ってすれば、武器をもった貧農三名を一人で殺せる野盗、それが五千人いたとしても軽傷のみで皆殺しに出来るであろう。
なおこういった戦闘部隊に命名をする際はその理由と名称を添えて帝国に申請しなければならない。これを破ると隊名は取り消し、そして罰金なのだが、バリシュカ伯爵は忠誠心こそ厚いくせに頻繁に無断で隊に名前を付けてしまうという悪癖がある。
今は待機だ。帝国兵を動かすには相応の理由が必要で、“なんだかよくわからないけれど封印の地の上空に黒い雲があって、特に根拠はないけどかなりヤバい気がする! 勘がヤバイヤバイっていってる”では流石に兵を動かす理由には足りないのだ。
調査に帝国兵を出せば、本当にまずい状況なら犠牲になる。冒険者といういつどこでくたばっても構わない捨て駒……人材がいるのならば、それを使わない手はない、そういう事である。冒険者ギルド側としてもその辺りの帝国側の思惑は百も承知しているが、平時は好き勝手やらせてもらっているのだからと鉱山のカナリア扱いに対して否やはない。
ゆえにバリシュカ伯爵は冒険者達の調査隊の帰還を待っている。




