深精界《しんしょうかい》
次の日、詞葉が恒枝の元に呼ばれて玉座の間に着くと、
官吏達に政務を指示していた恒枝が気付き 、
「あとは、いつも通りにしておくのだ」
そう重臣達に命じると、玄蓬と共に詞葉の方に歩いて来た。
「お早う、よく眠れたかな、詞葉」
「はい、お早うございます、恒枝様」
そう言うと、自ら王宮の各所を案内してくれた。
王宮は建物こそ大きく荘厳ではあったものの、無駄な豪華さなどなく、悪く言えば質素にも見えた。
(散財してると言うわけではない感じ、食事も美味しかったけど、城下の方が贅沢してたような......)
そう詞葉が考えていると、庭の奥で鎧を着た兵士達が剣の稽古か、木でできた人形に打ちこんでていたのが目が止まった。
それに恒枝が気付き、
「ほう、詞葉は武芸に興味があるのかな」
「心を強くするのは難しくても体だけでも強くしたくて、向こうで薙刀をしていました」
「薙刀、ふむう こちらの鎗刃のことか......
うむ少し見せてはくれぬかな」
恒枝はそう言うと、鎗刃を持ってこさせた。
鎗刃は2メートルくらい長さで先端に大きな両刃の剣がついている。 重さは見た目程はなく軽く感じ、棒の部分は木や樹脂で加工され、おそらく中に細い金属がはいっているらしくしなった。
詞葉は両手で構えると一度回転し刃の重さと遠心力で、目の前の木の人形に下から切り上げると、人形が真っ二つに割れた。
これに恒枝と玄蓬は驚き、
「見事! さすが兄上の子よ!」
「練兵用の軽い鎗刃とはいえ素晴らしいですね」
「恒枝様、父も武芸をしていたのですか?」
そう言う詞葉に、玄蓬は
「何を申されます。恒樹どのはこう玲随一の将、この国だけでなく、この世界にその名が轟く程の方ですよ」
「無理もない.....兄上は、姜との戦で深手を負った、
戦の後下界に降りられたが、病に罹ったらしいしのう......」
確かに詞葉の記憶にあるのは、布団に伏せ咳き込む父の姿が思い出される。
「兄上が存命ならば、父のあと王となっていたであろうな......」
そう言うと恒枝は少しぐらつき玄蓬に支えられた。
「大丈夫ですか!」
詞葉が駆け寄ると、恒枝は疲れた顔をして
「ああ......大事ない、最近よくあるのだ、記憶が曖昧になる時もある、歳かな」
笑いながらそう言うと、
「主、おそれながら、政務に追われ心労が重なっておるのです、少しお休みになられた方がよろしい......後の案内はわたくしが」
玄蓬はそう言うと恒枝様をお連れするようにと部下達に命じた。
「すまぬな、詞葉......」
「あ......大丈夫です、それよりお休みください」
詞葉は、話したい気持ちを押し込め、恒枝にそう声をかける。
その後、玄蓬に連れられ王宮を案内された。
「あの玄蓬様......恒枝様は大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫ですよ、すぐお休みになられましたし主治医も付いておられます、ご心配めされるな」
そういって笑みを浮かべると、ここがこの王宮の最も重要な場所ですよ、といって、ある部屋に案内してくれた。
そこは広く円形になった部屋で窓もなく中央に詞葉の身長位の円柱があるだけだった。
「ここが、重要な部屋?」
「ええ、ここが深精の間、この世界と深精界を繋ぐ場所です。」
「深精って、あの獣みたいなのがいる世界? そういえば、蒼真さんがいってたわ、その力でこの世界を創ったって」
「はい、かつて下界で、深精を知りその力でこの世界を創った者が、 十深君と呼ばれる十人の術師達でした。
「下界に失望した十深君が、理想の楽土として、この真上界を創ったの です。
ですが、人が増えると組織化し国が生まれ、そして支配圏を巡り争いあうことになった。
貴女の世界を下界と呼び、この世界を真上界と名付けてはいるものの戦に次ぐ戦の愚かな世界と成り果てました......」
力を得て神にでもなったつもりだったのでしょうね、と言いながら玄蓬は眉を潜め、皮肉っぽく言った。
(......こい......)
「うっ」
急に詞葉の頭に痛みが走り、
(いま、誰かの声が......)
「どうされました?」
不審そうな顔で玄蓬が詞葉を見た。
詞葉は平静を装い、
「い、いえ、だから王宮にあるんですか?」
「というより、繋がる場所に王宮を建てたのですよ」
「力が手に入るからですか」
「ええそれもあります、深精と契約した者は、身体能力が飛躍的に高まりますから」
(そういえば、蒼真さんは、わたしを軽々抱えてたっけ......ん)
「それも......って」
「深精界は危険だから封印の意味もあるのです」
「魔精のことですか?それとも、契約が......」
「いえ、確かに契約しようとして、精素を食いつくされ死ぬこともあります。
それは、深精界に住まう者達は人間や動物の精神の力、精素を食らうことで、その力を得るからなのですが、所詮深精は言語を理解する位の獣です。
ですが、その中には神の如き力を持つ深精、深王がいて、その力を恐れて封印しているのです」
「深王......」
「ええ、十深君はその深王と契約して、この世界を創ったと伝わっています」
「じゃあ、危険はないのでは」
「いいえ、その十深君の内の一人は、深王に魅入られてこの世界を破壊しようとしたのです。
その戦いで、多くの人間が死んだと伝承では伝わっています」
「それは、うっ! 」
(こちらへ来い)
今度ははっきり聞こえたと思った詞葉だったが、さっきよりも激しい頭の痛みが起こり、玄蓬がしきりに何かを叫んでいるようだったが、その声も次第に遠のき、視界が暗くなって意識がとぎれた。