第三章 第二話 急報
俺とイースが無茶苦茶な修行に明け暮れている中、とある日の朝、ハンスからの急報が俺達に伝えられた。
ハンス「老師および皆さん。急報があります。ガーサル領を占領している魔物達の一部が、この臨時に建てられた村の襲撃を決行する様です。」
周りに激震が走る。
ゲンジ「……そうか。予想よりも早いな……。もう少し時期が経ってから襲撃に来るかと思っておったのじゃが……襲撃予定日は把握しておるか?」
ハンス「はい。日は明後日、時間は昼12時の刻に予定されています。」
ゲンジ「早いな……事態は急を要するな。ハンス。戦える者や防衛に協力できる者、重鎮の皆様も作戦会議場に案内して欲しい。仕方ないが戦力は多い方が良い……ポー達荒くれ者もじゃ。」
ハンス「……分かりました。」
ゲンジ「(本来ならもっと修行を積んでから実戦に臨ませたかったが……)守、イース、お前達はどうするか?ポー達もおるが……」
守「私も行きます。この時の為に修行に励んでいるのですから。イース、お前は無理しなくて良いんだぞ。」
イース「……僕も行きます。ポーさん達は怖いけど……一緒に戦う仲間になるでしょうから……」
ミズキ「私も行きます。あいつらがイースちゃんに何かしてこようとした時点で、斬り伏せます。」
ミズキは今までに見た事がない様な、殺気溢れる顔をしていた。
ゲンジ「穏便にすませるのじゃぞ。不本意であるかもしれんが、共に防衛する者達じゃからの。内部分裂は避けたい。良いな?」
ミズキ「それは向こうが何もして来なかったら……です。向こうの出方次第では、いくら老師のお言葉でも守りかねます。危険と判断すれば、先程言った様に容赦なく斬り伏せます。」
守・イース「(怖い……)」
ハンス「(……うーん。ミズキの悪い癖か……)」
ゲンジ「その時はワシがお前を止める。今守るべき物を見失うな。荒くれ者でなく、襲撃に来た魔物にその殺気を向けろ?良いな?」
ゲンジも更なる圧をミズキにかけた。しかしミズキは引かない。お互いの気迫がぶつかり合い、凍りつく雰囲気となった。
守・イース「(お互い怖い……)」
ハンス「(ミズキには冷静になって貰った後で、お説教だな……)ミズキ。ポー達がいても老師や俺がいる。守さんやイース君も強くなっている。俺達なら手加減していても、ポー達に遅れは絶対に取らないさ。
もしその時には老師も、宜しく御願い致します。」
ゲンジ「(ワシとした事が、対応を間違えたか……反省じゃ。)うむ。了解した。」
ミズキ「ハンスさん……分かりました。」
そんなやり取りがあった後、俺たちは作戦会議場に赴いた。会議場には元領主や側近、兵士やハンター、荒くれ者など色々な者達の顔ぶれがあった。ポーや取巻き達もそこに居合わせており、俺達を睨む様な視線を送っている。
ミズキや俺は睨み返す視線を送り返し、辺りは一触触発の雰囲気となった。
ゲンジ「(はぁ……ミズキだけでなく守もか……これまでの事を考えると仕方ないとはいえ……後で説教じゃな……)」
そこにハンスが中央の段座に立ち、話を切り出した。
ハンス「皆様、集まって頂き感謝致します。私はゲンジ殿と共にガーサル領に潜入して、魔物の動向を調査していました。ガーサル領は徐々に魔物の根城と化しています。」
続けてハンスは本題を切り出した。
ハンス「昨日の調査中、本日から2日後の明後日……昼12時の刻、魔物の一部が、この臨時村を襲撃する情報を手にしました。魔物達の侵攻ルートも把握しています。そちらを元に私の方で作戦も練りましたので、お伝えさせて頂きます。不明点や改善点等がありましたら、仰って下さい。」
周りに激震が走り、どよめきが各所に起こっていたが、ハンスの冷静で落ち着きのある口調での進行もあり、徐々に落ち着きを取り戻していた。
ガーサル領から、この臨時村まではおよそ10km程ある。その道中魔物の侵攻ルートの中に、山道の狭い洞窟があった。臨時村から約3kmの地点だ。
広い範囲での襲撃からは、数が少ないこちらとしては隊列が乱れやすく、圧倒的に不利となる。早めにこちらが出発して、山道の狭い洞窟内で魔物を待ち伏せし、それらを叩くという物だった。
ハンス「こちらは前衛班と、後衛班・補助班に分けて隊列を組みます。総指揮官はゲンジ殿に御願いをします。
仮に洞窟内以外のルートを使われた対処法として、当日私と一部のハンターは所定の位置に待機しながら、魔物が村に奇襲をかけてこないか常時観察します。奇襲をかけてくる危険性があった場合、直ちに報せる様に対応します。」
ハンスは話を続けた。
ハンス「今回はあくまでも防衛戦です。魔物の軍勢を率いる指揮官はシシオウという獅子型の魔物と、ドグマという熊型の魔物の二体です。この二体を排除ないしは重傷を負わせる事が出来れば、魔物の軍勢は撤退し、我々の勝利となるでしょう。」
その後、指揮官の魔物や他に出撃を予定している魔物達の特性、そして前衛班と後衛班・補助班のメンバーが伝えられ、それぞれの役割や動き方、全体の動き等の作戦が伝えられた。
その後、質疑応答・改善点提案の時間となったが、改善点の提案はなく、各々の質問にハンスは冷静沈着に答えていった。
俺はハンスの対応に舌を巻いた。一流のハンターはこんなにも様々な場面に対応できる物なのかと。潜入・情報入手、作戦立案・提示、作戦参加者との情報共有・対処等……
単純に憧れてしまった。こんな人になりたいと。その憧れは、昔親友の翔に抱いた物と同じ様な感覚であった。
ミズキ「やっぱりハンスさんは凄いです。先程の私が取り乱した時の場の落ち着かせ方、今の会議進行や対処も色々含めて……本当に私にない物ばかり……」
守・イース「ミズキさん……」
前衛班の中にはミズキやポー達、後衛班の中にはゲンジと俺とイースが入る事になった。ゲンジが前衛ではなく後衛でいるのは、卓越した守備力を誇る事や、全体の統括を行う為、前衛や補助班にも目を配り、指示を利かせられるという理由があるからだ。
後衛班は前衛のサポート、更に前衛が仕留め損なった魔物を叩く、補助班を守る役割も担っている。
ハンス「他に質問がない様でしたら、今日と明日は休息や準備に使って頂き、当日朝8時に再度作戦の確認を致します。また、改善案等ありましたら、この場所に私あるいはゲンジ殿が滞在している為、お話頂ければと思います。本日はお疲れ様でした。」
会議は終了となった。ポー達は俺達の事を睨みつけていたが、足早に帰って行った。
ハンスとゲンジは、会議場で待機する事になった。念の為、ガーサル領の監視は同じくハンターであるスコット、ケニーという者が行う事となった。
ハンス「……ミズキ。今は落ち着いたか?」
ミズキ「はい……。」
ハンス「俺が言いたい事は……分かっているか?」
ミズキ「冷静さを欠いていました……あろうことか老師に大変失礼な事を……」
ハンス「流石だ。ミズキ。謝るべき相手は分かっているな?」
ミズキ「はい。……老師。この度の無礼な態度、大変申し訳ありませんでした。どんな処罰も受け入れます。」
ゲンジ「ワシも更に圧をかけてしまうという……間違った事をしてしまった。申し訳なかった。ワシは処罰なんて出来る程の身分じゃないぞ。かしこまらんで良い。
イースを思っての感情じゃったんだろう。じゃが、ワシらには力がある。その力を向けるべき相手は考えないといけないの。」
ミズキ「……反省致します。この力、正しく使わせて頂きます。」
ゲンジ「して、守や。」
守「?はい。」
いきなり、ゲンジは俺の胸ぐらを掴み、大声で叫んだ。
ゲンジ「……なんで、オヌシまで睨み返してんのじゃぁ!!危うく内部抗争が起こるとこじゃったろうがぁ!!ハンスが取りまとめたから良いものの……オヌシは8時間ぶっ続けの全力千万叩き地獄の刑じゃぁぁ!!!」
守「えぇーーっ!?(俺だけ扱いが酷くないか!?)」
ハンス・ミズキ・イース「(あれ?守さんだけ扱いが酷い……!?)」
ゲンジは叫んだ後、ゆっくりと掴んだ手を離し、
ゲンジ「……とワシの心が言っておる。全力千万叩き地獄の刑は冗談じゃ。」
一同「(誰かのマネ……?冗談には聞こえなかった……)」
ゲンジ「じゃが守よ。使うべき力は考えないといけんな。今大事なのは、ここにいる人達を守る事……じゃな。」
守「はい。申し訳ありません。感情的になってしまいました。私も力を……正しく使う様に心掛けます。」
ゲンジ「うむ。その心をいつまでも忘れんで欲しい。
ワシやハンスは会議場に残らんといけん。当日まではミズキ。オヌシが守とイースの訓練を見てやってくれ。基本的な体術や組手を行い、少しでも実戦に対応出来る様にするんじゃ。本来ワシが行わなければならない事を御願いする故、大変申し訳ないのじゃが、頼めるかの?」
ミズキ「はい!分かりました!守さん、イースちゃん!頑張りましょうね!」
ゲンジ「ミズキは修行用の無刃刀を使って良いぞ。2人を存分に追い込んでやってくれ。実戦さながらにな。」
ミズキ「はい!分かりました!ふふ……沢山シゴいてあげますね!!」
守・イース「……!!(なんだろ、悪寒が……)」
……こうして、防衛戦前の最後の追い込みが始まった。
…… 第三章 第三話へ続く




