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3.ミス研の初仕事

「はあ? クライン男爵夫妻がどうして結婚したかがミステリーですって? それを言うならば一番のミステリーは国王陛下があなたを妻としたことではないですか?」


 ルイがアリーの話を聞き終わってから、あっさりと言い切った。


「そんなことはないぞ、ルイ」


 それを諫めるように、ルイの隣に立って話を聞いていたカイが口を開く。


「第三王妃だから恐らくはお笑い枠だ。第一王妃は美しく華やかな方、第二王妃は聡明な方だから」

「そ、そうであったか、お笑い枠……。こうなったらを年の暮れの晩餐会でとっておきの一発芸を披露せねばならぬな」


 アリーは腕を組んで、うむむと眉根を寄せた。


「冗談を真面目に取らないでください、アリー様」


 ふたりとも真面目な顔つきでしてしれっと言う。せっかく乗ってあげたのに冷たい態度である。


 ここは地下牢の見張り部屋、もとい、ミス研の部室である。

 昨日カイが手配してくれたので、暖炉は整備されて火が入っていた。ボロボロだった机も椅子もどっしりとした樫のものに変えられていた。

 それを見たアリーが、ミス研らしくない、パイプ椅子はないのかとの発言し、使用人たちを一部混乱させつつも、それらしい古さの長机と椅子を運び込んでもらった。


 そして三人で長机を取り囲むように座っている。暖炉を背にしてアリー、その向かいにルイとカイが隣り合わせになっている。


「話を元に戻すぞ。そうだなあ、妾も少し不思議に思っておったのじゃ。クライン男爵夫妻は、その、釣り合いが取れていないように思えて」

「確かにあのふたりが結婚すると聞いたときには社交界がざわついたな。なぜクライン男爵を選んだのか、と」


 ルイの言葉に、カイは大きく頷く。


「あの美しく聡明なエミリア様が、顔立ちが平凡で太って病気持ちの男となぜ結婚するのか。エミリア様の気を変えさせようという会が立ち上がったという話も聞きました」


 ミアはクライン男爵のことをブ男と言っていた。それに対してカイの言い様が優しいのはきっと彼が思慮深いからだろう。


「病気持ちという話は初めて聞いたが」

「水虫と痔を少々」

「なるほどのう」


「クライン男爵は、容姿に恵まれない上にそんなふうだったので、なかなか嫁の来手がなく。しつこくあちこちの女性に言い寄っていたのですが、体よく断られ続けていたのです。おそらく一生独身だろう、と誰もが思っていたのに、急転直下でエミリア様と結婚する運びになりましてね」


 この世界では結婚するのはごく普通のことで、爵位を持っている者ならば跡継ぎを設けることが一番の仕事と言われているくらいだ。一度、それなりの身分の女性と親同士の意向で結婚が決まりかけたのだが、その女性は彼と結婚せよと言われた途端に冬の川に身を投げた。すぐに助け上げられたために風邪を引いたくらいで済んだそうだが、それでその結婚は破談となった。そのくらい、結婚からは縁遠い男性だったのだ。


「しかし、エミリア様の意思は堅かった。クライン男爵はこれ以上ない嫁だと、隣でデレデレ笑っているだけだったがな。ここまで惚れられてしまったのならば仕方がないな、などと言って、国中の男を敵に回した」


「……つまり、エミリアがクライン男爵のどこに惚れたか分からない」


 ルイとカイは腕を組み、重々しく頷いた。


「いや、しかしそれは仕方がないことではないか? 人を好きになる理由はそれぞれだ。時にそれは周囲に理解を得られないこともある」


「「アリー様と陛下のように?」」


「今は妾のことはよいのだ! それに妾は魅力的であろう! 国中の男が放っておかないほどの美少女であろう」


 アリーは立ち上がり、思いっきり薄い胸を張った。


「見た目はともかくその性格では……と、それについては恐れ多くて言及を避けたいところです」

「しっかとこの耳で聞いたぞ、カイ。後でミカエルに報告するからな!」


「ああ、そんな。そうしたら我々は名誉あるアリー様付きの侍従という身分を剥奪されてしまうかもしれません」


 カイは哀れみに満ちた声を上げるが、目は笑っている。


「こんな喜ばしいことはな……いえ、なんでもありません」


 ルイはアリーから目をそらして、口元を押さえている。笑いを堪えているに決まっていた。

 アリーは頬を膨らませつつ椅子に腰掛けた。


「とっ、とにかく。こんなものミステリーでもなんでもない。ただ一方的にエミリアがクライン男爵に惚れ込んで、周囲の反対を押し切って結婚したと、それだけのことだ」


「そうですね……。それが、エミリア様の口からその納得する事情が語られなかったから、皆が不思議に思っているというところだと」


 カイはルイの方を見た。それに応じるように今度はルイが語り出す。


「そうだな。エミリア様は、特にクライン男爵の顔が好みであるわけでもなく、その粘着的な性格も苦手で、話が長いところも好ましくなく、贈り物の趣味も合わず、ぞっとすると周囲に言っていたそうだ。それでもどうしても彼と結婚するのだと言い張った」


「なるほど、それは確かに不思議じゃのぅ……。調べてみるか」


 アリーは机の上で手を握り、大きく頷いた。


「三人だけの寂しいミス研であるが、力を合わせてこの謎を解こう」

「ええ? 俺たちもそのミス研とやらに参加させられているのですか?」


 ルイがぼやいて椅子にもたれかかる。


「まあまあ、ルイ、いいではないか。陛下には留守の間にアリー様がなにかしでかさないかくれぐれも監視するようにと申しつけられているのだ。この役目を無事に終えられたら、陛下からきっとなにか素晴らしい褒美があるはずだ」


「おい、秘めるべき欲望が口から出ておるぞ」

「ああ、失礼いたしました」


 カイはうやうやしく頭を垂れる。


「エミリアを呼び出して話を聞くのが一番早いな」


 それが一番手っ取り早い。幸いなことにアリーは王妃という立場である。アリーの呼び出しを拒否する者はまずいないだろう。


「ではルイ、早速エミリアをここに連れて来るように」


 アリーがそう言うと、少々の沈黙の後、ルイは大袈裟に驚いたような声を上げた。


「ええ? こんな地下の部屋に? そんなの無理ですよ。相手は貴族の夫人なんですよ? 元地下牢があった場所になんて呼び出されたら、自分はなにか王妃の不興をかったのかと驚き竦み上がって、なにも話しちゃくれませんよ」


「そうですね、アリー様の侍女殿もこんな場所には近づきたくないと言って別の部屋に控えているではないですか」


 確かにふたりの言うとおりだった。

 ミアも他の侍女も、そんな場所に行くのはまっぴらごめんと言い張り、付き合ってくれたのはこの双子だけだった。


「では、どうしたらよいかのぅ?」

「ここは王妃主催のお茶会など開いてはどうでしょう? 陛下が不在で、城には暇を持て余している者がアリー様の他にもいるでしょうし」


「お! なるほどな。そこにエミリア夫人を招待して、さりげなく話を聞くってわけか。確かにそれが一番いい気がするな」


 どうですか、とルイとカイに迫られ、アリーは少し考えてからそれを了承した。

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