魔精《ましょう》
一室に軟禁となった詞葉は、震える手を両手を見て目を閉じると、その時の事を思い出そうとしていた。
寝るまでは覚えていたが、次に気が付いた時には恒枝に剣を刺した状態だった。
わたしは殺していない、殺そうと考えてもいない、そうは思っても現状と意識なく深精界に行った事からか、もしかしたら心のどこかに、野心めいたものがあったのではないか......そう考えてしまう。
(わたしはどうなってしまったんだろう)
そう思っていると、窓の方で少し物音がし、
「......詞葉様......」
蒼真が呼びかける。
詞葉は窓を少し開け、蒼真さんと言うと、
「今からここを脱し、前に言った清瑛様に助けて頂きましよう」
「でも......わたし、恒枝様を......」
「あなたは手に掛けたりはしていない」
さあと手を出された手を取り窓から身を乗り出すと、
蒼真は壁にくっついてる大きな青い蛙に乗っており、
「霧衣」
そう呟くと、みるみる霧が立ち込め、
「不響この霧に紛れて城外へ」
蒼真がそう言うと、蛙は霧に紛れてジャンプしながら壁にへばりついて移動するが、その時の不思議にも音が聞こえなかった。
「この不響は音を消すことができるのです」
城壁を越え、静かに城外に降りると、
よし、不響戻れ、そう蒼真が言うと蛙は消えた。
「あそこに馬を繋いでいますので、馬に乗り換えます」
馬に乗り換え二人は灯りのない道に消えた。
その頃、宮中では玄蓬が、
「......霧が晴れた、衛兵詞葉様の様子を伝えよ......」
伝達した兵士が慌てた様子で戻り、
「大変です! 詞葉様が消えたとのことです! それに蒼真様の姿がないとも!」
それを聞いた玄蓬は、口元に扇を当てて目を細め
「蒼真殿か......」
「国中にふれを出せ、恒枝様の崩御の伝、そして、蒼真殿と詞葉様を探し出し捕らえた者に恩賞を与えるとな」
兵士に命じると、御意と言うとかけていった。
「どうされますか、玄蓬様」
影から焔紗が現れると、
「そう行く宛もあるまい、唯一あるのは清瑛の元だろうな、だがあの男は...... お前は兵を千連れ詞葉様を捕縛してくるのだ。
ついでにあの忌々しい町も焼き払え」
玄蓬は命じると、クククと小さく笑い、
(これで、積年の想いが叶う)
窓から空に浮かぶ月を見た。
その頃、蒼真と詞葉は、白華城の東の暗い森の中を馬で駈けていた。
「しっかり捕まっていてください。
この森を抜けると、隣国、姜との境界線です。
そこを抜ければ近道な上、軍の行動が制限されますから、逃げやすくなりますし、そうしなければ、
明日の朝には国中にふれが出て動くこともままならなくなります」
「やっぱり、わたしが捕まっていた方が良かったんじゃ......わたしだって、殺してないと思いたいけど......」
「いいえ、捕らえられたままでは、操られるか、証拠を捏造されるか、それが無理なら最悪、貴女を排除しようとするはず、勿論こうやって逃げるのも想定内のことでしょうが......」
「逃げることが分かってたってこと?」
「ええ、あまりには簡単にいきすぎました、これはわざと私達を逃げるよう仕向けられたのでしょうね。
つまり、逃げたのを捕らえた方が都合が良かったのでしょう」
「だからこそ、貴女は捕まってはいけないんです。
玄蓬殿が権力を得るために仕掛けたのだとしたら、何かこの国に良からぬ事が起こるはず。
ですが、清瑛様ならばよい案を授けて頂けるはずです」
そう話しているうちに、廃墟となった町が見えてきた。
「ここは......」
「ここは前の大戦で、姜に滅ぼされた少国、蘭です。
姜はこの国を滅ぼし、我が国に攻め行ってきました。
その時貴女の父恒樹様が、姜を押し返しここは今非戦地帯となっています」
早く行かなければと蒼真は言い、
「ここには、追手が来ないんじゃ......」
「いえ、軍を動かせないだけで追手は来ますが、それより......」
蒼真は馬を止め、周囲を見回すと、詞葉と馬を降り静かに腰の剣を抜いた。
木の奥の茂みがガサッガサッと大きな音がし、そしてうなり声をあげたあと、口を開け襲ってきた。
それは三ツ目の狼で、蒼真はその牙を右手の剣で受け止めると、
「風踊! 風を!」
左手から風を出し、狼が吹き飛んだ所をを剣で切り裂くと、倒れた狼は地面に溶けるように消えていった。
「......いまのは、」
「魔精です、魔精は人の憎悪等で顕現しますから、こんな戦場跡は生まれやすいのです。
馬をやられては移動に時間がかかりますから、ここで減らします。」
詞葉に蒼真がそう答えると、森の奥からうなり声が上がり、多くの異形の獣達が現れた。
「この数......」
「詞葉様はお下がり下さい」
蒼真は緑の鳥で風を操り、一体一体魔精を斬っていったが、あまりの数にじりじりと押されていた。
私も何かしないと、そう詞葉は周囲を見渡し武器になりそうなものを探していると、
「......我の名を......」
そう頭の中で聞こえてきた。
(わたしはこの声を知ってる、確か名前は......)
「鈴」
詞葉が、そう呟くと右腕から透明な魚が飛びだし優雅に泳ぐと、今まで蒼真を執拗に狙っていた魔精達が襲うのをを止め、周りを見回し森に帰っていくと、魚もゆっくり消えていった。
「これは、一体? 詞葉様の深精の力......」
「多分、私達の姿が見えないんだわ」
「姿を消せる力か...... 助かりました、これならここを越えるのは簡単ですね。
先を急ぎましょう」
二人が森を抜ける頃には、空は明け始めていた。