ごちそうさま!
「ふふ」
ベッドに眠る和真の頬を軽く指で撫で上げる。
艶のある頬、無垢な笑み、こんなに可愛いのにさっきまで私を...
「ありがとう旦那様...」
寝息をつく和真に口づけをする。
起きないよね?
「さてと」
和真を起こさない様、ベッドを抜け出し、ガウンを羽織る。
本当は朝まで重なり会いたいが、これから大切な用事を済ませなくてはいけない。
「ふむ」
時刻は深夜3時、薄暗いリビングでノートパソコンを立ち上げ、メールフォルダーから1通のメールを開封する。
相手の名前は川井真奈美。
和真の元カノ、西島紗央莉の元親友だった女。
[いつでもメール下さい]
そう書かれていた川井さんのメールに返信する。
[ありがとう、川井さん]
[どういたしまして!]
ラブホテルの一件が首尾良く行ったお礼のメールを返すと、直ぐ様返信が返って来た。
川井さんはずっとパソコンの前で待機しているのが分かった。
[さっきまで紗央莉が居ました]
「へえ...」
予想はしていたが、和真のアパートに行った後、直ぐ川井さんの家に行ってたのか。
[で?]
[散々逆恨みしてました。
バカですね、誰が悪いか全く分かってないんですから。
で、酒を飲ませたら飛び出して、どっか行っちゃいました]
「なるほど、全く懲りて無いのか」
[真正のバカね]
[...そんなバカの正体に気づかなかった私もバカです]
「分かってるわね」
和真が紗央莉と別れた話を聞いた私は、必ず元サヤを狙って来るのを予想していた。
だから、和真と元カノの知り合いである川井真奈美と接触した。
もちろん、和真や紗央莉には内緒だ。
警戒していた川井さんは和真のされた事を話しても最初は信用しなかった。
外面の良い紗央莉に騙されていたのだ。
だから私は紗央莉を調べ上げた。
少し金が掛かってしまったが、そんな物は全く痛くない、それより悪者に仕立て上げられている和真に心が傷んだ。
結果、分かったのは紗央莉のとんでもない酒癖の悪さ。
酔えば、誰彼構わず始まるボディタッチ。
更にキス魔、それも唇。
さすがに川井さんは止めていたが、された男達全てが理性のある人ばかりじゃない。
酒場を抜け出し、何人かの男と紗央莉は肉体関係を結んでいた。
その中に川井さんの彼氏もいた訳だが...
[さっき彼氏にお別れのメールを送りました。
写真も添えて]
[そう]
興信所で撮って貰った証拠の写真、川井さんにプレゼントしたのを、やっと使えたんだね。
[誤解だって、酒の過ちだって...ふざけるなです]
[全くよ]
酒で失敗する人は沢山いる。
それなら量をセーブするか、注意すれば良いのだ。
友人の彼氏を誘うなんか論外だ。
それに乗る方も乗る方だが。
[で、ラブホテルの男は?]
[大丈夫です、バーで初めて会った男ですから。
綺麗に撮れてたでしょ?]
[ええ、バッチリだったわ]
紗央莉をバーに誘い出し、酔わせて行きずりの男と二人っきりにさせたのは川井さん。
和真がラブホテルの前で紗央莉と出くわしたのは偶然じゃない、そう仕向けたのだ。
更に写真も川井さんが望遠レンズで撮影し、私に送信してくれた。
[これで私も先に進めます]
[そうね、頑張って]
[ありがとうございました、アドレス消去しますね]
[ええ、お願い]
メールを閉じ、川井さんのアドレスを消去する。
携帯も消去、これで川井さんとの繋がりは消えた。
「イタタ」
背伸びをすると下半身に走る鈍い痛み。
ふと下着を見ると、また血が滲んでいた。
「ハハッ」
変な笑い声が出る。
そう、私は遂に和真と結ばれたのだ!
キスとロストバージン、同時にしてしまった!!
たっぷりのニンニクが効いたのか、2人共凄い口臭だったろう。
朝までに消えるか少し心配だ。
「おー派手にやってくれたわね」
パソコンを再び開き、録画されていた和真のアパートで扉を蹴りあげる紗央莉の画像を再生する。
ドアがへこみ、大きな傷が2つも出来ていた。
「被害届は...もちろん出すわよ」
顔の画像も完璧だ、証拠として申し分ない。
大した罪に問えないだろうが、和真へ接近停止の抑止力にはなるだろう。
「...ん」
小さな声が聞こえ、パソコンの電源を落とす。
時刻は朝の7時を回っていた。
「起きた?」
ガウンを脱ぎ捨て、再び和真の隣に身体を滑り込ませる。
寝ぼけ眼の和真に笑顔を向けた。
「あ...その」
「何?」
「すみませんでした!!」
和真がベッドから飛び起き土下座をする。
違う、朝のピロートークを期待してたのに。
「どうして謝るの?」
「いや、あれは」
「ちゃんと同意の上でしょ?」
「そうだけど」
昨日、なかなか手を出さない和真に私は自分の気持ちをぶつけた。
一目惚れだった事、彼女が居て悲しかった事、別れたと聞いて嬉しかった事。
そこに打算や、計算は無かった。
それで、分かったのは私が必死でして来たアピールは殆ど和真に通じて無かった事実だった。
伊達眼鏡も、髪を解く仕草も、さり気無いと思っていた会話も...
余りの恥ずかしさに思わず泣いてしまった。
拗らせ過ぎた初恋は、私を完全にイタイ女にしていたのだ。
『泣かないで...』
『...ごめんなさい』
情けなくって、恥ずかしくて泣きじゃくる私を和真は...
『今の山井さんの方が素敵ですよ。
だから...』
『和真...』
ああっ!思い出しただけで!!
「...あの」
いけない!思わず昨日の事を!!
「だ...大丈夫、責任取ってなんか...い、言わないから」
本当は取って欲しいけど...
「そんな事、言わないでくれ。
そんな事したらアイツと一緒になる。
俺はあんなクズじゃない」
なんて凛々しいの!
さっきとのギャップが堪らない!
「そ...そう」
駄目だ、和真の顔が見られない。
「だから...山井さん、これから宜しくお願いします」
山井さん?
「違う」
「違うの?」
「ち...ちゃんと名前で呼んで」
だって私はいつも心の中で和真って呼んで来たし。
「郁衣...さん」
「郁衣だよ、さんは要らない」
「郁衣」
やった!
「ありがとう旦那様!!」
「だ...旦那」
なんで和真は固まってるの?私変な事言ったかな?
「いや...なんか、ちょっと」
「違うの?」
あれれ?
「いや違うって、その...まだ、両親にも承諾を」
そんな事か!!
「心配しないで」
「え?」
「もう話してるから」
恋人だ、見合いしろだのうるさかったからね。
両親に和真の事を既に話したのだ。
私の運命の人、この人以外は結婚しないと。
「へ?」
口を開けたまま...もう和真って可愛いい!
「さあ、今日は忙しくなるわよ」
ベッドから立ち上がり、急いでクローゼットの前に立つ。
やっと着せてあげる日が来た!!
「いや...今日は休み」
「お父さん達が待ってるの」
駄目だったら残念会の予定だったが、言わないでおこう。
「あ、いや心の準備が、それにちゃんとしたスーツの着替えも」
「ちゃんと用意してるから!!」
クローゼットから和真のスーツ一式を取り出す。
これもサイズはバッチリだよ!
「えー!?」
もう和真ったら、そんな歓喜の雄叫び上げて!
「大好きだよ!」
和真の頬に口づけた。
やっぱり、ざまあなエピローグ!