貴方の神/ワタシの奴隷
遅れてしまい大変申し訳ございませぇぇん……
「……見えない。」
いままで未来が視えるのが普通だった。
あの子は不鮮明で、先が真っ暗だったから見えなかった。
でも今は何もかもが見えない。
あの子以外の全ても。
私の眼が機能してない。
暗い夜、月が私達を照らす。
「一体何が起きてるの……?」
久しぶりの感覚だ、未来が視えないなんて。
今まではいくつもの今より良い世界の選択肢を見て、それを投げ捨ててきた。
未来を知るものが、世界を変えようとするのは禁忌。
それをやってしまったら、その世界は生きているとは言えないと思う。
間違ってても、正しくても、構わず進む。
それが正しい世界のあり方だから。
今の私は未来を視ることが出来ない。
当然、知ってる未来への誘導はしてはならない。
……未来が視えない原因。
絶対に、あの子にあるだろう。
……お願い、頑張って。
私の目には何が写っているだろうか。
分からない。
殺すべき相手ということだけは分かる。
知っている人間だろうか、大切な人間だろうか。
だとしても、私の心に聞けば殺せと言っている。
「正気に戻るのなら今のうちです。いまから貴方を本気で捻り潰します。」
十字架を模した剣を両手にしている。
白翼が神々しく、羽ばたかせている。
純白の言葉が似合う。
名前も思い出せない、けどいい。
過去のことなんてもう関係ないのだから。
私は示された道を進むだけ。
やれと言われたことをやるだけ。
邪魔する奴らは排除する。
「虚。」
「気をつけろ、どこからでもお前を殺しうる。」
「今だけは神を名乗りましょう。偽神ウルゴア。神権解放。」
今までに感じたことの無いほどの圧。
尚且つ、それは紛れもなく悪では無い。
私を救わんと手を差しのべる、でもそれは私を躊躇なく殺そうとしている。
神という規格外な存在を体現している。
「灯裏。」
がくんと体勢を落とす。
手を抜くことは無い。
手加減もない。
最初から無慈悲に。
出来うる限りの最速抜刀。
音の速さにも達するレベル。
「……。」
誰にも止められなかったこの技を、容易く受け止められた。
しかも片手。
このレベルの相手をすることは無かった。
初めての体験に、一瞬体が硬直する。
狙ってきたのは腕だった。
下からの切り上げ。
後ろに回避、体制を整え直そうとするが相手は剣2つ。
攻撃の感覚は狭い。
間髪入れずに次の切り上げがすぐ飛んでくる。
「その程度ですか。」
勢い止まらず、斬撃の乱舞。
技術は並だが、一つ一つが致命傷に届くほど協力。
それでいて身軽だ。
何より空を飛びながらの斬撃は受けにくいし、避けにくい。
「もう、本気で行く。」
私のことだ、今まで本当の本気を出す相手なんていなかっただろう。
殺してしまうから。
でも、今なら。
「虚。」
既に私に型はない。
霧はとっくの昔に消え失せた。
通る道は全て鮮明なのだ。
だから。
「刻離。」
刀一振で、何十、何百の斬撃を刻む技。
迷うことは無い、全て出し切る。
怨嗟の化け物に出来て、虚無の化け物が出来ないはずがない。
私は、もう人の器に収まらない。
「葬る。」
「権能解除。セレスト・ラージュ。━━━━せェッ!!」
その言葉と共に、私の刀が弾かれる。
先程とは比べ物にならない程の力を感じた。
……どうやら相手は本当に神と同格のようだ。
良い、神も殺す。
殺してみせる。
何をやったって、私に何も無いから。
「フラムベーゼ・カンティーク。ここを貴方の地獄へ変えます。」
剣を横薙ぎすると、一瞬にしてその剣に炎が宿る。
「燃えて死ね。」
全速力でウルゴアは突っ込んでくる。
あちらの速さも相当な物だ。
私と同格か、それ以上。
でも.....見える、ゆっくりに見える。
人である為の枷は外れたみたいだ。
右への斬り払い。
片方は防いだ私の体を追撃するために残っている。
それが意味するところは、確実に守りに入ったら負けること。
一撃目は刀で防げても二激目は無理だ。
「.....ッ。」
加えて、私の体を蝕むように飛び火。
私は気にならないとはいえダメージはある。
心臓が止まったらそれは死だ。
そこは私でも変わらない。
「こちらが優勢ですね。今すぐ刀を捨てて跪くのなら殺しはしません。」
「する訳ない。」
そう言葉を返すと無慈悲に斬撃が飛んでくる。
技術は私ほどはないが、それを補って余りある身体能力と膂力。
そして魔法による攻撃。
どうやら攻略は難しい。
となると。
「そっちから。」
「させないッ!」
ラルを狙いに行ったが、出鼻を挫かれた。
1歩目を踏み込む前に私の眼前に現れて構えた刀を弾かれる。
「Zwei grau .....!」
ラルはこの隙を見逃さず、足に正確な射撃が飛んでくる。
黒い方は寿命、白い方は血を使い弾として放つんだったか。
それを同時撃ち。
弾丸は私と同じくらい早い。
避ける暇もなく足を貫通する。
痛い、けど。
死なないのなら、それは関係ない。
「斬る。」
「嘘だろッ.....。」
「ラル。逃げてください。」
「.....すまないッ。」
背を向けて、走っていく。
すかさず私はツキミを投擲。
完全に見られていたのか、その射線にウルゴアは立っていた。
はじき飛ばして完全に私に立ち塞がる。
簡単に勝つルートはこっち。
全力で無視して、ラルを殺す。
建物の倒壊が起きる中で、大きな瓦礫が上から落ちてくる。
それ目掛けて高く飛び、その瓦礫を利用して蹴り蹴ってスピードを付ける。
「フラム。」
炎の勢いが増して、壁の様になる。
さすがに当たったら焼け死にそうだ。
追うのをやめて、最高速度手で斬り下ろし。
結局正攻法になるのか。
何日かかるかな。
「セレスト・プリエール。」
そうウルゴアが言った後に、完全に退路が塞がれる。
逃げると言う選択肢は無いみたいだ。
元からそんな事する気がないけど。
「じゃ、死ぬまでやろう。」
「……別人だ。」
なんでもない言葉が頭に突き刺さる。
響いて痛い。
痛い、けど。
気にしてはならない。
剣先が鈍る、力のバランスが崩壊する。
絶好調でも絶不調でも、常に変わらない太刀筋を。
「偽の神として言ってやる。お前は全てが嘘で塗り固められた怪物だ。」
「今更。」
心が割れるように痛い、体はもはや脳を介さず動いている。
最適解、最善手を勝手に選んで目の前の敵を殺す。
本当は分かってる。
自分が壊れてることなんて。
でも私はそれにすら気付かないふりをする。
その方が、楽だから。
「私は死ぬまで戦えるよ。」
「でしたら私の方が有利ですね?神の私に疲れも空腹も存在しません。」
「でも、死ぬことはある。」
首を刈り取る一刀目。
間合いを詰めて流れるように首に向かって横薙ぎ。
「どちらにせよ、私を倒すのは不可能でしょう。」
軽々しくそれを防がれて、腹に蹴りを入れられる。
壁まで吹き飛ばされた。
きっと骨は折れている。
熱い、痛い。
でも。
「……。」
「気味が悪い。……このままでは本当に死にますよ。」
「いいよ別に。……私は骸。死んでるのと変わりないから。」
体が楽な体勢を取ろうとしている。
当然だ、これだけ負傷してたらそうなる。
今すぐにでも倒れてしまいたい。
でも、感じない。
痛いけど、苦しいけど感じない。
感じたくない。
いらない。
「あの日私は死んだんだ。今更どうだっていい。」
「……。」
突然、相手は剣を放り捨てた。
そしてこちらに歩みよる。
何。
「そうですか。……貴方はまだ、何も知らなかったんですね。」
「何の話?」
「何があったかは知りません。……ですが貴方は。」
1つ間を置いて、哀れんだような目でこちらを見た。
「まだ生まれて居ない。……愛も知らない、喜怒哀楽も、友達も。ヒトに必要不可欠なモノを貴方は持っていない。」
「聞きたくない。近寄らないで。」
「……気付かなくて申し訳ありません。貴方はまだ何も知らない子供だった。……辛かったですよね。苦しくて、寂しくて、でもどうしようもなくて。」
体から力が抜けていく。
刀を握ろうとしても手が震えて何も出来ない。
視界が曇る。
「いやだよ。私いやだ。」
「うん。……私には貴方の気持ちを全て理解してあげることは出来ません。でも、その胸の奥の気持ちを全部吐き出してください。」
私の体にそっと抱きついて、背中を摩られる。
あたたかい。
「私、エリカをころさなきゃ。でも……。」
「……それは、何故?」
「……私は、救わなきゃ。私に、入れなきゃ。拒絶……失意……」
意識も記憶も薄らいでいく。
自分の中の何を信じればいいのだろう。
ぼんやりと、芯のない意識のまま暗闇に落ちていく。
「こんにちは。虚無。」
「なんだこれ。アンタはエリカ……じゃなくて、拒絶か。」
また、牢獄に2人。
水滴が落ちる音だけが響く。
「この前はごめんね、意味もなく暴れちゃった。」
「ふーん。元はそんなんなんだ。」
「きっと元の私に戻ることはもうないから、お話できて嬉しい。」
「……偽のあたしに言うかね。」
「━━━━━━━━━━━━━それでね?」
「……随分熱心にあたしへの褒め言葉を述べてもらってるとこ悪いけど、なーんにも響かないよ?。」
「いいの、偽物の貴方。虚無の貴方。そして、何も分からなくなってる本物の貴方、骸がいるんでしょ?」
「しらなーい。あたしら作ったのは紛れもなく本物の私だよ。それなのに勝手に引きこもってさ。」
遠い遠い、子供の頃。
腕を失ったあの事件。
助かるためには腕を切断するしか無かった。
切るその瞬間に、本物の私は生きるのをやめた。
もういい、辛いのは嫌だ。
大好きなことも出来ないなら、二度と何も見たくない。
そんな感じで本当の私を心の奥底に封じ込めて、あたしがいる。
……そして、偽物のあたしに引かれた存在がもうひとつ。
元々本物のあたしに存在していたのかもしれない、虚無。
虚無という性質と、偽物故に、元は何も無いというあたし。
それが共鳴して目を覚ました。
結果、化け物が生まれた。
これを自覚したのはつい最近の話、そうしていたら何やらアステリアの形見が本当の私を呼び覚ましたみたいで。
この体で過ごした時間はあたしの方が長い。
もはや、あたしが本物だって言いたい。
……で、悲しいことに虚無の性質を持っているのに、本物の私が感情を知覚したせいでみーんなぐちゃぐちゃになってる。
それが今の現状。
骸については本当の私の欠片……だと思う。
楪という人間の元になっているのは虚無ではなく骸だ。
だからといって何かがあるわけではなかった。
骸だけは特殊だ。
明確に影響を与えることがない。
骸、つまりは死骸、亡骸。
感情に作用する欠片では無い。
ただ、死んでいる欠片。
それが人に溶け込んだところで何も起きないだろう。
んで、不必要だと虚無のあたしが感じたのなら、消そうとする。
それを本物のあたしが必要だと取り込もうとする。
あたしはどっちの味方でもない。
そんな感じで今、朽木 楪はまともじゃないってワケ。
「……で、あたしに接触したってことはなんかしたいんでしょ?」
「大事なことだけ伝えに。私を取り込むのは最後の方がいい。全てを拒絶してしまうから。虚無なんかよりもっと酷い。何も無かったと切り捨てるのではなく、目に入るもの、耳に届くもの全てを跳ね除ける。文字通り拒絶だから。」
エリカと見た目は同じだけど、何もかもが違う彼女。
あるいは、これが本当の彼女なのか。
「食欲も、視力も、感情も、自分の意思も、世界の理すらも受け付けない。拒絶ってそういうモノだから。取り込んだら最後、人間では居られなくなるよ。」
「……アンタは知ってるの?あたしらの元。」
「……虚無、骸、拒絶、失意、怨嗟。欠片を持ってる人でなし達。皆が口を揃えて言われてる言葉がある。」
━━━━━━━━━━━━━━━わすれないで。
「……私は、助けたいなって思うよ。どんな経験をしたら人に移るほどの強い感情を抱くと思う?想像つかないよ。」
「そんなヤツが助けを乞うでもなく、咽び泣くでもなく。……ただただ忘れないで欲しいと嘆く。……あたしも1度考えたよ。一体何をやらかしたんだってね。」
未だに尻尾すら掴めていないのだから、相当な無理難題だ。
いや、今掴みかけているが正しいか。
「さっきも言ったけど私は不自由の身。どうか、お願いね。」
「あー。ほら、あたしってばあの2人に関係ない人格みたいなもんだからさ、聞きたいんだけど。骸の欠片ってあたしの中にいつ入ってきたんだい?」
「そもそも骸は存在しなかったはず。最近生まれたんだとおもうけど……私達の欠片は感情に近い。骸は……ちょっと違う。意味のまま捉えるなら亡骸。魂がない、死んだ人。」
怨嗟、拒絶、そして虚無と見てきた。
それぞれが持つ意味合いは、元になる誰かの感情。
骸はどうだ?
死体に感情もクソもない。
その誰かは、体すら投げ捨てたのか?
「……ふーん。ま、起きた頃には忘れてるだろうけど。」
「貴方は起きないの?」
「もういいさ、虚無も完全に目を覚ました。骸とやらもいる。……元々壊れた人格だ。あたしが代わることはないよ。」
「そっか、じゃあ。」
笑顔で近寄って来る拒絶。
「アナタを喰らえば私は元に戻れそうだねッ。」
気味が悪い程に口角が上がっている。
……人でなしの意味がわかったよ。
虚無は何も無い、感じないから残酷で冷徹で無慈悲。
拒絶は、コイツは。
「エヘッ……エヘへへへへへへへへへへへへへへへへへ!!!!」
全てを否応関係なく跳ね除けた、だから誰よりも全てを欲している。
何もかもだ。
金も、愛も、命も、夢も、感情も、物も、欲も、人も。
欲しくて欲しくて狂う。
求めて手に入れてもとどまらない。
「はぁ。」
「良い事も悪い事もしたい!やりたい!欲しい!エヘへへへへへへへへへへへへ。」
理解できないナニカが目の前を通りすぎた。
視点が低くなって、思考ができなくなる。
……別に死ぬのはいいけど。
「エリカは偉いよ。ワタシを出さない為にワタシの拒絶を使う。なんの可能性も起きないよう全て跳ね除けた。その実本質は一緒だ!ワタシみたいに欲しくて欲しくてたまらない。……だからアナタが大好きなのッ。唯一エリカに何かを与えたアナタ。」
コレを世界に解き放つのはなぁ。
何とかしてね、2人とも。
「ッあ!?」
「起きましたか、楪さん。」
……頭が痛い。
周りを見渡すと、崩れた教会だった。
頭の中が倒錯している。
「私……は。」
「朽木 楪。分かるだろ。記憶が無いとは言わせない。」
少しずつ鮮明に。
膝枕してくれてる方がウルゴア、目つきの悪い方がラル。
名前はわかる。
けど……記憶が曖昧だ。
「ごめん。貴方を襲ったんだっけ。」
「気にせずとも良いです。きっと辛かったでしょうから。」
「……うん。」
「調子狂うな。本当にあの楪か?」
「何から話そう……。」
私の身に起きていたことは説明できる。
ウルゴアとラルに1から私の事を述べた。
とある人物の欠片について。
その一部が私であること。
まだ欠片があって、それがエリカであること。
他にもいること。
それを集めて、精霊王に会わなければ行けないこと。
……そして、虚無と骸こと。
「……なるほど。」
「随分とややこしい話だ。……じゃああのやかましいお前はなんだ?」
「腕を失って私自身が塞ぎ込んだの。そこで虚無が入ってきたけどまだ目覚めてない。廃人になってたところに自然と形成されていた3人目の私。……仮面みたいなもの。」
ゆっくりと起き上がって、刀を拾う。
進まなきゃ。
ここで立ち止まってられない。
「楪さん、1度足を止めても良いのではないでしょうか。」
「……?」
「死に急ぐ必要は無い。……元シスターとして助言する。今のお前は死ぬ時に後悔する。」
「……別にいいんだ。私は……私……は。」
あれ、なんのために私はこの剣の持ち主を探しているんだっけ。
私に何か利点があったんだっけ。
初めてだから
「あ……。」
勝手に涙が溢れてくる。
私は、なんなんだろう。
今までなんのために生きてきたんだろう。
私が通った道ってなんの意味があるんだろう。
「……今のお前には休息が必要だ。」
「少しずつ、受け止めていきましょう。」
分からない、けど。
言われた通りにしてみる。
私だけじゃ考えることが出来ない。
だって、初めてだから。
「とにかく今は安静に。怪我もしているので。」
「……ああ、気付かなかった。」
「虚無の力か?」
「そう。……だから、何を言われても私には響かないかもしれない。」
「……なんて辛い。」
正しく私に慈悲を与える神のような表情だった。
優しさに満ち溢れていて、あたたかい何か。
「とりあえずわかった。休むことにする。」
「そうしてくれ。……流石の私でも今のお前は心配だ。」
「……そんなになの?」
「いつものお前なら飛びついて私の頭を撫で回す。」
崩れた教会はウルゴアの力で直ぐに元通り。
治療魔法も受けて歩けるくらいにはなった。
そこそこ広い部屋部屋を与えられた。
大きめのベッドがあって、日光が綺麗に入り込む。
木造のいい匂いがする。
ウルゴアとラルが入れ替わりで私の看病をしている。
……そこまで何も出来ないわけじゃないのに。
私は外の森を眺めながらぼーっとしていた。
ふと、太ももの違和感に気づく。
探ってみると、日記。
……私が書いたのかな。
いや……偽の私か。
「日記か。よく書いていた。何を書いてるか覗こうとしたが拒否された。」
「……一緒に見てほしい。」
1人で見れるけど、なんだか怖くて。
ボロボロのそれを捲る。
……とくにおかしなところは無い。
その日にあったこと、鍛錬の内容。
時々破かれているページがあるものの、なんの変哲もない日記。
「失礼します、麦茶を……と、日記ですか?」
「うん。」
一通り見終わったが、普通だ。
……普通、なんだ。
偽の私は、偽物?
違う、あれも私。
これを見たら、そう言える。
「やかましい方の楪にはもうならないのか?」
「……分からない。切り替え方も。」
刀を持てば虚無にはなれるかもだけど、あの子には。
そもそも、私の中にいるのかな。
……なんだか、もう居ないような気がする。
「ねえ、2人共。」
「なんでしょう?」
「今までの私って、どうだった?」
そう問いかけると、どちらも深く考え出す。
先に口を開けたのはウルゴア。
「自分を作っているように感じていました。明るいと思わせるためにひょうきんな態度をとるだとか。」
「……虚無も混じってたからかな。」
「時々、恐ろしい目をしていた。こっちを見てるのに焦点が合ってない。目に光が入ってない。……今考えれば虚無によるものなんだろうが。」
微かに覚えがある。
会った人によく言われた言葉、たまに怖い目をしてるって。
「あはは……今もそうなのかな。」
「……いや、暗い目をしてはいるがマシだ。まだ人を感じる。」
「そっか。」
どうしていけばいいか分からないけど、今はただ時間がある。
ゆっくり、ゆっくり時間をかけて自分を理解するところから始めよう。
「ラル、交代しましょう。」
無言で頷いて立ち上がったその時、遠くで扉を叩く音がする。
……知ってる気配。
「……ごめんなさい、先対応してきますね。」
「頼む。」
「待って、私の知り合いだと思う。行っていいかな?」
ベッドから降りてちょっとフラフラになりながら立つ。
まだ完治とまでは行かないみたいだけど、歩けはする。
「一緒に行きましょう。」
部屋を出て、足音が響く身廊をゆっくりと。
大きな扉の出入口まで来て、ウルゴアが開けた。
「お、楪。助けに来てやったぞ。」
「……残華?」
確か私の知り合い。
……それしか記憶が無い。
「随分と変わり果てたな。まあ詳しくは聞かんが……話がしたい。」
「どうぞ、お入りください。」
「ああ、違う。ちょっと手合わせをな!」
大きな刀を見せてニカッと笑う。
少しずつ思い出してきた。
昔故郷に来て手合わせしたし、昨日も戦ってたはず。
「……私と。」
「いつもそうだったからな。」
「い、一応病人なのですが……。」
「何、動き見るだけだ。りはびりとやらにもなるだろう。」
促されるがままに外に出て、向かい合う。
……できるかな、今の私に。
「ほら、構えろ。」
「……。」
記憶で覚えてなくても、これだけは体に染み付いている。
刀を抜き、腕の無い方を前へ。
姿勢は自然に、刀は頭くらいの高さで地面と水平に。
「芯がない。自分を見失ったか。」
構えただけでキッパリと言い切られる。
……確かに事実だ。
気持ちの整理は着いていないし、自分のことも理解していない。
「打ち込んでみろ。」
「わかった。……行くよ。」
足はまだ不完全だから、できるだけ負担をかけないように。
でも、それじゃ力が乗らないから突き多めで。
手数多めの連撃。
「ぬおっ!?腐っても鯛とはこの事だな!」
初撃を喰らわせると大きくのけぞったが、それ以降は簡単に受けられた。
「ただまあ、やはり変わったな。何がお前をそうさせた?」
「……自分が何も分からなくなっちゃった。」
「ふーん。」
地面に刀を突き刺し、腕組み、あぐらで座り込む。
首を傾げながら考えている。
分からないけど私も傍に行って座った。
「ガキの頃のお前みたいだな?聞いたことがあるぞ。お前、ガキの頃は人見知りで内気で奥手。誰かに着いてくような飛びっきり可愛い子だってな。」
「そう……だったっけ。」
腕を無くす前、まだ私しかいなかった頃だ。
……いや、思い出せる。
何故だか、子供の頃の方が思い出せる。
そうだった。
1番良くしてくれていたのが、私の刀の師匠で。
成り行きで刀を習って。
そう。
「私、本当にまだ子供なのかも。」
「くく、面白いことを言う。……しかし芯を食ってるな。どうにも心が未成熟に見える。此方がお前と出会った時は無我の境地に達した人間かと思えたが。」
考えてみると、私が私として生きた年数は10年未満だ。
あまり覚えてないけど少なくとも10歳の頃には私は腕をなくしてる。
偽の私として生きた時間の方が長いし、精神的にもあっちの方が熟している。
対して今の私は子供の頃からいきなり大人の今に来ている。
必要な経験が抜け落ちてる。
「……じゃあ、向き合わなきゃだ。」
「む、勝手に自己完結するな。何か言うことあるだろう。」
「ありがとう、残華。」
気持ちいい笑顔で応えてくれる。
「じゃあもうひとつお願いしていい?」
「なんでも言え。」
「1週間、一緒にいてくれる?」
「そこな白翼の美人さんが許してくれるのならな!」
「構いませんよ。」
嘘みたいな平穏が来る。
前までは、色んなところを歩き回って刀を振るってた筈なのに。
でも、今はいいのかもしれない。
自分と向き合う日が来たんだ。
私は何者なのか、私はどういう性格なのか。
何のために生きて、何のために死ぬ。
朽木 楪という人間を定める時が来た。
「先に戻ってて、ちょっと外の空気を吸ってから戻るから。」
「承知。」
「早めに戻ってきてくださいね。」
皆が中に入っていったのを見て、深呼吸。
「……おはよう、虚無。」
真っ黒い、何も無い空間。
「なんでわたしな訳。」
「向き合いたい。」
「主導権奪って終わりだよ。」
虚無の欠片は影響力が強い。
拒絶や怨嗟と同じようにその人の人格に強く作用する。
「わたしが主導権を得たとしても、貴方のせいで狂う。」
思い返したらそうだった。
虚無は何も無いのが普通。
それがもっているはずのない感情を持ってしまう。
最低限の入れ物しかない故に、少し水を注いだだけで溢れてしまう。
「わたしは誰とも馬が合わないからやめておきな。」
「でも。……貴方もいてこそ、朽木 楪だから。」
どれも、全て私だ。
気丈に振る舞うあたしも、死んだ目をするわたしも、子供のような私も。
全部楪のはずだ。
「勘違いしてるようだから言っておくよ。わたしも、あの偽物も。ふつうは存在しない。異常なの。それを自分と言い張る馬鹿がどこにいるの。」
「へー。虚無だから学もないと思ってた。」
「なんの真似?面白くない。」
「あたしの真似。」
ひとつ、決めたことがある。
私は、私として生きる。
それはそれとして、楪らしく生きる。
だから、今までとスタンスを変えないことにする。
「偽物の私は真似できるけど……貴方は出来ない。戦う時も、貴方が必要だと思う。」
「別にいいけど私を呼び出す度に蝕まれると思うよ?」
「他の欠片も取り込むから変わらないよ。いずれ私はおかしくなることは分かってる。」
怨嗟、これを取り込めば負の感情が強くなるだろうし、拒絶を取り込めば何も受け付けなくなる。
失意はまだ分からないけど、何も信じられなくなったりするんだろうね。
「でも、貴方がいる。全てを何も無いとする貴方がいれば少しくらい耐えられる。ね、一緒に沈もうよ。」
「……じゃ、一つだけ約束して。わたしと貴方。区別しないで。」
「いいけど……それはなんで?」
「いくら虚無と言えど、わたしだって楪だから。」
「わかった、だったら一人称はどっちでもあたしにしよう。」
「……うん、じゃ。」
ふっと意識が戻る。
空を見上げた。
普通の青空、雲がちょっと多いかな。
風は冷たくて、もうじき雪も降るだろう。
『ちょ!ちょいちょい!?リハリハ!?』
「また変な名前だね。」
『な、なんか入ってきてるッ!なんかァっ!?』
『別に間借りさせてもらうくらい良いでしょ。』
どうやらツキミの中に入り込んだみたいだが……。
「そんなことできるの?」
『概念だから。……別にコイツの人格には影響及ぼさないから気にしないで。』
『せーまーいー!!!!どいてよ!!!』
「狭いとかあるんだ……。」
『ない、適当言うな。』
『キーッ!!!』
刀に虚無が宿ったようだ。
さて、気分は落ち着いた。
自分を受け入れる準備もできた。
中に戻ろう。
残華から色々話を聞かないと。




