第四章 第五話 慰労会
非戦闘者の移転準備が整いつつあった。
臨時村には簡易的な酒場があるが、そこの店主達も非戦闘者である為、移転が開始すれば、酒場も店じまいとなってしまう。
そんなある日の夜、ゲンジが酒場に行こうと話を切り出した。
ゲンジ「良い機会じゃから、明日の夜は皆で、酒を飲みながら語り合おうではないか。」
ハンス「良いですね。決戦の日は近いですが、直前ではその様な機会は設けられないですしね。」
ミズキ「良いですね!そうしましょう!」
守「そういえば生まれてこの方、酒を飲んだ事がないですね。」
高卒で社会人となったが、その1年目で両親を殺され、暗殺者組織に入って……酒を飲む機会がなかったのだ。
ゲンジ「ワシは米酒など嗜むが、守はビアー辺りにしといた方が良いかの。酒は良いぞぉ!」
イース「そんなに美味しいんですか?僕も飲んでみたいです!」
ミズキ「(種族的には分からないけど……)イースちゃんは……やめた方が良いかな。お酒はある程度大人にならないと、飲んじゃダメなのよ。ごめんね。」
ミズキは申し訳なさそうに、イースに言った。
イース「そうなんですね……分かりました。」
イースは少し寂しそうに、しかし仕方ないという様子で了承した。そして俺達は床に着いた。
…………その日見た夢は、悪夢だった。両親が殺された現場や、裏社会に飛び込んだ時、暗殺者組織に入った時、犯人が雷鳴だと知った時……そして翔との戦いで、自分が自分でなくなった様な瞬間………嫌な記憶が次々と鮮明に映し出されていた。
守「(……なんでまた夢に出てくるんだ……!)」
そして翌日の夜、俺達は酒場へと向かった。
木造の簡易的な建物を入ると、若干狭さを感じるが、木造のカウンターにテーブルや椅子、端の方には樽が置いてある。全体的に風情を感じる造りとなっており、店主のこだわりが感じられた。
俺達5人はテーブル席へと座った。
ゲンジ「店主が作る料理もお酒に合って、これがまた良いんじゃよ!ここの料理は美味しいぞ!」
ミズキ「いつも私の料理だと、飽きちゃいますもんね!」
ゲンジ「そうそう飽きちゃうんじゃよ!……って、冗談じゃよ……。」
ミズキ「じゃあ老師だけ、これからはご飯抜きですね!」
ゲンジ「冗談じゃよ……というか、それ誘導尋問じゃよ……許して……」
ミズキ「ふふっ。冗談ですよ!」
ゲンジは相当な困り顔で、ミズキは意地悪そうな笑顔をしていた。ゲンジの困り顔を見て、俺達も笑ってしまった。
ゲンジとハンスは米酒、ミズキは梅酒、俺はビアー、イースはカクテルの様な……よく分からない飲み物を頼んだ。ミズキが勧めた物であった為、おそらく酒の成分は入ってない物なんだろう。
そして、頼んでいた料理と飲み物が届き、乾杯する。
ゲンジ「皆の者。修行に、作戦の準備に、いつもご苦労様じゃ。今日は慰労会を兼ねて、この5人で飲みながら、食事をしながら楽しもう!
しかし、こんな様な日が来るとはのぉ……ワシ、もう嬉しくて……大勢で飲むのは久しぶりじゃのぉ。そう言えば我が親友であった、スイゲンと盃を交わしていた頃を思い出すのぉ……あの頃は…………」
ハンス「(……懐かしい名前だな……)」
ミズキ「(スイゲン師匠……国王……)……老師!長いです!イースちゃんがウトウトしちゃいますよ!」
イース「僕ですか!?僕ウトウトしてませんよ!」
ゲンジの長い挨拶をミズキが打ち切り、イースは慌てふためく。
ゲンジ「すまんすまん!守やイースには分からん話じゃったな。とりあえず今日は楽しもう!それじゃ、乾杯!!」
一同「かんぱぁい!!」
そして慰労会が始まった。初めて飲んだビアーは、かなり苦く、舌がピリッとする炭酸飲料の様な物であった。単独で飲むと美味しいとは思えなかったが、出された料理と共に味わうと、苦味とノドゴシが料理の味をより一層引き立ててくれる……そんな感覚があった。
ゲンジが話した、先の話で出てきた「スイゲン」という者は、ゲンジ達の出身国「玄龍国」の現国王であり、ゲンジの親友らしい。またミズキの刀術の師匠でもあるとの事だった。
俺は疑問に思った事を聞いた。
守「ゲンジさん、国王と親友って凄いですね……ところで、ゲンジさんとスイゲン国王は手合わせした事があるのですか?」
ゲンジ「そりゃあ、ワシの方が遥かに強いぞ!……と言いたいのじゃがな……」
ミズキ「国王候補には老師も挙がってたみたいなんです。実は国王を決める大事な武芸試合があったのですが、老師はスイゲン師匠に負けちゃったみたいなんです!」
ゲンジ「そんな率直に言わんでも……うぅ……」
ミズキ「あわわわ……申し訳ありません……」
ハンス「ただ、その試合もどちらが勝つか分からない位の……大接戦だったと伺っています。」
ゲンジ「うぅ……でも負けは負けじゃぁ……そうじゃよ……ワシはスイゲンよりも弱いんじゃぁ……」
守「正直、ゲンジさんが負けるなんて、想像が付かないですね……」
ゲンジ「……守よ!いつかオヌシは、ワシやスイゲン以上の傑物になると確信しておる!(……本当にそう思っておる。)
いずれはスイゲンを倒し、ワシの仇を取ってくれぇ!」
ハンス「………………。」
守「仇って……国王を倒すんですか?それって国家反逆罪ですよ……」
ミズキ「まだまだスイゲン師匠は強いですよ!老師よりも強いです!」
ゲンジ「おい!無礼講がすぎるぞぉ!」
口調は強めだが、ゲンジは笑いながら言う。ミズキも笑っていた。しかし、ハンスはダンマリとした様子であった。
その後もゲンジ達がハンターになってからの出来事や、思い出話に花を咲かせた。イースは目を輝かせて話を聞いていた。俺も3人の話を食い入る様に聞いていた。
ゲンジ「ハンターは危険が多いが、その分非常にやり甲斐がある仕事なんじゃよ。」
守「(ハンターかぁ……考えても良いかもしれないな。)」
ミズキ「そうですね。でも危険が一杯です!今回の奪還作戦が成功した後も、決断は慎重に行った方が良いですよ……イースちゃんは特にね。今回は成り行きで、一緒に戦う事にはなったけど、ハンターになっちゃったら、本当に……危ないからね……。悪い魔物だけじゃなくて、悪い人達も沢山いるから……。」
イース「ミズキさん……」
ゲンジ「まぁそれは奪還作戦が成功した後に、じっくり考えれば良い。して守や。少し一緒に外へ出てもらえないか?」
守「?分かりました。」
俺はゲンジと一緒に外へ出た。
少ししてから、ゲンジが口を開く。
ゲンジ「良い機会じゃ。お前が弟子入りに志願した時に聞かせてくれた話を……。守がここに来る前の話を……皆に話すのはどうじゃろうか。」
ゲンジはその様に、提案をしてきたのだった。
…… 第四章 第六話へ続く




