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6.エミリアの秘密

 お前の秘密をバラされたくなかったら部室に来るがいい。

 その招きに応じて、エミリアは部室の様子をこわごわと見つめつつ、アリーの向かいの椅子に座った。


 ルイとカイには別室で待つように申しつけていて、部屋にはアリーとエミリアしかいなかった。


「それで……お話というのは? 城内に夫を待たせておりますので、あまり長居はできません」


 お茶会が終わったばかりで、帰り際に急にその主催に呼び出されて、もしかしてなにか不興でも買ったのかと考えているのだろうか。エミリアはこわごわとアリーを見つめている。


「呼び出したのは他でもない。お主の結婚のことじゃ」

「私の……結婚。ああ、アリー様は他の方と同じように私がなぜあんな取り柄もないような夫と結婚したのか不思議に思われているのですか?」


 エミリアはうんざりとため息を吐き出した。


「恐れ多くも、できればそっとしていただけると。私たち夫婦の問題ですので。あれこれと勘ぐられるのですが、皆さんが心配されるようなことはなにもないのです」

「特に心配はしていない」


 アリーは机越しにエミリアに迫った。


「妾はただ謎を解きたいだけじゃ。なぜ、お主が周囲の反対を押し切ってまでクライン男爵の元へと嫁いだか」

「それは……そうですね」


 エミリアは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。


「ヨーゼフにはかつて命を救われたことがあるのです」

「ああ、皆にはそう説明しているようじゃな。皆は信じていないようだが、そのような出来事はなかった、と。しかも、お主に詳細を尋ねても言葉を濁されるだけでなにも語らないから」


「ええ……そうですね」

「じゃが、妾はそれを信じる」


「え?」

「前世での出来事だからじゃろう? だから誰にもきちんと説明できない」


 ふたりの間につかの間の沈黙が落ち、それからエミリアがごくりと喉を鳴らした。


「前世……」

「そうじゃ」

「ええ……そうですね」


 エミリアは深々とため息を吐き出した。


「おかしいと思ったのです。部室に来い、だなんて。懐かしい響き……しかも、そこにミス研があるとあの双子が」

「おお! ではやはり!」


「もしかして、アリー様もそうなのですか? つまり、前世の記憶がある。しかも二十一世紀の日本の?」


「奇遇じゃのぅ! 妾はそこでは城谷綾という名であった」

「私は片瀬春香という名でした。十七年こちらで暮らしていますが、まさか私と同じような状況の方がいるとは、思ってもいませんでしたわ」


 エミリアは目の端に涙を滲ませた。

 そうなのだ。アリーはエミリアには前世の記憶があるのではと踏んだ。

 それでわざと部室、という言葉を使ってここに呼び出した。部室はこちらの人間には耳なじみのない言葉だが、二十一世紀の日本で学校に通ったことがあるならば、誰でも知っている言葉だ。


 お茶会で『婚活』という言葉を使ったのが気になったのだ。無意識につい口から出てしまったのだろう。アリーもかつてそう口に出したことがあり、また変な言葉を使って、と言われたことがあった。

 アリーもエミリアも、もちろんフォトナ王国の言葉を話しているのだが、『婚活』はこのフォトナ王国にはない言葉で、しかし他の言葉に置き換えるのは難しい言葉である。エミリアは普段は気をつけているようだが、王妃の御前ということもあり、緊張してついつい口から出てしまったのかもしれない。


「我が夫は……どうやら記憶はないようで」

「しかし、片瀬春香のときに命を救ってもらった、と……」


「そうなのです。しかも、そのときに私の代わりに事故にあって、そのまま死んでしまって。三十歳の無職の男性で、ご遺族の方に、まだ若いのに結婚もできず子供もできずに死んでしまった、無念だと言われて。それがずっと心に残っていました。私はそれから十年生きました……その方のおかげです。ですから」


 前世で助けてもらった男性と再会し、向こうはこちらのことを覚えていなかったが、彼の幸せはずっと願っていた。しかしどう見ても今世でも結婚できそうもない、求婚しては断られ続けている。これは、前世の恩に報いるためにも自分が結婚してあげなくてはいけないと感じたそうだ。


「しかし、そのために結婚を……」

「これは私に課せられた使命だと思うのです。そのためにこの世界に転生してきた、と感じるのです」


「なるほど」


 これでは誰にも事情を話せなくて当然である。そもそも、前世、などという言葉を誰が信じるか。同じように生まれ変わったアリーだからこそ、理解できる話であった。


「それにしても……苦労してきたのぅ、お互いに。こんな右も左も分からない世界に転生してきて」


 アリーは机越しにエミリアの手を握った。


「ええ、分かってくださいますか?」


 エミリアの目には涙が滲んだ。かなりの苦労を強いられてきたことが窺える。


「この世界に来たばかりのときは、そのあまりの違いに戸惑い、不便さに絶望したものじゃ……」


 アリーは瞳を虚空へと飛ばした。エミリアは大きく頷く。


「ええ、ええ! ええ、寒くて凍えそうな夜にはヒートテックが恋しくなります!」

「ああ! それにこたつのぬくもりを味わえないのは惜しいことじゃのぅ」


「水が不味くて! 南アルプスの天然水が飲みたいと願っても虚しく……」

「妾はクリスタルカイザー派じゃ」


「ときどき、マックの照り焼きバーガーが食べたくて仕方がないことが!」

「妾はケンタが食べたくて仕方がないことがある! あの十一種類の秘伝のスパイスのレシピが手に入るなら、宝石のひとつやふたつ手放しても、と思ったことがある!」


 そうして一通り、この世界で暮らす不便について熱く語り合った。まさかこんな語らいができるとは予想外のことで、アリーはとても嬉しく思った。


「それでも、どんな不自由があっても私はこちらの世界に居たいのです! 向こうにはもう決して戻りたくない! 思い出される社畜の日々……。最低賃金でこき使われる自分に嫌気が差し……受け取れるか分からない年金を払って手取りは僅か。ストレスが溜まって自棄になって使ったクレジットカードの請求に愕然とし、実家から送ってもらった米とふりかけだけで過ごす日々が何日続いたか」


 前世の男性のおかげでその後十年生きられたようだが、その人生はあまり恵まれたものではなかったようだ。


「妾たち、仲良くなれそうだな!」

「ええ、もちろんです!」


 アリーとエミリアは堅い握手を交わした。

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