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5.謎は解けた?

「骨折れ損のくたびれ儲けとはこのことじゃ! もうお茶会などしばらくは開かんからな!」


 アリー主催のお茶会は無事に終わり、部屋に戻るなりアリーはそうぼやいた。そしてお気に入りの暖炉近くの椅子に腰掛けると、すぐに侍女がやってきてアリーの靴を脱がせて、ぬるま湯で足を洗ってくれた。別の侍女が靴を片付け、また別の侍女は窓を開けて、心地よい風を部屋に入れてくれた。


「まさか、クライン夫妻と話すためにお茶会を開催するとは思いませんでした」


 アリーの髪を梳かそうと、ミアがやって来てアリーの後ろに立った。


「ああ、目論見は失敗じゃ。ほとんど話を聞くことはできんかった」

「ええ……あれほど盛大なお茶会では、特にアリー様が主催では、特定の方だけとお話をするのは難しかったでしょう」


 ミアは苦笑いを浮かべながらアリーの髪を梳いていく。別の侍女がなにか食べられますか、と聞いてきたので、当然じゃ、と答えて、クッキーの箱を持ってきてもらった。


「しかし、まあ、ミアが言っていた気持ちは分かった。どうしてエミリアはクライン男爵となんて結婚したのじゃろうな? エミリアが彼に惚れているようにはまるで見えない」


 アリーはクッキーを頬張りながら言う。

 あのあともふたりのことには注目していたが、もう離婚寸前のようにしか見えない。しかしエミリアの方には離婚する気はないのだと、マルタ夫人が教えてくれた。夫婦間の問題に口を挟むのは、と指導役らしく前置きしてから、あのふたりを不思議に思うのは分かります、とアリーに理解を示してくれた。周囲もエミリアに離婚を勧めているのだが、彼女は決してそれを受け入れないらしい。


「エミリアはクライン男爵に脅されているとか、弱みがあるとか、なにか裏がある気がするのぅ」

「そうですよね! アリー様にも分かっていただけてよかったです。本当に不思議な夫婦なのですよ」


 ミアは絡まった髪を丁寧にときながら言う。


「しかしながら、クライン男爵に脅されていたとしたらエミリア様のお父様が黙っていないと思うのです」

「父にも言えないような秘密を握られているだとか?」


 アリーが言うと、ミアは頷いた。


「そうしますと、あまり追及するのはよくないのでしょうか。エミリア様は彼には恩義があるのです、と言っていたそうです。命を救ってもらったことがあるだとか」

「命を?」


 アリーはばっとミアを振り返った。


「ならばなにも不思議はないじゃろう。それほどのことがあれば恩義を感じて、まるで嫁の来手がないクライン男爵と結婚してやろうという気にもなるじゃろう」

「そうなのですが……それは嘘だと思うのです」


「嘘、じゃと?」

「ええ。あまりにも周囲がしつこく、クライン男爵のどこがいいのか、と聞くものだから苦しまぎれに言っただけだと」


 ミアの話では、エミリアは裕福な侯爵家に生まれて、蝶よ花よと育てられ、彼女の周囲には常に侍女たちや侍従たちがいたそうだ。それはアリーにも分かる。貴族の子女とはそんなふうに四六時中見張られて大変だと思った。それでもアリーは周囲の目を盗んでたびたび抜け出していたが、あの大人しそうなエミリアはそんなことはしそうになかった。


 そんな中で、エミリアがクライン男爵に助けられたような出来事はなかったのだという。


「それは……一体なんなのじゃ?」


 アリーは腕を組み、うぅんと唸った。


「ですから、不思議なのです。この城の七不思議なのです。もしかして……謎は謎のままの方がいいのかもしれませんね」


 ミアはそう言って微笑む。

 しかし、そんな終わり方ではアリーは面白くない。


(ミステリー研究会ではなく、ホラー研究会にするか?)


 いやいや、それはまだ早いとアリーは思うのだ。

 最初、エミリアはクライン男爵に心底惚れていて、それが誰にも理解されないだけだと思っていた。だが、彼女の様子を見てそうではないと思えた。結婚後に幻想が崩れたのか? 一体彼にどんな幻想を抱いたのかはよく分からない。


 あれこれ考えていくと、ふと、気になるところがあった。そこから糸をたぐり、情報を集めていく。

 アリーはクッキーの箱に手を伸ばし、そこからクッキーを掴んで口に入れる、クッキーを掴んで口に入れる、を繰り返した。考えをまとめるには甘みが必要である。


 周囲の侍女がたちがドン引きしているのが分かるが、かまってはいられない。変わった王妃であると自他共に認めているので、またそのように捕らえてくれるだろう、変わり者の称号は便利なものだ、と考えが脱線しそうになり、またエミリアのことに集中した。


 クッキーを食べる、女性にとって、特にこの時代は結婚は一大事だ、人生を決めると言っても過言ではない。そんな中でどうしてあんな男と。


 クッキーを食べる、嫌っていながらも離れられないなにかがあるのか。脅されている? 恩義がある? 皆はそれに納得できないと言う。


 クッキーを食べる、エミリアはクライン男爵に命を救われたと言った。それを周囲は苦し紛れの嘘だというが、本当に?


 そして誰にも理解されない、ところが引っかかった。それから、お茶会でのエミリアのあの言葉……。


「謎は解けたぁぁぁ!」


 アリーは口の周りにクッキーのかすをいっぱいつけながら、そう叫んで椅子から立ち上がった。

 なにごとか、と周囲の侍女はびくりと肩を震わせ、そして次の間からは何事かと侍従と警備兵がやって来た。


「ああ、なるほどのぅ。それならば誰にも話せないことも納得じゃ!」


 アリーは腕を組みながら、ひとりで納得して大きく何度も頷く。

 そして、アリーの声に驚いて部屋に入って来た者たちの間にルイとカイを見つけると、ふたりに向かってびしっと人差し指を向けた。


「ルイ、カイ、今すぐにエミリアを部室に呼び出すのだ! 理由はなんとでもつければいい! そうじゃな、お前の秘密をバラされたくなかったら部室に来いと伝えるがいい!」


「今、理由はなんとでもつければいいと言ったじゃないですか」


 ルイは不服そうに言い、カイも同意するように頷いた。


「そうですよ。せっかくアリー様がご乱心で、トマトを掴んでは食べ、掴んでは食べしているから、なだめるためには君のような乙女の祈りが必要だという理由をつけようと思っていたのに」


「すべこべ言うな、必ず『お前の秘密をバラされたくなかったら部室に来い』と伝えるのじゃぞ!」


 アリーが命じると、ふたりは渋々ながら部屋から出て行った。

 アリーはこれから真実を解き明かせるという喜びに身震いして、今すぐにでも飛び出したい気持ちだったがそこは侍女たちに止められた。

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