戒興山《かいこうざん》
詞葉と蒼真は森をぬけ山道をゆっくり走っていた。
山道は右側が壁、左側が崖となっており、道幅も馬車がすり抜けられるぐらいしかなかった。
「高い......下が見えない」
詞葉がおそるおそる崖の方を覗きながらそう言うと、
「ここは、大軍が通れない上に下には流れの早い河がある天然の要害。 かつて、姜も攻めるのを諦めたぐらいですから」
見えてきましたと、蒼真の声で詞葉が前を見ると道の先に少し広くなった場所と大きな門が見えた。
鉄でできていた大きな門の前で馬を降り、開門、開門と蒼真が言うと
「この町に何用でしょう」
大きな門の上から、おっとりした声が聞こえてきた。
上を見ると門の上に一人の少女がいて、二人を見下ろしていた。
少女は、詞葉達と変わらない年頃に見え、長い黒髪をしとても美しい顔をしていた。
「すまぬ、清瑛様にお会いしたい取り次いで頂けまいか、私は......」
「存じておりますよ、玲国十二将の蒼真様」
とにこりと笑いながら、少女は門の端にある小さな扉から入るよう促した。
「蒼真さんて偉い人だったのね......」
「いえ、そんな、私は別に偉くなど......」
扉をくぐり抜けながら、詞葉からそう言われて蒼真は照れたように否定した。
「そんなことはありませんよ、他国からの侵略阻止や反乱軍の鎮圧などその功はこの辺境にも轟いております」
扉から出た所に待っていた先程の少女が言い、
そして詞葉をゆっくり見つめながら頭を下げると、
「わたくしは清瑛の娘、冴瑛と申します」
「私は逆波詞葉といいます、清瑛様にお会いしたいのですが」
「......ええ、そうでしたね、まずは家まで案内いたします」
門の中の町をみて、詞葉と蒼真は驚いていた。
辺境とは思えないほどの賑わいで、商店が多く、日用雑貨、食料品、服飾、貴金属、調度品、武具や子供の玩具までもがある。 人々には活気があり皆笑顔だった。
「これは、かなり大きな町位の規模の店だな」
蒼真が言うと、冴瑛はフフっと口許に手をやり笑いながら、
「瀞昂果ては荀等北方の国とも交易していますから」
「あの、何か赤髪の人がかなりいるんですけど、皆、深精と契約した人達なんですか」
詞葉は気になったことを冴瑛に聞くと、蒼真は困ったような顔をしている。
「彼らは、棄民と呼ばれる人々なんです......」
「きみん......」
「かつてこの世界を造った十深君の一人、繚羅という人物がいて、彼は他の十深君と争いました。
彼の子孫達が棄民と呼ばれこの世界では蔑みの対象なのです」
「迫害されている人達......」
「ええ、遥か昔の本人達には預かり知らぬことでね......
元々、この玲は棄民を排除しなかったのですが、やはり迫害がなくなるわけではありません。
私達の町は彼らを受け入れているため、自然と多く集まるのです。
冴瑛がそう話し、三人が無言になった時、向こうから、
「あれ、あんたら、あの時のお客さんだね」
「あなたは......」
それは、荷馬車で移動してるときおにぎりを買った物売りの少女だった。
「どうだい、お三人さん、また昼飯にどうだい?」
「確かに、昨日の夜から走り通しで食事もとれてませんでしたしね。 では、三人分頂こうか」
そう蒼真は飯を受けとると、告げられた値段に気づきました。
「この前の値段の半分だが」
「ああ、この町じゃ、正当な値段じゃなきゃ商売できないのさ」
毎度、といって少女は去っていった。
「わたくしの分までありがとうございます蒼真様。
ふふっ、お行儀がわるいですが、とても美味しいですね詞葉様」
「そうですね、お腹が空いてたので余計に美味しいです。 ありがとう蒼真さん」
「いえ、たいしたことでは......うむ、美味しい」
といいながら三人は、おにぎりを頬張りながら歩いた。
少しして清瑛の家に着き、客間に通された詞葉と蒼真は冴瑛に聞いた。
「では冴瑛さん、清瑛様をお呼びしていただけますか」
そう詞葉が聞くと、冴瑛は、
「申し訳ございません詞葉様......父は去年亡くなっているのです」
言葉を失う詞葉と蒼真だったが、
詞葉様、わたくしに何があったのか話しては戴けませんか 、
冴瑛にそう言われて、これまでの事情を話した。
「そうですか......恒枝様殺害の嫌疑を懸けられていると......」
そんなことは絶対にないという蒼真に、
「わたくしもそう思いますが、深精に魅入られた、又は誰かに操られた可能性もありますね」
詞葉様はどうされるおつもりですか、そう冴瑛に聞かれて
「わたしも、本当の所はわからないんです......
もし、人を殺めたのなら罰を受けようと思いますが......
ただ、わたしが捕まることで、もしこの国を悪い方に向かわせようとしているなら、捕まるわけには......」
その言葉を聞いた、冴瑛は、
「実は、詞葉様達が来た場合、監視、捕縛するよう王都から玄蓬様の名で伝令が届いています。
もし匿った場合、町を攻めると......
確かに王都から物資、兵が集められているという話が複数の商人達から聞いています。
恐らく明日の昼には遠回りをしてこの町の裏手に着くはず」
すぐ脱出しましょうという蒼真に詞葉は、
「それは駄目です......わたしは捕まります。
この町に迷惑は掛けられない、わたしが逃げてもこの町が無事だと言う保証はないし、見せしめにするかもしれない。」
そのやり取りを聞いていた冴瑛は
「勇気ある御仁......ですが、
先程貴女は、この国が悪い方にいくのを止めたいとおっしゃてたのに、貴女が捕まって権力が悪用されるかもしれない、
今の状況を知って尚そうおっしゃるのは無責任ではないですか」
「そんな言い方はないだろう!
詞葉様はこちらの事情で巻き込んでしまわれたのだ!
私が下界よりお連れしなければ......」
蒼真は目をつぶり拳を握った。
それを静かに見ながら、冴瑛は、
「わたくし達町の者は要請を拒否し戦う覚悟を決めています。
そして詞葉様、貴女にもその覚悟をしていただきたい」
そう真っ直ぐな瞳で詞葉を見ながら毅然とした態度で言いはなった。