怨嗟の刀、虚無の刀
「霧は消える、虚ろに行くよ。」
わたしは直ぐに戦闘態勢に入る。
……ただ、ここじゃあちょっとやりすぎてしまう?
周りに被害が行く。
おびき寄せつつ、誰もいない場所に引き付けたいけど。
「クァァァ……。」
1ミリでも動いたら斬られそう。
あまりにも圧が凄い。
人間の域ではないのは見てわかるが、恐らく戦いも桁違いに優れている。
構えは人の性格が出る。
わたしは見ての通り自然体。
あるがままに受け、流れに身を任せる。
どこに力を入れるでも、どこに意識を向けるでもない。
ただ呆然と立ち、戦うという意思だけを明確にする。
対してあちらは、最早わたしを見ずに抜刀の用意。
姿勢は低く、狙う先を相手にすら明確に見せつける。
それが示すところは、この化物の前には今の1度もソレを咎められたことがない。
殺意すらむき出し、抜刀する方向も予測できる。
そんなのを未だこうやって続けるのは余程のバカか、猛者の2つしかない。
「わたしと正反対だ。あんた。」
私が左足を動かす同時に、切り上げが飛んでくる。
会えて全力で受けに回る。
ここでおっぱじめるのは本当に酷いことになるから。
軽くジャンプしながら刀でそれを受ける。
相殺されないギリギリの力加減で、と考えたのも束の間。
わたしが全力で鍔迫り合いになったとしても、負ける。
そんな確証があった。
そのまま力の勢いで後ろの方に吹き飛ばされる。
離れられたので良しとする。
怪我も無い。
「……これで壊れない刀って存在するんだ。」
『あたしちゃんと同じって訳ではなさそうだよ。』
余程の名刀とみた。
乗り換えるつもりは毛頭ないけど。
……いいよ、楽しくなってきた。
ここはひとつ、あたしの本気で乗ってみるのも一興かな。
「もっかいだけ霧撒かせてもらうよ。怪物さん!……あたしの本気、喰らってみるかい?」
体の重心を意識、刀を体の一部と認識する。
構えを取り、神経を研ぎ澄ませる。
出来うる限りの集中。
霧の構えは相手をいなす事に長けていなければ、攻めることにも長けていない。
利点は難しくないことくらい。
「クァァァァアアアア…………。」
まだ鳴き始める。
片腕という都合上、初撃は必ず手首を捻らなければならない。
もしくは深く潜り込んでの切り上げか。
両手用の構えをそのまま片腕にしたのが霧の構えなわけで、そこら辺の変な部分は仕方ない。
そもそも片手で刀を持つ時点でおかしいから。
さ、全力で死合ってみよう。
「……!!」
1歩踏み込み、あちらも即座に反応。
……即座のレベルじゃない。
あたしが1歩目の足を地面に踏み付ける前に既に動いている。
確信した、人間じゃない。
名前も顔も分からない、目の前の化け物に。
容赦なく神速の一撃を叩き込む。
剣戟が鳴り響く。
空中から降りてそのまま叩きつけるような斬撃。
技のわの字もないやつ。
あちらもかなり驚いた様子。
素早さと、力、技術。
あたし自信に点数つけるとしても100点。
「朽木流、相手するのは初めてでしょ?もっと苦しい思いするから。」
先も言ったようにあたしは片手だ。
鍔迫り合いが起きると安定しない。
例え相手側の力が弱かったとしても、受けはかなり厳しいものがある。
力が拮抗しているとバランスを崩しやすくなる。
だからあたしは技術を鍛えたけど、結局は付け焼き刃。
すぐにすぐにと次の行動に移動しなければならない。
1度距離をとられてしまう。
脳筋って訳じゃなさそうだ。
自分が優位になるような立ち回り。
チャンバラごっこで勝ったんじゃない。
殺し合いをして生き残ってる。
あっちはあたしの隙を狙ってるみたい。
だけど、あいにく隙だけは見せない自信がある。
「真っ向から勝負と行こうよ。抜刀術、得意なんでしょ?」
納刀して挑発する。
言葉を理解してるのか分からないが、深く構えを取った。
いいね、意外と話がわかるじゃん。
また、深い殺気かぶつかってくる。
抜刀。
あたしが1番悩んだ部分だ。
どうにも、片手じゃ簡単に抜刀することさえ出来ない。
片手で抑えなければ鞘と一緒に飛んでいっちゃう。
まあ常に鞘から抜いたらいいじゃんと1度は思ったんだけどさすがに物騒。
たどり着いたのはまた脳筋みたいな方法で、ありえないくらい早く抜く。
ただそれだけ。
「……。」
「クゥゥゥウォォォオ……。」
時間にして数秒の長い時を過ごす。
集中すればするほど、1秒が長い。
聞こえた、刀を握り込む音。
「抜刀、霧。」
「クゥアアアアアアッ!!!」
一気に体を落とす。
低く、目の前に地面が上がってくるくらい。
刀を水平に、まだ抜刀しない。
持ちうる限りの速さで地面を蹴る。
鞘はからんと音を立てて落ちる。
あたしは鉄砲のように飛んでいく。
相手は動き出した所。
あたしは利き手の反対側に鞘をつけてる。
このままの姿勢で抜刀した場合、できる斬撃は右方向への移動を伴う斬り方のみ。
どんな攻撃も予備動作がある。
切り上げなら体側に刀を入れる。
突きなら肘を内側に入れる。
今は体側に刀を入れている。
切り上げ、もしくは切り払い。
あっちはどう来る?
本のページみたいに、視界を捉える。
1ページ目、2ページ目。
「うおっ。」
予備動作がない。
見えなかった?
あたしが?
いいや、絶対になかったと断言出来る。
技術とかそういうレベルじゃない。
構えから、抜刀の動作に移行してない。
あたしに対して、切ると決めただろうその瞬間にその予備動作を完了している。
本のページを抜き取ったみたいだ。
がきんとかち合ったその瞬間に刀同士を滑らせるようにして攻撃をいなす。
あっちも斬り上げ、逃げた刀は空気を斬る。
あたしはまだ勢いを殺していない。
進み続けようとしている体を右足でブレーキ。
それだけで身体は止まる事はない。
左半身はまだ止まらない、その勢いを利用して斜めバク宙。
そのまま一閃。
「斬、とった!」
綺麗に斬ったと思ったのもつかの間、根本的な話を忘れていた。
「……死なな〜い。」
怯みもせず、斬ったと余裕ぶっこいてるあたしの体は隙だらけ。
師匠も教えてくんなかった!
斬った後に死なない敵の対処!
「ギイッッッ!!!」
力強くも、速い一太刀。
その太刀筋は首を確実に捉えていた。
「やっぱさっきのなし、本気で。」
死合いを楽しむのは無理だってことで、本気の死合いを。
「虚。」
全身を脱力状態、無駄な思考は一切無し。
相手を切り伏せることだけ考える。
できる限りの回避行動。
幸運にも、横っ腹だけが切り裂かれる。
内臓に達さなかっただけ良い。
どれだけわたしがイカれてようと、内臓やられたらどうしようもない。
空中で体制を整え、しっかり着地。
ただ、あっちは攻撃する余裕がまだないわたしをさらに追撃しようとする。
止血もしたいところだが、そんなことを許してくれるほど甘くないだろうし。
「ゼエエエエッ!!!」
「漓忌神。」
太刀筋は見ない、体の感覚だけを敏感に。
皮膚に触れたその瞬間に回避行動。
相手には斬らせたという錯覚を持たせることができる。
それが通じるのかはさておき。
「全力ぶつける。」
加速、相手に急接近。
あの化け物は見た感じ、どんな技を使っているのかを見てからそれに対応出来る技を体が勝手に出すみたいな感じ。
なら、突きがいい。
「はっ。」
吹き飛ばす位力を込めて鋭い突きを。
突きは良い、避けるか受けるかカウンターの3択になる。
受けるという選択はそもそも非現実的、実質2択。
避けられても、そのまま斬ればいい。
鎌みたいな動き。
突いて斬って、突いて斬っての繰り返し。
ダメージを与えている感覚はないものの、攻撃を受けた際に大きく体は動く。
少なくとも、得がないことは無い。
そう信じたい。
「反撃、しないの?」
驚いたのは、できるであろう反撃をせずただ攻撃を受けていたこと。
「いいけど、奥の手行くよ。」
1対1の状況で使える、昔からずっと改良を重ねていた技。
今の状況なら行ける。
続けている連撃を角度、速度を変え続ける。
全方位からの斬撃、斬る回数すらまばらに刻み続ける。
完全に予測不可能なはず。
大抵普通の人間なら最初に斬った時点で終わっているから、使うはずのない技。
「グ、ガアアアアアアアッ。」
痛みを感じたのかなんなのか分からないが、呻き声を上げ始める。
確実にダメージはあるようだ。
「私に朝は無い。……虚無の夜へ、さようなら。」
両足を狙い、大きく体制を崩す相手。
膝をつき、刀すら手から落ちる。
今が決め時。
ゆっくりと、無防備に。
威圧的に、隙なんか微塵もないように感じさせる。
1度も反撃されないまま眼前まで歩く。
「月霞・朧。」
袈裟斬り、一閃。
さっきまでの殺気が嘘みたいに、倒れる。
肩から斜めに両断。
さっきまで切断することすら出来なかった体が2つになって転がっている。
「……いや、それこそ嘘だ。お前みたいな化け物が、死ぬはずが無い。」
ふと、腹の怪我を思い出す。
悪い癖だ、死ぬこと以外は怪我ですらない。
「━━━━━━━━。」
ない。
傷跡がない。
あの時確かに、私は斬られた。
どういうこと?
事実がねじ曲がってる。
そうだ、当たり前だ。
互角に殺りあってた相手なのに、あっさり死ぬのはおかしい。
既にわたしは、罠にかかっている。
「……オオオオオ…。」
地面から、生えてくるようにさっきの化け物が現れる。
斬る気は起きない。
精霊王と同じだ、戦いになってない。
『何故。』
「いッ……た。」
殴られたような頭痛、同時に響く声。
感情なんて、どこかに忘れてきたはずなのに。
わたしに訴えかえけるその声は、私自身を思い出させようとしてくる。
『何故私だけがこんな目に。』
『何故。』
『私は皆の為に。』
『バカバカしい。』
『守ろうとした皆を、何故殺さなければならない。』
『何故。』
『少しぐらい、褒めてくれたっていいのに。』
『殺せばいい、気に食わないなら殺せばいい。』
脳が声だけでいっぱいだ。
自分の思考すら危うい。
その声に取り込まれそうになる。
理由もなくその言葉に犯され、怒りを覚えていた。
『恨めしい、憎たらしい、こんなにも私はお前達の為に。』
誰の声なのか、なにがあったのか。
こんなわたしに訴えかける理由。
分からない、嫌悪感が激しい。
「ッ……キッついなぁ。」
自分を保つために、自分じゃない偽の自分を持ってくる。
コイツの記憶なのか?
聞こえてくる声は、幼いようで、歳をとっている。
低くて、高い。
男とも女とも取れる。
早くこの場所から消えたい。
「ツキミ、聞こえる?」
返事は無い、やはり、現実では無い。
理性的な判断ができず、目の前の化け物を斬る。
「アァアァ……。」
それはドロドロに溶けていく。
……現実にいる気がしない。
どこかからか、すり替わっている。
そう思った瞬間に、景色が変わっていく。
さっき居た場所じゃない。
死んだみたいな荒野。
見渡す限り、死んでいるという表現が正しい。
土地は干からびて、植物は枯れている。
空は曇っていて、それがずっと続いている。
『嫌だ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。』
また、響く。
今度は、嘆いている。
『もう嫌だ、逃げたい。助けて、泣きたい。なんで誰も助けてくれないの。』
同情なんて柄じゃないのに、感情は湧いてでる。
捨てたのに、またいる。
もう、帰って。
辛いから。
「……あー。」
……ダメだ、自分すら見失う。
感情だけは戻ってきて欲しくない。
壊れないために捨てたんだから。
いらないから排除したんだから。
「だから。」
脳じゃなく、確実に耳にその声が聞こえる。
周囲を見渡しても誰もいない。
聞こえたはず、間違えてる?
「だからぜんぶすてた。」
「もうなにもかんじたくないから。」
「かなしいも、くるしいも、たのしいもよけいなものだから。」
「くるはずのくつうは、えいえんにさきのばしにした。くるしいのはいらないから。」
脳で響いた声はピタリと止まって静寂が訪れる。
「あなたは、わたしのいちぶ。うらみだとか、よくぼうだとか。いらないでしょう。」
ああ、そうだった。
私はそうだ。
もうこんな思いはしたくないからと。
「わたしには、何も無い。」
ハッキリと、鈍っていた意識が明確になる。
なったところで、だけど。
「でも、おねがい。どんなわたしのいちぶでも。ぜんぶ、我儘なねがいごとがあるの。」
「どうか、どうか。」
「━━━━━━━━━━━わすれないで。」
世界が壊れる。
「ッ……!」
戻った。
腹切られる前。
それに覚えてる、今度はしっかり覚えてる。
前みたいに、なにか思い出したかも、じゃない。
最初から最後まで全部。
それで、あの化け物は……いや、それより今なら勝てる。
今、ヤツに詰め寄る瞬間、腹を切られる前の所。
今から止めるってのはダサいので、斬る。
想定通り、鍔迫り合い。
またいなして、バク宙!
同じ技は2度喰らわない。
斬ると見せかけ、空中でカウンターの斬撃を受ける。
「ヴゥアッ!?」
どうやらあっちも驚きの様子。
着地して、首元まで一気に距離を詰める。
動かしたら切り傷ができるくらいまで刀を近づける。
「……ねえ、あんたさ。どうやらわたしら、元は同じモノみたいだよ。」
確信を持って、その言葉を伝える。
元がなにか、それは分からないけど。
少なくともわたしとコイツは、壊れたモノの部品の一部だ。
「これを聞いたところであんたは恨めしくて仕方ないだろうし、わたしはわたしでなんでもいい。」
わたしの言葉を聞くと、すっかり殺気が無くなり背を向けた。
呻き声も消えて納刀した。
「またどこかで会いそう。その時まで決着はお預けで。」
聞いてるのか聞いてないのか分からないまま、彼は消えていった。
「……わたしってどうしてこう……謎を集めるのかね。」
言葉を続けようとして、ツキミが話しかけてくる。
『……ねえ、記憶拝借したけど今の楪から、懐かしい感じがする。楪の手に収まっていたいような、そんな感じ。』
「……あー。そっか。なるほどなぁ。いよいよ持って全部終着点がひとつになる気がしてきた。」
わたしに接触してきた、誰かの虚無。
わたしを構成する虚無。
それは、紛れもなくツキミの……。
いや、ルドベキアという剣の持ち主だろう。今までこんなこと無かったし、ツキミがトリガーになってるのは間違いない。
それに、さっきの化け物の刀使いは、私と同じ感じで恨み的な何かを内に持っている。
それならあの殺気も納得出来る。
『あと……さ。今の楪、どっち?』
言われて気づく、わたしなのに、面白おかしく取り繕うあたしもいる。
「それは置いとこう、気を付けるし。……あたしと同じように、誰かの一部に取り付かれて変わった人間、他にもいるのかな。」
数秒考えて、また頭を抱えてしまう。
「あー、そっか。エリカだ。」
繋がった、繋がってきてしまった。
ウルゴアの妹のエリカ。
ウルゴアが言うにはとある事件が原因で神にあのように変えられてしまったと言われている。
……こじつけに近いけど、元が同じ部品の一部という話なら攻撃されなかったことに理由が付く。
あたしが虚無ならエリカはなんだ、純粋?
「……後で考えることにしよう。2人の様子見に行かなきゃ。」
大急ぎで、ラルとゲイルの方へ。
戻ってみると、ゲイルとゲイルの母はいなくなっていて、悪戦苦闘しているラルと霊障だけだった。
「おまたせ、おじさんは!?」
「虹色のガキが思ったより雑魚だったからウルゴアの方まで合流しに行った。」
「じゃ2対1だね。」
「ふーむ、負けることは無いが、勝つことが出来ない、といった感じですな。こちらとしても既に看過できない敗北っぷりですので帰らせて頂きましょう。 虹っ子におしおきしなきゃならないので。」
今度は足跡残さず消えていく。
甘さ見せたら攻撃しかけてくると思ってた。
目標達成だ、みんなのいる所に合流点しなきゃな。
……まだ鈴蘭の件、解決してないなぁ。




