旅立ち-2 疾走
なんとなく覚えのある殺気だった。
ソニンにはある程度殺気の雰囲気のようなものが感じ取れる。
粘つく視線のような殺気、あっさりして乾いた殺気…人によって少しずつ違う。
ほんの一瞬だったがあの殺気は度々向けられている、いわば馴染みのあるものだった。
鋭く研ぎ澄まされ、常人なら向けられただけで失神するほどの冷たい殺気。
「…めんど」
手練の者とのバトルなんて御免被る。
数度戦ったことのある相手だけれど本当にめんどくさかった。
確実に着実に追い詰めてくるスタイルの彼と一撃必殺を信条とするソニンでは非常に相性が悪い。
もしここで戦うならお互い消耗するし、部下とともに囲まれてしまえば突破するのは面倒だ。
さっさと逃げるが勝ち、そう呟くと脱兎のごとく駆け出した。
進むか戻るか、そんなの前進一択だ。人混みに戻れば関係ない人たちまで巻き込んでしまう。
それは父さんがよしとしないから殺気の方へと走っていく。
敵がいる?そんなの関係ない。
撒いてしまえば、戦わなければ敵じゃない。
まだ怪我は完治していないがこれくらい気合でなんとかなる範囲。
ちくりと自己主張してくる痛みを無視しながら全速力で走り、唐突に進路を変えた。
この辺の路地はソニンの庭だ、組織の者すら中々知らない抜け道だって把握している。
スラム育ちのソニンが唯一誇れるといっていい知識をフル活用する。
ほのかに戸惑いと苛立ちの殺気を感じ取り密かにほくそ笑む。
このままいけばいい感じに撒けるかもしれない。
戦いは、嫌いだ。極力避けたい。
駆ける、駆ける。
地を蹴り壁を蹴り、ただひたすら遠くへ。前へ。
視界は低く、ぐんぐんと走り去っていく景色に小さな爽快感を覚える。
ときどき脇にそれて追手を翻弄し、決して姿を現さず。
闇に住む狼は全てを喰らう。
己の気配も姿も喰らってひた走る。
数度危うく撃ち抜かれるところだったが狼は意に介さない。
父を守れぬ仔など貫かれてしまえばいい、そう思いつつも身体は自然と凶弾を避け邁進する。
進め進め。
私は「生きる」。父との、友との約束なのだから。
全てを巻き込み、走れ。
いつの間にか日は暮れ、薄闇があたりを覆う頃。
ソニンは完全に追手を撒いていた。
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