茨の道
「おじさーん、ウルゴアー!」
「楪さん、無事でしたか?」
「それはこっちのセリフだよ!大丈夫だった?」
寝そべっているゲイルの母親らしき人物。
それを心配そうに見つめている2人。
「俺達は無事だ。母さんも一応は。」
「私もできる限りの応急処置はさせて頂きました。」
「この先はどうする?足でまといは連れて行けないが。」
「それについては教会で預かることにしました。ラルのご友人ですし、これを見捨てる私でもありません。」
「いや、本当に助かる。あんたみたいな優しい子に看病してもらえるなら安心できるよ。」
話は既にまとまっていたみたい。
1番安心だろうね、地雷さえ踏まなければものすごく優しい性格だし、そもそもめちゃくちゃ強いし。
あの教会も滅多に人が来ない。
「じゃ、戻ろうか。まだ別の問題もある。」
「悪いが関与しないぞ。私が入ってどうこうできる内容でもない。」
そうなんだよなぁー。
ライラの時は私が殺して事実を有耶無耶にすることで良しとしたけど、今回はそうもいかない。
話をまとめて、互いに納得する結末まで持っていかなきゃ行けない。
「……ねえ、それとはまた関係ない話なんだけど。この国さ、本当に機能してる?」
こんな騒ぎを起こした後、飄々と出てきた。
普通にある程度狙われるかと思ったが、何も起きなかった。
侵入した時は確実に狙われていた。
「さっきの兵士達ですが、あの霊障の部下のようです。この国の兵士ではありませんでした。」
「尚更どういうことだい?不法侵入したのに国からはお咎め無しってことだよね。」
「楪、あんたなら気付いていると思ったが。」
「……んえ?…………あ。……そもそも人が居ないじゃん。なんで?」
入った時も出た時も、別のこと考えててあまり気にしてなかった。
今こうやってハッキリと周囲の確認をすると、人の気配なんて存在しなかった。
「もう既に廃国ってことかい?」
「いや待ってください、教会のシスター達は?前から連絡は取れていました。」
「……どこを探してもいない。」
首を振って否定した。
霊障に何かされたという可能性もあるけど。
「じゃあ、あの牢獄に捉えられていた人達は?」
「いなくなっていた。考えられるのは2つ。そもそもこの国は形だけしか残っていなかった。もしくは幽霊の国か、だ。大前提として、この国には大きな魔法がかけられている。何かは分からない。私とてただの元シスターだ。」
脳裏に浮かぶ、アイツの仮面。
記憶の中ですらヘラヘラしている。
夏場の蝿みたいに鬱陶しい。
「夜になれば分かるだろう。幽霊の国なら夜に奴らは活発になる。その辺もウルゴアに任せておく。さっさと戻るぞ。目の前の謎を全て解決していたらキリがない。」
さて、国を出て拠点まで戻ってきた。
想像よりは酷いことになっていない。
ソーンが連れていた騎士達は既にいなくなっていて、居るのは彼女だけだ。
両者とも落ち着いている。
「ただいま、こっちの要件は完璧に済んだよ。」
「……楪さん、おかえりなさい。」
ただ、重い空気なのは変わりない。
そういうのを嫌がりそうなネモとジャンは既にどこかへ行っていた。
当事者じゃないのに深く考え込んでいるライフィード。
どうにかしたいように見えるが、どうにも出来なくてソワソワしているヴェン。
「話は落ち着いたのかい?」
「……きっと私は殺したんだろう。罪のない人間を、無作為に、無造作に。道端に生えた雑草を刈り取るが如く。」
長い沈黙を払い除けて、ソーンは口を開いた。
「そもそも、間違っていた。私達精霊はお前達人間を守る存在だ。その方法は数あれど根本は変わらない。」
「……ソーン。」
アステリアが心配そうな眼差しを向けた。
同じ精霊同士、なにか思うことがあるのだろうか
「私は子供だった。ただただ、自由になりたい。自分の方法で守るべきものを守りたい。誰かを守る存在に1番必要のない浅ましいエゴを私は持っていた。」
「悪いことでは無いと思うけど。」
「正義は人を狂わせる。正義という概念の操り人形になり、私は考えるのをやめた。それに従っていれば正しい。そう思い込むからだ。何が正しくて、何が間違っているかを私は知ろうとしないまま私は堂々と殺しを行った。」
誰もがその話を口を閉じて聞いていた。
ライラは、拳を強く握りこんでいた。
……あんたは、いいんだ。
それもまた選択だ。
「アステリアの言う通りだった。ギルドだから信用できると高を括っていた。私は何にも縛られないつもりが、結局は正義に縛られ何も見えなくなった。……私は全て受け入れる。」
覚悟を決めたと、ソーンは来ていた鎧を脱ぎ始めた。
言葉の通り、復讐を受けるつもりなのだろう。
「言いたいことは分かった。」
口を開いたのは鈴蘭。
落ち着いてはいたが、言葉の端々に重みを感じる。
「じゃあ、聞いて。まず、私はあなたを許すことは出来ない。」
互いに真剣な目をしている。
この問題は、本人達だけで解決してもらうほか無い。
「でも、ソーンを殺したとしても気持ちは晴れないと思った。何をしたとしてもこの思いは満たされない。それくらい、貴女が私にした罪は大きいから。」
「言う通りだ。私は取り返しのつかないことをしている。」
その顔は苦痛で歪んでいた。
でも、それでも大人になろうとする少女がそこにいた。
「だから諦める。そもそも復讐って行為が幼稚なんだって。そんなことをして、得られるものは敵討ちをしたという少しの間の優越感だけ。」
出会って錯乱していたさっきの鈴蘭。
いつの日か、相談を受けてそれでも殺してしまうのかもと憎しみで溢れていた鈴蘭はもういなかった。
なんだ、みんながみんなあたしより大人だよ。
「それに、聞けば本当の敵はソーンじゃない。だったら、私の想いを貴女にぶつけるのも間違ってる。だから私から提案するのは一つだけ。」
息をひとつ飲みこんで、飛び切りの笑顔で。
「一緒にゴメンなさいで終わりにしよう。」
ソーンは、涙を堪えていた。
せめてもの礼儀というものかは分からない。
食いしばって、切り替えて。
「……本当に、申し訳なかった。謝って許されるものでは無いと分かってはいるが……。」
「うん、私もごめん。……この話はもう終わりにしよう。深く考えてもしょうがないから。」
大人になってやっと辿り着けるような考えに、既に至っている。
鈴蘭は優しいから、誰も傷つかないで誰にとってもいい結末を迎えることを望んでいたんだ。
そもそもみんなを守るのが仕事。
殺すなんてしたくなかったんだろう。
……ただまあ、一件落着。
にしてもこの暗い空気をどうするか……。
あたしですらここで口突っ込む程デリカシーない女なわけじゃない。
「おう、話し合いは終わったか?あまり好きじゃなくてなああいうのは。魚釣ってきた、もう夜も近いし飯にしようぜ。あんたも食っていくか?妖精の騎士さんよ。」
沈黙を切り裂いてくれたのはネモ。
「……私が?……いいのか?」
「んあーそうか。敵なんだっけか?」
「いや、その。」
「いいんじゃない?話聞いた感じ行く宛て無さそうだしさ!暫くは匿うってことでどう?鈴蘭。」
マスターのからの判断を仰ぐのはどうせOKしか返ってこない。
本人に聞くのが1番だ。
「うん、大丈夫。」
そう笑顔で言う彼女だが、素人目で見てもわかるくらいには辛そうな顔をしている。
嫌だ、という顔では無い。
メンタル的にかなり負担がかかっている。
本音ではあるんだろうけど、それでも気付かぬうちに疲れてしまうのは有り得ること。
私はラルと目を合わせた。
あっちは大きなため息を着いた。
やってくれるだろう。
なにせわたしのことも見てくれたんだ。
さて、雰囲気は一旦落ち着きを見せてソーン自体もアステリアの手助けもあり少しだけ馴染んだ。
「ソーン、楪。用がある。」
ラルからの一声。
ゲブラーの話だろう。
「参ってるところ悪いが、こちらも事情がある。ギルドに関わりがあったのなら色々と聞きたいことがある。」
「話せることがあるなら是非。」
「あんたは精霊だ。精霊は人の善意や悪意を機敏に感じとると聞いたことがあるが。」
「事実だ。ギルド本部を疑っているのだろうが、紛れもなく上層部は白と言っていい。」
これまたキッパリと。
「ただ、私達赤薔薇騎士団が今回関わったのはギルド本部と、ギルドゲブラー支部。……怪しむなら後者だろう。」
「……なら尚更おかしい。」
「人がいないという話だろうか?」
「知っているのか?」
「ゲブラーには特殊な魔法がかかっている。真実が知らされることのない、事実を秘匿する魔法だ。一般的な人間であれば何かを隠されているのに気づけないだろう。」
魔法とかなんとか、またあたしの専門外の話。
数字の難しい問題みたいだ。
「私達精霊ならばそれに抗えるだろう。……贖罪になるかは分からないが、貴方達に同行する。」
「ウルゴアと合流する予定もあった、ちょうどいい。」
「謎解きフェイズだね。」
「ありゃ?入口に門番がいるよ?一体どう言う……。」
「……まて、見えているのか?私には何も見えない。人は愚か建物すらも。」
「……既に私たちは嘘を見せられているらしい。」
なんだかすごい話だ、魔法ってそんなに凄いことも出来るんだ。
と、感心していたところ。
暗い空に人極め目立つ輝く光が空を飛んだ。
こんなに遠目でもわかる、ウルゴアだ。
上空に向かって上がっていた光は角度をこちらに変えて流れ星のように落ちてくる。
着地は音もなく行われた。
「最悪の展開です、ここは国なんかじゃありません。全て嘘です。ゲブラーという国は存在しません。」
「どういうことだ!?1から100まで何も無いって言うのか?」
『よくもまあ、人の敷地に入ってギャーギャー騒ぐものですね?』
どこからともなく聞こえる声。
『改めて自己紹介しましょう。私はギルド本部……と言うよりはもう独立した存在と言えますね。この世界をよりよく作り替える素晴らしい組織、クローバーの一員。霊障と申します。ポルターと呼んでもいいですよ?』
「ウルゴア、2人なら。」
『おおっと、アレは痛いのでご勘弁を。というか別にやってもいいけどワタクシら、死んだ魂の擬人化みたいなもんだからいくら成仏させようが、死人が無くならない限り復活しますよ?』
シスター2人揃って舌打ちした。
明確に殺意出てんね。
確かにムカつくけど。
「へえ、随分胡散臭い組織だね?」
「アナタ達にはいわれたくありませんね?」
「ぐぅの音も出ない!」
「……んで、何が目的なんだアンタらは。」
『ハッキリ言えば知性ある生物全ての根絶。そのくらいわからん?』
前にも増して、喋りがコロコロと変わる。
死んだ人間の数だけ、人格があるってことかな。
『一つだけいい事教えてやる。黒い方のシスター、片腕の女。お前らはきっといい死に方しない。』
「いまさら何さ。そんなの分かりきってる。」
『と、思ってるだろ。特に片腕。お前には死すら生温い。分かるんです、雰囲気でね。』
「ポルターって言ったっけ?待ちな。私の……」
話終わる前に頭に響く声がすっと無くなった。
……死すらあたしにとっては優しい?
どんな結末を迎えるってのさ。
「……何はともあれ、本当に一件落着ってとこ?」
「らしい。」
「……しかし困りました。連絡をシスター達もあの生き損ないの仲間だとするのなら、内部の情報をかなり伝えてしまっています……。」
「……ある程度は仕方ない。お前と居ると暇しないな、楪。」
皮肉たっぷりの顔でこちらに言葉をなげつけてくる。
ウルゴアはウルゴアで未だに居ないはずのポルターに殺意とばしてるし。
「……ん、先帰っててよ。もうちょっとだけソーンとお話していくからさ。」
「私が言うセリフじゃないが、早く帰ってこい。」
こちらを見ず、直ぐに来た道を戻って行った。
さて。
「何か用か。やはり始末する……のか?」
「そんな物騒な人に見えるかい!?」
「善意も悪意もどちらも微塵もない人間は初めて見た。警戒はしてしまうよ。」
……精霊からもお墨付きだ。
「……アステリアについて聞きたくて。一応知り合いなんでしょ?」
「そうだ、人の言葉で言うところの同期だった。……アステリアは生まれた頃から病に犯されていたらしい。」
「そうかー。やっぱり助からない?」
「無理だ。精霊に人間の薬は効かない。……健気なやつだよ。何度もアステリアに声をかけた。どうせ死ぬのなら私と一緒に外の世界を見ようって。」
そうならなかったのは、考えるまでも無く精霊王に一途だったのだろう。
神様を崇めるのが当然なように、アステリアも精霊王を心から尊敬していた。
「ずっとアステリアは使命があるから、それは出来ないと頑固だった。テコでも動かない。」
「実はさ。アステリアからこう言われてるのさ。死んだら、私を刀にしてって。正直あの子がそこまで私のことを思ってるなんて知らなかった。」
「……精霊王、だろうな。アステリアが生まれた当初は本当に人形みたいなやつだった。喋らず、最低限の受け答えしかしない。言われたことを黙々とこなす操り人形。」
あんなに好奇心旺盛で、海ではしゃいでいたのに?
知らなかったな。
人ではなくとも、心は変わるものか。
「そうなったのも、精霊王のお陰だ。」
「そこにいる精霊さん。聞こえる?」
「はい。」
「私が精霊王。月女神イルミナとも言われてるんだ。貴方は?」
煌めく蝶の羽が背にある。
暗い夜を照らす眼がある。
この世界の闇を晴らす存在が、そこにいる。
精霊達を統べる王、そして月の力を持つ偉大な精霊。
たとえ、どんな世界が過去にあろうと。
どんなことが未来に起ころうと。
いつまで経とうが、あの月と太陽は変わらない。
「名前は、まだ。」
「そっか、貴方はなんの精霊かな?」
「私。……私は、星。星の精霊。……貴方は私が従うべき存在ですか。」
「そうかも、夜空に月だけじゃ寂しいからね。一緒にいてくれたら良いな。」
「貴方は、月。なの?」
「……私は私。貴女も星じゃない。他の誰でもない貴女だよ。」
その精霊は言葉の意味を理解できなかった。
「私は、なんのためにいるのでしょうか。精霊王。」
「私達精霊は、知らないうちに生まれて、知らないうちに消えていく。生まれた意味は、自分で決める。」
大人びている精霊王。
なのに、どうしてかどこかあどけなさがある。
幼いようで、落ち着いている。
捨てきれない童心がある。
「そうだね、じゃああなたに名前を授けます。あなたの名前はアステリア。この世界のことを沢山学ぼう。」
「…………それが命令なら。」
「そこからはすぐだった。知識を付けるのが好きになったみたいで、貴方達が知るアステリアになった。」
「ここも聞いておかないと、精霊王って一体何者?この剣の持ち主を探して欲しいって。」
「━━━━━━━━━━ああ。そうか。……気付くのが遅かったな。」
酷く遠い目をしている。
「その剣についての詳細な情報は分からない。……でも、精霊王はその剣を命より大事にしていた。……1度聞いたことがある。その剣は一体どんなものなのか、と。」
「……なんて答えたの?」
「大切な人の忘れ物、と。」
……忘れ物。
単純に考えるなら持って帰り忘れたって話だけどそんな浅い事情だったらこんなことさせてない。
そもそも世界の始まりから生きてるとか言われてる精霊王の大切な人?
生きてる?
あたしはもしかしたらかなりの無理難題を押し付けられてる?
「アステリアも、そんなに必死になる理由も分かったよ。……あの欲すらなさそうな精霊王。そんな方が言う我儘だ。誰だってやってあげたくなるだろうな。」
そんなに慕われてるんだ。
何も情報をくれないからあたし視点じゃ相当怪しい人なんだけど。
「疑う気持ちも分かる。ただ私からもひと押しする。精霊王様は間違いだけはしない。ただ、最適も選ばない。気が遠くなるような、多くの関わった人全てが納得出来る終わり方を。あの方は求める。」
「私はアステリアの終わり方すら納得できてないけどねぇ……。」
「……アステリアは、生を終えるその時に今まで生きてきた意味を見定めようとしてる。本人が良ければ、それでいいだろうさ。幸せなんだ。」
「……そういうもんか。」
「それに……楪。精霊王はきっと、お前すらも救おうとしているはずだ。」
きっと今、ひどい顔をしていただろう。
誰にも見せられないような、醜い顔。
私を救う、か。
笑えるなー本当に。
…………もう、手遅れだっての。
「……ま、ある程度は聞けたしいいよ。」
「それでも長生きしている方だ。予定であればもう動けなくなっていてもおかしくない頃合。それほどお前達に活力を与えられたということだ。」
それに関しては頷かざるを得ない。
精霊王の言っていた期間も既に超えている。
……全て知った上でのちょっとした嘘なのかもしれないが。
「……ちなみに、これからはどうするの?」
「今の私がしなければいけないのは彼女への贖罪。……鈴蘭の記憶から真っ先に消える事だと思っている。」
「最初に会った時とか、戦ってた時と比べて随分性格が弱気になったね?」
「……ならない方がおかしい。」
「ごめんごめん、あたしなりの『頭冷やせ』だったんだけど。……少なくともそれは逃げだと思うよ。あっちから歩み寄って来てくれたんだ。お礼は返してあげなよ?」
「いいのだろうか。……傷を抉ってしまったりはしないだろうか。」
「人を守るのが使命だったんでしょ?それくらいやって見せなね!」
「……確かに、その通りだ。」
サラリと、こっちの方のメンタルケアも済ませて聞きたいことも聞けた。
……そして。
「もう、楪さん。探したんですよ?……ソーンもいたんですね。2人で秘密の会話ですか?」
「おうさ!アステリアの昔話をちょいと摘んでた。」
「へ、変なこと話してないですよね……?」
「当たり前だ、物語の読みすぎで精霊王をママと呼んだことは一言も口にしていない。」
「ちょ、ちょっとっ……!」
空気も元に戻ってきた。
なんだかんだ、こういう方が過ごしやすいや。
「ほら、鈴蘭って一応戦いでは私達の先頭に立って守るタイプの子だからさ。騎士のアンタなら教えられることくらいあるでしょ?」
「そうだな、本当に弱気になりすぎていたかもしれない。」
「さ、あたしお酒飲みたいし!戻るよー!」
「ソーン。」
「……なんだ?」
楪を見送って、その後をついて行こうとする2人。
後ろを歩きながら、会話を始めた。
「私は……1ヶ月持つかどうかです。」
「そうだな。」
「この旅を道半ばで終えてしまうのが本当に悔しくて。」
「……アステリア。」
互いに顔は見ない。
夜の暗闇に輝く、宝石の精霊。
昼の日差しを受けてなお凛々しく咲く花のような騎士の精霊。
「もう、手は動きません。最近は皆さんのお手伝いもすることもあまり出来ません。魔法を使えど、自分の傷を広げるだけですから。」
「あえて聞きたい、アステリア。そこまでする価値があるのか?」
「正直、楪さんのことは未だに分かりません。触れずにいましたが、あの人はそういう人ですから。……それでも、こうして共に旅をして、仲間を得て。楽しいってこういうことなんだ、嬉しいってこういうことなんだと、沢山体験しました。」
ひとつの雫が落ちる。
「……え。」
頬を伝って、ソレは本当に落ちてきた。
「そっか……もう、涙も流せないみたいです。」
掌を広げた上にあるのは、水滴ほどの綺麗な宝石。
涙すら、宝石へ変わり果てる。
彼女に残された時間はもうないのだろう。
「でも、楽しかった。私はこれで十分です。……次は貴方ですよ、ソーン。貴方には時間が沢山あります。」
「……ッ。」
同じ精霊だと言うのに、残酷な事だ。
生まれた時期も、ほぼ同じ。
それなのに残された時間はこんなにも差がある。
「勘違いしないでください、貴方の今までは無駄だったなんて言いません。全て意味があるんです。どうか私のようにならず、悔いのない時間を過ごしてください。」
「すまなかったな。……そしてありがとうアステリア。」
「……ソーンも。関わりは多くありませんでしたが、それでも貴方が自由を手にするべきだと私に手を差し伸べてくれたこと。今はずっと感謝しています。」
同時に空を見上げた。
星が輝く夜空がある。
夜を照らす月がある。
「……でも、ちょっと楽しみでもあるんです。」
「……?」
「星の精霊、その存在が終わりを迎えたら……えっと、笑い話じゃありまんからね?……私は星になるんです。あの空から皆さんを見守れる。」
「……見守っていてくれ。私も覚悟を決めた。」
「なーにぺちゃくちゃ喋ってるんだーい?会話が弾むのは分かるけど速く戻らないと心配されるよー!」
彼女らはその場を後にする。
罪と向き合う精霊と、終わりを迎える精霊。
自由を掴まんとし、正しさを失った騎士。
許されるのでは無い、認められる為に覚悟を決めた。
何も望まなかった人形は、今や何もかもが欲しい。
楽しい思い出も、これからの時間も、大切な仲間も。
それは叶わない、誰しも終わりは来る。
「未来は無いんじゃなく、創るもの、か。」




