愛が重い系ヤンデレの告白類推ゲーム
「今日は何の日だと思う?」
「……特に何もなかった気がしますが」
「覚えていないのか?」
「何かの記念日でしたか? 申し訳ありませんが、心当たりはありません」
「そうか、まあいい。話題を変えよう」
「その前に資料のほう、さっさと終わらせてください」
「飾島真琴」
「無視ですか。何でしょうか、副会長」
「僕、好きな人がいるんだ」
「え」
世界が止まった。
生徒会室には、教員から渡された資料の整理を行っている書記の私と、鬼のようなスピードで書類の記入を進めている、一歳年上の副会長・飯妻浅香が残っていた。
「好きな人いるんですか、副会長」
そして今、私は十六にして失恋を味わうこととなる。
勿論私が報われないとは理解しているつもりですよ? 弁えてもいましたよ? けどやはりショックがでかい。私と浅香は女性同士。いつからこの気持ちを自覚したのかは曖昧だけど、中学二年生のころにはもうオチていた。レズビアンなのかと自己分析するも、他の女性には全くそういう感情を抱くことはなかったため、多分浅香限定なのだろう。そのまま浅香を追って難関高校の試験をパス。そして、先輩に付き従い、生徒会に立候補し、会計監査というポストを勝ち取った。とはいえ対抗馬がなかったのでちょろい試合だったけど。
才色兼備で温厚無垢。大好きで大好きで大好きな、最愛の幼馴染。今は何故か主従関係のようになっているけれど、それでもいい。私、そこまで美女じゃないし、我儘を貫き通すつもりはない。浅香との関係を壊したくないのが私の本意。うん、自分で言うのもなんだが相当プラトニックな人間だ。
笑った顔が好き。
声が好き。
頭がいいところが好き。
自信満々で真っすぐなところが好き。
何のとりえのない私を傍においてくれるところが好き。
おはようからお休みまでラインでしてくれるのが好き。
女の子なのに一人称が『僕』であるのも大好き。
好き。
好き。
好き。
なのに。
「いるぞ。好きな人」
どうして、浅香は私以外のオスに恋情を抱くのか。憎悪の念が加速度的に膨れ上がり、今から浅香を押し倒したくなる衝動に駆られる。
「すまないな、忘れてくれ。少し疲れてしまったようだな」
書類に目を通しながら、何でもないように言う。そんな浅香を見ていると、先ほどまで高ぶっていた激情が急速に冷めていく。私も私で取り繕ってそうですか、と返すが、内心は心臓破裂寸前。何も知らない浅香はその可憐で知的な眼差しで書類の文書を追い、片手で素早く電卓をたたき、数的処理を施す。二年間生徒会に居続けた浅香は、仕事のスムーズさに拍車がかかっており、傍らでバリバリ片付けられていく書類の山を見ているだけでも爽快だ。
「どちら様でしょうか」
「君に言う義理はないな」
「……」
じゃあ言わないでくださいよ、なんていうつもりはない。やはり一筋縄ではいかないようだ。というか誰だ。どんな馬の骨かは知らんが絶対許さない。
「小学生からの幼馴染の私に、言えないんですか、副会長」
「あぁ」
「どうしてもですか?」
「もちろん」
「……実は?」
「くどいぞ、真琴」
視線をちらりと私に移す浅香。恐ろしいほどに整った、涼しげな表情。あぁ、好きだなぁと心の底から思う。
「何故そこまで知りたがる」
好きだからに決まってるでしょうがぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!
「特に理由はありません」
軽蔑してください副会長。私は息を吐くように嘘をつくような人間になってしまいました。だから一生私を監視してくださいお願いですから。
「そうか」
暫く書面とにらめっこを続けながら、私は脳みそをフル回転させる。
誰だ?
誰なんだ私の副会長を奪おうとする野郎は。
私のほうが浅香を知ってる。私のほうが浅香の心に占める割合が大きい。私のほうが貴女のために誠心誠意生徒会活動を通じて仕えてきた。一緒にお風呂にだって入ったんだぞ。小学二年生の頃にだが。ポット出のオスなんかにどうして浅香をくれてやらなければならないんだ理解できない。それ以前にしたくない。私の目をかいくぐってどういうアプローチをかけたんだ?
「……知りたいのか?」
「は?」
「私の好きな人」
ひと段落ついたのか、浅香はクルクルと回転椅子を回し、私のほうに顔を寄せた。さっきと言っていることが違う、と言う突っ込みすらできない。ドキリと胸が痛むというか比喩抜きで心臓がはねた。三日月に歪められた真っ赤な口元が官能的に私を誘っている。ここで本能的に彼女に襲い掛かったらどれだけ満たされるだろうか? あぁキスしたいなぁと恍惚となりそうなのを全理性を結集し抑制する。
「は、はひ……!」
思わず漏れた変な声に、なんだお前、と苦笑する浅香。顔に熱が集中していくのを感じながら、けれど取り繕おうと必死に咳払いする。あぁ好き好き好き。
「じゃあ、当ててみるがいい」
「え?」
素っ頓狂な声を上げた私。
「あ、当てるとは、副会長の、好きな人、ですか?」
浅香はさらに楽しそうにクルクルと椅子を回転させる。浅香はちょっと、というか、どこか読めないところがある。ただ、何か妙なところで彼女のテンションは上がる。
「暇つぶしにはちょうどいいだろう。君が右往左往するのを観察するの、僕は好きなんだ」
「そ、そうですか! 少々お待ちください!」
本音を言えばやりたくない。どうして私が浅香の好きな人の名前を口ずさまなければならないんだ。不愉快極まりないし殺意すら芽生える鬼畜の所業だ。しかし、もし誰が好きなのかを当てればヤツを浅香から隔離することができる。冷静さを失わず大局を見れば、何とか耐えられる。
やるしかない!
シナプスが大量に分泌され、思考が冴える。できる。私ならできる。私ならあてられる! そして浅香の視界から消えるように取り計らえれる。
しかしゼロから浅香の好きな人を類推することは不可能に等しいだろう。浅香は人望があり、常に取り巻きやらリア充、陰キャにも囲まれており、そこから一から探るなどまさしく砂漠の中から一粒の塩を探す以上の苦労だ。
「……副会長」
「なんだ? もう思いついたのか?」
「いえ。さすがに手掛かりがなさすぎます。ヒント、ありませんか?」
「真琴は欲張りだな」
ペンをくるくると回す浅香の表情は、夕日に照らされ、明暗がくっきりと映えている。
「も、申し訳ありません」
「いやいや、すまない。咎めるつもりはなかったんだ。そうだな、じゃあ一つ目のヒントだ」
「はい!」
願わくは一発目で当ててやる。
「恋愛対象は男の子」
ガッデム!
「……わかっています。私も貴女に思慕の念こそ抱いておりますが、恋愛感情などないのでご安心を」
「知っているとも。君が僕に恋愛感情など、そもそもあり得ないだろうからな」
「おっしゃるとおりです」
首をくくって死ぬかここでと現実逃避しそうになる。なのに出てくる上辺だけの言葉。こういう時に表情筋が死滅しているのは有利。何度これに助けられてきたことか。
「あぁ。じゃあヒントその二。適度にリラックスするマイペースな人間」
「……はい」
うーんこれはひどい。泣き出しそうになるが、あらん限りの表情筋を駆動して無表情を保つ。というかそうしないとやってられない。切腹でもするか。私の小腸引きずり出して浅香のマフラーにしようか。
だがしかし、これは収穫だ。
怠惰な人間には心当たりはある。……が、そういう本質を持つ人間で私と浅香がかかわっている人間などごまんといる。
「ヒントその三。私の好きな人は君以外の誰かだ」
……ノーコメント。
どのみち浅香のヒントは役に立ちそうにない。
だったらそれっぽいのを片っ端から上げるしk「ちなみに回答は五回のみだ」流石朝香抜かりがない。
だが、私は知っている。
もっとも浅香が話す相手――それは。
「生徒会長の前田直之先輩……ですか?」
ありうる。前田会長は優秀だ。浅香には及ばないが顔立ちも整っているし、勉学もできる。浅香と同様、彼専用のファンクラブまである始末。しかも一時期浅香との仲を噂されていた。
この推測は恐らく無理がない。超ウルトラスーパーハイスペックな浅香に釣り合うには不十分だが。あとはどう遠ざけるかだが、正直難しい。私も彼に対して嫌いという感情は全くない。むしろ浅香と別ベクトルで尊敬しているし、これはどうすれば――。
「いや。違うぞ?」
……。
「一つ聞きたいのですが」
「なんだ? 真琴」
「嘘をついていらっしゃいませんか?」
「これは誰が何と言おうと絶対に嘘をついていないことを誓おう」
「ですが、会長頼りがいがあるじゃないですか。いつも私もお世話になっていますし――」
「確かにそうだが、私の好みの子は頭が弱くてチャラい系の人だからね。よく勘違いされるが、僕と彼の関係はどこまでも潔白だ」
「そ、それは、マニアックな……」
そんな人が好みだったのですか副会長! そんなの知りませんよ私は! ヤリ捨てされたいんですか!
「つ、つまり副会長はピーしてピーされてピーに次ぐピーをやりたいんですか!」
「君はもうちょっと良俗公序に努めたまえ。別に、まあ、そんなことしたい訳じゃなくてな。普通に好みということだよ」
「そ、それならよいのですが……」
まあ最悪私がピーしようと腹をくくる。一応兄貴のそういう漫画をパクれば何とかできる。
「それにな、僕がうまく手玉をとるためにも、そちらのほうが好都合だ」
「そうでございましたか」
時折見せる浅香のゲスさ。そんなところも大好きだ。
だがしかし、前田の線は消えたのはデカい。前田だったら正直遠ざけようにも無理だろうし、逆に私の追放が待っている可能性も否めなかったからだ。
「第一候補だったのに……」
一応残念がるそぶりを見せておこう。ここで嬉しそうにしてたらこじれるかもしれないからな。事実大前田先輩とこじれたくないし、何より私自身も敬愛しているから、敵ではなくて本当に良かった。
「告白されたことはあるがな」
「そうでしたか……はい?」
これは初耳。
「始末は?」
おのずと声のトーンが落ちてしまう。
「ダメだ」
「ムググ……」
「ダメ」
「わ、わかりました」
美人の圧力ってなんでこんな突き刺さるのか。ずっと笑顔なのに。
だがしかし、候補は絞れた。頭が弱くてチャラい……。
「副会長の性癖がおかしい……」
「性癖言うな、真琴。そういうお前はどういう人がタイプなんだ?」
「私ですか。あまり注文はありませんが、かっこよくてクールで真面目で優しくて頭がよくて誰に対しても平等で才色兼備でおっぱいが小さくてスレンダーでクールぶっていてけどために大ポカをやらかすような人が好きですね」
「注文多すぎだろ」
「あと鈍感な人ですね」
「そんな都合の良い人はうちの学校にいるものかね」
そんな副会長が、私は大好きです。浅香の大ポカの尻ぬぐいするのに生きがいすら感じますよ、私。勢いに任せて色々やってますもんねー。
はい閑話休題。
最初の候補は百二十六人。そして、先輩の好みを信じるならば、候補は一気に四十六人に絞られる。チャンスは四回。当てられなければ、浅香が好きな男をみすみす見逃すことになる。
絶対当てて〆る!
私の闘志は止まらない。
「副会長はどのようにして彼と出会ったのですか?」
「ん? あぁ、そうだな」
懐かしげに目を細める浅香。私にも向けたことがない、まるで、美しい思い出を開くかのような柔らかな表情にさらなる嫉妬を覚える。
「小学一年生のころ、私がボッチだった時に出会った」
「小学生……ということは、私とはもう面識がありましたよね」
「そうだったな」
懐かしい記憶だ。強いて言えば、最初、たった一人で要領よく物事をこなす彼女は、最初こそ近寄りがたく、ほかの連中は遠巻きにしていた覚えがある。もちろん私はそんな浅香に話しかけに行ったが、いつもつっけんどんに突き放されていた。それでもめげずに何度もアタックしているうちに、いつの間にか浅香は心を開いてくださり、今こうして長い付き合いとなっているわけだ。当時、私は皆でワイワイしたいという陽キャの塊のような人間だったのが大きかった。今では真っ黒に汚れて恋情を引きずり回しているわけだが。
……なのに、どうして、私じゃないんですか、先輩。
私のほうが、貴方のそばにいた。やっぱり性別なんだろうな……。はぁ。
「それでな、そんな時にいつも話しかけてくれた人がいてな。最初こそ相手が面倒で突き放していたが、やがて、なんというか、そんなひた向きさにやられてしまってな、うん。そこから徐々に惹かれていった。いわゆる幼馴染という奴だろうか」
改めて話すと照れくさいな、と頬を掻く浅香。もうその仕草すらカッコいい。それにしても、ここまで浅香の好きな人と私とやっていることが同じだと、どうしても勘違いしてしまいたくなる。ありえないとわかっているのだけれど。
正直浅香が好意を向ける相手だけに腸を煮えたぎらせるが、少なくともこれで候補は一気に九人に限定される。
候補は絞れた。
あとは、運だ。
浅香と親しいのは、確か――。
「木村良平。高校時代からプレイボーイと噂されていらっしゃいますよね?」
「不正解だ」
「――な、なら、柊雄一?」
「不正解」
「平坂晃! この方しかいません!」
「残念でした」
立て続けに浅香と近しい人間を挙げるが、すぐに却下される。残り一人。さらにもう一人挙げようとするが、寸前で連鎖的にミスを犯す確率があるため断念。勢いに任せてせっかくのチャンスを不意にしたら完全にオワタだ。浅香副会長の恋人殲滅計画がのっけからとん挫する。
「さぁさぁどうする? 次々とカードを使い切ってしまったわけだが。真琴」
「少し時間をください」
残り六人。
畜生、何人ヤリ〇ンいるんだよ。どいつもこいつも女の子イコール穴とか勘違いしてるんじゃないだろうな。男女差別だろ。いや、副会長だから様々な人と交流する機会があるせいだ。おかげで候補は大きく絞れたが、確信まで至れない。
「そういう君も、思いを寄せる人がいるのかな?」
「私はいません」
いつの間にか書類の記入を終えた浅香は、そうなんだ、と興味なさげに、けど口元を弓なりにしながら頷いている。絶対信じてないですよねこれ。
「もし僕にパートナーができたらどうするんだい? 真琴」
「殺します」
「ん?」
「祝福いたします」
おっと、本音が漏れてしまう。
「君のことを好きと言っていた男を二人知っている。紹介しようか?」
「必要ありません」
「君の生真面目なところや博識なところ、普段はクールに物事をこなしていながら時折見せるやわらかい表情が好きだと言っていたけど」
「遠慮します」
私って周囲からそんな感じにみられてるんだ。なんだか新鮮な気分。
「あとサディストっぽい顔つきだし」
「なんですかやめてください気色悪いです」
補足ですが私は浅香限定でマゾですよ。なんだって致しますよ。本当に、なんでも。
「付き合わないのか? 少なくとも彼らは君を大事に扱ってくれるはずだと思うが」
「遠慮します」
「頑なだね」
「副会長こそいい加減白状なさっては?」
それはさておき、残り一人。がけっぷちだ。
候補は六人。
浅香の問題提示から、すでに三十分が経過しようとしていた。
「ヒントは他にないんですか?」
長考の末、私はさらなるヒントを求めるが。
「あとは秘密」
お茶目にウインクされてしまえば、あとはもう言い出せない。
まずい。本格的にまずい。
「副会長に釣り合う人なんですか、その人は」
「釣り合う釣りわないじゃないさ。好きか好きじゃないそれだけだと僕は思うよ」
「……仮に私があなたの思い人として」
「それは絶対ないけど、それで?」
本当に課してきますね……。
「私は、副会長に釣り合うに値する人間でしょうか?」
「少なくとも僕は君の存在に色々救われてきたことは事実だ。これは何があっても本当」
うまくはぐらかされた。
「ありがとうございます」
けど、それだけでも十分嬉しい。思わず赤面してしまいそうになり、なるべく自然な動作でそっぽを向く。
「けど私だって、副会長に沢山大切なものをいただいております」
「お世辞でも嬉しいことを言ってくれるな」
「本当ですよ」
中学二年生の頃、一足早くご卒業された浅香は、私にクマのぬいぐるみをくださった。有名な、黄色い体に赤い服を身に着けた、誰でも思い浮かぶようなキャラクター。当時すでに同性にも拘らず恋情を向けていた私からすると幸せそのものだった。
保護欲をそそられる、可愛らしいなぬいぐるみだった。
「寝室にでも置いておけばいい」
ガチ泣き(家が近所なのでその気になれば会いまくりなのだが、卒業式特有の雰囲気に呑まれてしまった。恥ずかしい……)してた私の身を案じ、ショッピングモールで選びに選び抜いてくれたそうだ。人形は私の寝室において、そのたびに浅香の優しさをかみしめて幸せを感じている。時にそれの目の前で自分を慰めたりもするほど、その人形を溺愛しているわけだ。浅香に知られたら私はきっと某三島由紀夫のような割腹自殺を遂げるだろう。
「あと一人、ですか」
「あぁ」
浅香は立ち上がり、生徒会室の窓際に置かれているカップを一つ取り、珈琲ポットからドクドクと黒い液体を注ぎ込む。
「飲むか? 真琴」
「いただきます」
珈琲を煎れる浅香の小さな背中を盗み見ながら、副会長の思い人もこんな感じに暖かい珈琲を煎れてもらうのだろうかと想像する。腹立たしいことこの上ない。
しかし、今は、私だけに注いでくれている。
思わず口元が緩んでしまう自分は本当に現金な人間だ。
「私だけの、副会長」
私の押し付けなのはわかっているけれど、ずっと一緒にいたのだ、どうやっても頭にちらついてしまう。
「はい、真琴の分」
「ありがとうございます」
本当は珈琲が好きな訳ではないが、浅香が勧めてくれたものを拒むなんて考えられない。
「おいしい?」
「はい」
味を確認しないまま、そのまま一気に飲む下す。その様子を微笑ましい調子で見守る浅香。正直やり辛い。私の気のせいかもしれないが、浅香がこちらの反応をうかがって楽しんでいることが多い気がする。
「さて、じゃあ帰ろうか、真琴」
「いやちょっと待ってくださいあと一回チャンスありますよね」
「なんで君はここまで必死なのかな」
まあいい、と彼女は何故か生徒会室の扉の鍵を閉め、ついでにカーテンを閉めた。
「……いや、なぜ?」
「時間的に教員にバレたらまずいからな。一応会長に許可はとったが、念には念を、だ」
「さすが副会長」
「して、じゃあ後チャンスは一回だが、さて、君の考えは?」
「……そうですね」
浅香と様々な雑談を交わしていた間、私はずっと考えていた。
「正直、わかりません」
「どれくらい絞れているんだ?」
「六人」
「え」
驚く彼女。おっと本音が以下略。
「……お前、すごいな」
「別にすごくはないです」
「ここまで絞ってくるなんて。これ以上迂闊なことは言えないじゃないか」
しかしすぐに余裕そうな態度を一貫させようとする浅香はそのまま苦笑した。
「副会長のことなら私はたくさん知っていますよ」
「ほう。まあ、僕も僕で君のことなら何でも知っているつもりだ」
「それはどうでしょうか。案外知らないかもですよ?」
私がどれだけ貴女に恋い焦がれているか、なーんてね。
「知っているとも。君が知らないことだって、ね」
珈琲を優雅に飲み、意味深な笑みを深めた浅香は、にっこりと美しい笑顔を浮かべ。
「いいえ、知りません」
「さてと、さっさともう一人を挙げたまえ。君は恐らく当てられないだろうが」
「六分の一です。可能性はありますよね?」
思わずムキになってしまう。しかしギリギリであるのは変わりない。
さて、浅香と特に親しいといえば、赤間先輩あたりか、黒江先輩。だが実は西村かもしれない。脳内で壮絶な心理戦が繰り広げられるのを、浅香はにこにことそんな私を見つめる。
空は刻々と暗くなり、いつの間にか活発な部活動の騒音が消えていた。
静寂の中、チクタクとアナログ時計の秒針が進んでいく。
……無理だ。
絞り切れない。
詰みの一言が頭にちらつく。いやだ。ここで時間切れとか一生夜眠れない。
「副会長、ヒントを」
速攻で甘えるが、速攻で断られる。自分の判断の誤りを知る。具体的に絞れた数字を挙げるのは愚策だった。
「これ以上迂闊に喋ったら速攻でバレそうだからな」
「ムググ……」
改めて、ヒントなし。
「ヒン」
「なし」
「……ヒ」
「なしといったはずだぞ、真琴」
詰んだ。
果たしてここからどうすれば、と思案しようとしていると、何故かボーっと意識がぼやけてきた。まずい、夜更かししすぎたのだろうか。さっき珈琲を飲んだばかりだというのに。
「……眠たそうだな、真琴」
「いえ。昨日遅くまで勉強していたので、多分そのせいだと」
「送ろうか?」
「……いえ、大丈夫、です」
意識したとたんさらに睡魔が襲ってきた。
「珈琲の効き目は三十分後くらい後らしい。その時に起こしてやろう」
「お願い……します……」
くそ。せっかく浅香の相手を探って潰そうと思ったのに。瞼が重い。
……ちょっと、初めてだな、こんな眠くなるなんて。少しおかしいと自分の体調を疑うも、それほどまで頭は回らない。机に顔を埋め、ぽかぽかとした柔らかい感覚に身をゆだねる中――。
「……浅香」
「ん?」
「私……ですか?」
やばい。無理だ。眠い……。
「何がだ?」
もはや自分で自分の言っている言葉の内容が分からなくなっていく。バイノーラルを視聴しているかのように、浅香の声質が脳を溶かしていく。
「好きな……人……で……す」
混濁し、堕ちていく意識の内、クスクスと浅香の声がした。
「ごめんね。僕のヒント、全部嘘なんだ」
反応しようにも、すでに意識は飛んでいた。
「僕のヒント、全部嘘なんだ」
恋愛対象は男の子。
適度にリラックスするマイペースな人間。
君以外の誰か。
僕のヒントは、全部嘘。
つまり。
恋愛対象は女の子。
いつもせかせか働き、私にがんじがらめになる人間。
そして、思い人は、ほかならぬ、君。
君は知っていたはずだ。
僕は天邪鬼なんだよ?
そして聡明な君は、きっと僕の言葉を聞き取ったら即座に気づく。
それにしても驚いた。
最後の最後に気づくとは。まるで物語のラストのように出来すぎている。嘘だと看破したのか、はたまた堕ちる寸前の適当か。まあどちらでもいい。
「大体、僕のような偏屈な人間にかかわってくれた幼馴染なんて、君くらいしかいないだろ」
一人でよかった。他者がみんな馬鹿に見え、どうでもいい存在だった。けど、君はそんな僕にいつだってかまってくれた。人の温かさを知った。彼女の優しさを、誰かに好かれる幸福感を知った。
同性ながら僕を好いているのは知っていた。中学時代にはすでに僕の虜になっているのは知っていた。
けどね、僕のほうが早かったんだよ、君が好きになったのは、僕のほうが先だった。
真琴が欲しい。
ずっと一人だった。だけど、真琴がいてくれた。
今まで感じたことのない破壊的な独占欲。
僕は、彼女以上のヤンデレだ。
真琴に好意を寄せる汚らわしい男は、副会長権限で排除した。
眼球にカメラを仕込んだクマのぬいぐるみを送った。
幻滅されたくないから、かっこよくて、優秀で、クールな人間として振舞った。
苦しくはなかった。ただこの子の純粋な敬愛と恋情を独占できるのならば、なんだってできた。
君のことはなんだって知っているんだ。
好みのタイプ。趣向。好きなこと、嫌いなこと、表情と思考の関連性、癖に、生理周期に、体のほくろの数に、一人エッチの方法まで。
真琴の隠し撮りファイルもそろそろ五十冊目に突入する。勝手に作った合鍵で君の部屋にだって入っている。
さらに自分を磨きまくって、誰よりも優秀な女性を演じた。それこそ、ひょっとしたら誰かに取られてしまうのではないかと危機感を持たせられるほどに。
君の嫉妬を煽って、煽って、煽りまくって、真琴の頭の中を僕で満たして。
前田会長にも協力してもらった。
前田はとても優しい方だ。相変わらず性根が歪んでいる僕であるが、彼だけには今でも敬愛の念を抱いている。僕が真琴のことが好きだと話した人は彼しかいない。アイドル談義のような感じで真琴の好きな点を僕が話しまくるのを、前田はよかったねーと聞く。いつの間にか付き合っている噂すら流れるようになったのだが、それすらも僕の計算。さらに真琴は僕の存在にどっぷりと浸かっていく。ちなみに告白されたこともとっさに出た嘘だ。
「今日は記念日なんだよ、真琴」
君と僕が初めて会話して、十年目の記念日。
さすがに君は覚えていないだろうが。
君は僕を追って生徒会に入ってから、とにかく僕の気を引こうと誰よりもバリバリ生徒会活動に励んでいた。僕が居残って書類をまとめているときは必ずいるし、秘書官としての役割を全うしてくれた。聊か自分は同性だから恋愛など不毛であるという固定観念からの諦観のおかげでここまで長引く結果となってしまったけれど、もうそんなことはない。
もう逃がさない。
もう離さない。
もう我慢しない。
教員には泊まり込む許可を特例でもらっている。これで、全ての準備は整った。万が一生徒会室に入ろうにも、カーテンは閉ざされ、鍵もかけた。自慰行為の相手として僕を選んでくれたんだ、まさか心の底から拒否されることだってあるまい。
「それにしても」
僕はつい誰も見ていないのは重々承知ながらも、そっぽを向いてしまう。
いつも彼女は自分の表情の火照りを気にしているが、その気持ちがよくわかる。体中が熱い。僕らしくない。
突然の呼び捨ては、卑怯だろう。
中学時代から僕らは先輩後輩という明確な区切りがついて、長らくそう呼ばれていなかった。というか恥ずかしい。心臓が早鐘を打っている。案外僕はちょろいのかもしれないなと猛省する。
顔の火照りが引き、再び僕は真琴に向き直る。
あれだけの適当なヒントからまさか六人まで絞ってくる記憶力には驚嘆に値するが、結局は珈琲に睡眠薬を溶かしこんだことにも気づけない、かわいい真琴。一気飲みせず味わっていれば味の違和に気づけただろうし、きっと堕ちる瞬間まで僕が睡眠薬を仕掛けたなんて思ってすらいないに違いない。クールぶって大ポカやらかすのは、果たしてどちらか。
机に突っ伏し眠ってしまった真琴。眼鏡をかけ、理性的な、気難しそうな顔立ちの、大切な人。
誠実で、実直で、僕が最も信頼を置ける、最高の副官。あぁ、美しい。
いつもは鉄面皮よろしく無表情で僕に追従してくるのに、僕の挙動一つで華は容易く咲く、愛い女の子。
「さぁ、愛し合おうか、真琴」
スルスルと制服を手早く脱ぎ捨て、僕は無防備な真琴の真っ白な首筋にキスを落とした。