7.国王帰還
「そういうわけで、見事クライン男爵夫妻の謎は解けたのだ。妾の活躍のおかげでな!」
「……で、その謎の内容についてはお話できない、と」
満足そうに語るアリーに対して、ルカとカイは呆れたような表情となった。
ここはアリーの部屋の隣にある部屋だった。普段、誰かと対面するときには自室ではなくこの部屋を使うことが多い。
「うむ! エミリアと約束したのだ。決して他に漏らすことがないように、と」
「それでは謎が解けとは言えません」
「いいではないか、ルカ。なによりアリー様が満足されているのだ。そもそも夫妻がなぜ結婚したかなんて、大して知りたい謎ではなかった」
カイはつまらなそうに言い、その裏に隠れている秘密を知らないからそんなことを言えるのだ、と言いたくなったが、ではどんな秘密が、と言われも話すことができないのでやめた。
(これは妾とエミリアだけの秘密なのじゃ)
ふたりだけの秘密を共有したことで、アリーは満足だった。ミス研発足後初めてのミステリーとしてはこの上ないことだった。
「ところで、新たな謎はないのか? ミカエルが帰ってくるまであと三日はあるだろう? その間に夢中になれる謎が……」
「ここはやはり、なぜ陛下がアリー様と結婚したかという謎に挑むことに……」
「そんなの決まっておる! ミカエルが妾に惚れているからじゃ!」
「あー、そうなんですか、ねー」
ルカはとても投げやりに言う。
「ああ、そういえば……」
カイが口を開きかけたとき、急に部屋のドアが開かれ、見るとそこにはずいぶん慌てた様子のミアが、息を切らせながら立っていた。
「たたたた、大変です、アリー様……! その、たたたた、大変です!」
「大変なのは分かった。なにがあったのじゃ?」
「その、ミカエル様が……ミカエル様が……」
過呼吸気味に話すミアを押しのけるように、とある人物が部屋に入ってきた。
それは他でもないミカエルだった。
金色の髪に紺碧の瞳。フォトナ王国の太陽、と呼ばれるミカエル国王陛下その人だった。
「ミカエル! 帰るのは三日後ではなかったのか?」
歓声を上げるアリーのことを見ようとせず、ミアと同じように息を切らせ、足下も覚束ないミカエルは這々の体で部屋の中央まで歩き、テーブルの上になにやら箱を置いた。
「……? なんじゃ、これは?」
「君が……言ったんじゃないか……」
そして息も絶え絶えになりながら、やっと、という様子で言葉を紡ぐ。
「レモンパイが食べたかったのだろう? 昼夜を問わず馬を飛ばして……」
そう言ってミカエルはぱたりと床に倒れ込んだ。
「ミカエル様……!」
「ミカエル陛下、しっかりなさってください」
ミカエルの身を案じて、部屋になだれ込んでくる侍従たちをよそに、アリーはミカエルが持ってきた箱を開いた。
そこにはアリーが想像していたとおりの、レモン色のクリームがのったパイが入っていた。
アリーはそれを見て、ぱぁぁぁっと顔を輝かせた。
「これはレモンパイではないか! まさかこれを持ち帰るために、無理をして帰って来たのか?」
ミカエルは未だ床に倒れ込んだままで、優しげな笑顔でゆっくりと頷いた。
「ああ。運よく行った先で氷を手に入れられたのでね。新鮮なままで運ぶことができた。ああ、クリームとパイは別々に運んできて、城に着いてから急いで料理長にトッピングしてもらった。それから急いでこちらまで来て……」
「そうか! さすがは我が夫のミカエルじゃ!」
「君が嬉しそうでよかった。さあ、早くいただきなさい」
「もちろんじゃ! ミア、早く紅茶の用意をするのじゃ!」
そして満足げな表情で、アリーはルイとカイを振り返った。
(どうじゃ! やはりミカエルは妾にぞっこんではないか! この結婚に不思議なことなどなにもない)
ほくそ笑むアリーの気持ちがふたりに通じたのか、ふたりはすっかり観念したという表情で、白いハンカチを振った。
「ああ、相変わらずとても元気そうで安心したよ」
ミカエルは侍従たちに支えられながら、ゆっくりと身体を起こし、またアリーに向かって微笑んだ。