8頁目 色と棘
俺は時々、思い出す。
嫌な記憶だけど、忘れちゃならない。
ライラと俺。
産まれはゲブラー。
戒めの国の名の通り、結構規律に厳しかったりする国だ。
言うほど他の国とは変わらないが、特殊なルールがあったりする。
……それも、他人から聞いたくらいだが。
俺達は本当に産まれがゲブラーなだけ。
実は俺達双子も、いいとこ育ちのはずだった。
名前は知らねぇが、赤い髪だったことは覚えてる。
それで、俺達が生まれ、育てて。
物心が着いた時に言ったんだ。
『その髪の色は、正しく忌み子。私達の子供なんかじゃない!消えてしまえ!』
ひでぇよな、ほんと。
今でも憎くて、ぶん殴りたくなる。
そうして家から放り出されて、2人でスラム街で生きるしか無くなった。
ゲブラー国内という訳でもないただのスラム街。
俺達の髪の色ははっきりいって珍しい。
そりゃ分かってる。
だからって、スラム街の奴らは俺達の髪を抜いて売ってやろうと言う。
ただ、奴らも奴らで同じ貧民だ。
生きるのに必死で、悪に手を染めただけ。
明日生きてるか分からないくらい腹が減ってるのに、食べ物を絶対に盗むなと言えるか?
ただ、悪いのはそうなってしまった原因の方だ。
忘れたくても忘れられない、俺達の過去━━━━━━━━
「……ん〜〜。」
それなりの日差しに当たって目が覚める。
平均的な朝。
心入れ替えて一日目からぐーたらしてられないしね。
自らそうしようとは全く思ってなかったけど!
軽く伸びをして、周りを見る。
みんな起きてる……と思ったけど、ネモが寝てる。
見張り番が終わって寝てる……いや、私がやってたからネモじゃないか。
珍しく、ぐっすり寝てるわけだ。
「あたしのが伝染しちゃったかな?」
なんて。
目も覚めた。
周囲を見渡す。
暇そうに座ってるヴェン。
商売道具をいそいそと検品するペルナ。
リナリアとアステリアは掃除。
マスターはいつ見ても寝てる気がする。
鈴蘭は見張り。
その近くで鈴蘭と話しているライフィード。
ジャン、レンはいつも通り。
「っと。」
力を入れて立ち上がる。
もっかい伸びをして体を動かす。
片腕ない故に、よからぬ負担の掛かり方をすることも多い。
「ん、おはよーライラ。」
「おはようございます。……すこし声は抑えめでお願いしますね。」
寝ているネモの近くで寄り添うライラ。
心配そうにみつめている。
何があっても姉って訳だ。
「何かあったのかい?」
「いえ、何かあるというわけではないんです。ただ、年に数回、こういうこともあるとだけ覚えていただければ。」
深い話は聞かない方がいいかな。
音を立てずに、ライラの隣に座る。
「そういえば、どこに向かってるんだっけ?」
あたし達の予定はパーになっちゃったから無し。
流れでかなり早い段階で出ることになったけど。
「ティファレイト、美の国とも言われる国らしいですよ。」
聞いた覚えがある。
たしか、アステリアが言っていた気がする。
どんな場所か聞いてみようとアステリアに声を掛けようとするが、忙しそうなので後に。
「楪さんも大丈夫ですか?この前は長く眠ってたから……。」
「ああ、それに関しては気にしないでおくれ。ま、お互い様さね。」
「……少し失礼かもしれませんが、ひとつ聞きたいんです。」
「なんだい?」
神妙な面持ちで、話を切り出した。
「楪さんは早いうちに両親を亡くされたと聞きました。どんな方だったのでしょう。」
「んー。なーんにも変わらない普通の親だったよ?怒る時は怒るし、優しい時は優しい。理不尽な時は理不尽。まあ母の方がちょっと怖かったかも?」
何せ亡くなったのも割と早い段階。
それこそあたしが腕を無くして数年とか。
どっちも流行病で亡くなっちゃった。
「……これは誰にも話してないんですが。私達は親に捨てられたんです。」
「へぇ。」
孤児、か。
言ってしまえばあたしも孤児だけど、師匠が親代わりだったし傷付いたとかは無いな。
「面と向かって要らない子だと。そう言われ捨てられました。」
「なるほど。」
苦虫を噛み潰したような顔。
ある程度長い髪を弄るライラ
「でもなんで?」
「髪の色。」
「色?」
「はい。見ての通りこの薄紫の髪の色ですが、本来私達の家系の髪色は綺麗な赤色。……忌み子だと。」
「そりゃ酷い。」
理不尽な話だ。
髪の色だけで子供を捨てる。
……普通は子どもが出来たら喜ぶべきだ。
それなのに、髪の色に拘る。
「貴族生まれかい?」
「どうしてそれを。」
「状況証拠さ。ネモから貴族にはいい思い出がないって聞いた覚えがあるのさ。そして子供の存在に素直に喜ばない。何かしらの見栄えを気にするほど余裕がある。金持ちしかそんなことはしないだろうね。」
「頭が良いんですね。」
「んや、回転がいいのさ。頭は良くないよ。」
謙遜も慢心もそこそこに。
鈴蘭も、復讐したい相手がいると私に相談してきたことがあったな。
「なんだい?あたしにどうにかして欲しかったりするの?」
「……いえ、分からないのです。この苦しみを、この怒りを誰にぶつければいいのか。親を責める……それはできません。なんであれ、産んでくれたのは両親だから。だからといって許すことも出来ない。」
自分をこんな目に陥れた、憎いと思う悪意と。
それでも産んでくれた親への感謝の善意。
それらが混じりあって、何も分からない。
「何が正しいのか分からない?」
「……はい。」
「じゃあさ、もし両親に会ったらどう?」
「……きっと、憎くてどうにかなってしまうのかもしれません。」
「ネモはどうかな。」
「……この子はきっと、手が出る。ああ、私がとめなきゃないですね。」
少しだけ、優しさのある顔をする。
いい顔をするじゃないか。
それでいい。
「ライラが大切なのは昔の思い出なんかより、今じゃないのかい?ネモの事をそれだけ思えるなら、ネモに何かしてやればいい。それでいいんじゃないかい?」
「……自信がありません。私も憎悪に溢れてしまうかも。」
「そんなの当たり前さ。あたしらは人間、感情でどうにかなっちゃう生き物。それを咎めろという方が難しいよ。はやまらなくていい、ゆっくり考えるのさ。何が正しいのか。」
考えて考えて、それで出た結論が復讐だと言うのならすればいい。
「……赦し合う?」
「大人な答えだね。出来るのかい?」
「……。」
しばらく考え込んでしまう。
あたしなら出来ないと言い張る。
自分が捨てられたとしたら、許さない。
なんでこんなことしたんだと問い詰める。
それで聞いて、ふざけるなと斬ってしまいそうだ。
正しい?正しくない?
違う。
あたしはこれが正しい。
正しさ。
……正義ってのは一人一人にある。
何をしたって本人がいいと言うならそれが1番正しい。
罪を犯したものを裁ける者は、この世に存在しない。
ま、神がいるなら、別だけど。
「あたしが言えるのは昔のものより今のものを大切にしなってことくらいかな。過去に縛られてたって面白くないだろう?」
「……そう…ですね。少し心が安らぎました。ありがとうございます、楪さん。」
「いいのいいの。なんかあったらまた話聞くよ。」
その場を離れる。
……憎しみ、恨みは尽きない。
あたしも腕が無くなった時、自然を恨んださ。
恨んだところでどうしようもないから、諦めが着いた。
原因が人だとちょっと変わる。
殺せば気が済むんじゃないか、報復すれば気が済むんじゃないか。
そんな考えが浮かんで、それで実際に殺しちゃったらもう終わり。
気は晴れるかもしれないけど、罪が残る。
あんなに憎んでいた存在に、今度は自分がなってしまう。
「……はー、考えても考えても無駄な話だねぇ〜。」
「どうした。ため息なんかして。」
ライフィードが話しかけてきた。
「いーやー?人間ってのはどうしてこうも面倒くさい生き物なのかと嘆いてたのさ〜。」
「仕方ない、それが人間だ。」
「……嫌いじゃない考え。」
それら全て含めて、テキトーに許す。
それが一番いいのかもね〜。
「ライフィードっていいとこのボンボンでしょ?ティファレイトについてなんか知ってる〜?」
「せめて貴族と言ってくれ。……まあ、ある程度は知っている。美しさを基本とする国。建物、衣服は当然のこと、食べ物から動物すら美しさを求める国だ。貴族なら必ず感謝する国だろうな。値段の高い服や家具などは大体ティファレイト産だ。」
マージで興味無いな〜。
高い服とか、無駄でしかないでしょ。
「あ、武器とかも最高品質?」
「見た目だけな。性能は粗悪もいいとこだ。どちらかと言うと飾り用だろうな。」
「なーんだ。がっかり。」
「歴史も少々興味深い。32代目ティファレイト国王━━━━━━━━━━━━━━━」
と、なんだか座学が始まってしまった。
話10分の1聞いておくことにして、ティファレイト。
どうやらあたしにとってはあまり面白くなさそうな国だ。
「ペルナもあまり楽しみではないな。」
「あら、そうなのかい?」
「ティファレイトの奴らは宝石にしか目がいかず、石ころには興味が無い。」
「……うん?」
「美しく価値が高いものしか興味が無いということだ。ペルナの商品はきっと売れはしない。」
それはそれは、商人としてはかなり辛そうだ。
聞くに貴族が沢山住んでるのかな?
……ない。
そんなはずはないな。
どれだけ煌びやかな国でも、影で支える人がいなければ保てない。
ちょいとばかしきな臭そうだ。
━━━━━━━━━ッ。
突然拠点が大きな音を立てて急停止する。
皆が周囲を見渡す。
「んおぉっ。何があった?」
少し情けない声で起き上がるマスター。
「後ろに異変はないよ。蓮、何かあった?」
見張りをしていた鈴蘭からの報告。
位置は後ろのため、一応前で何かあったと想定できるけど
あたしは感じた。
ただならぬ気配。
「マエ、ミテ。」
何やら争い?みたいなのが起きそう。
胸あたりに薔薇が刻まれた鎧に身を包んだ集団と、それに襲われている…?2人。
「赤薔薇騎士団団長、ソーン。貴様は例の協会と繋がっていると噂を得た。全て吐いてもらおうかッ。」
見とれるほど綺麗な長い白髪に、凛々しく筋の通った声。
周りの騎士たちとは違う、彼女のためだけに作られたような鎧。
それに、人間じゃない……?
人とは決定的に何かが違う。
私の感がそう言っている。
「赤薔薇騎士団……?」
声を少し抑えめでアステリアに聞いた。
「たしかギルド本部直属の先鋭達です。国から直接依頼を受けることがある実力派揃いの騎士達のはずです……!」
合わせて声を抑えて答えてくれる。
それで、問い詰められてるのは……。
「お待ちください。私達は何もしておりませんよ。たしかに教会の者とは会話をしました。ですが、それだけです。」
「喋るなッ。上からの命令だ、関わったものは全て悪とみなせとの事だ。大人しくしていれば何もしない。連行しろ。」
「ら、ラクターっ!やばいよー!」
ふーん、なるほど。
「マスター。何やら捨て置けないのでは?」
一番最初に沈黙を遮ったのはライフィード。
正義感があってよろしい!
「ええけど、アレ。つえーぞ。」
「……っ!待ってください!……あの方、間違いありません。私と同じ精霊です…っ!」
「へぇ━━━━━━━」
うずうずは止まらない!
止められてももう遅いね!
襲われている人!強そうな人!
おっぱじめるにはちょうどいい理由さね!
「ゆ、楪さん!?」
「ライフィード!周りの兵よろしくぅ!」
「ちょっと待てッ!…ああもうっ!」
━━━━━━━━翔脚。
距離にして100メートル程度か。
本気出せば2秒。
走るじゃ遅い、思いっきり地面蹴って飛ぶ様に加速。
姿勢は低く。
1歩、最初っから最高速。
2歩、刀に手をかける。
3歩、ほんの少しだけ高めに飛ぶ。
次にはもう地に足付かず。
体を空に向けて右に捻る。
その移動で抜刀も始める。
既に間合いは4分の3。
思いきり体を捻り肘打ちをするように振り払う抜刀斬り。
「霧、襲刀。」
「━━━ッ。」
それを、ビクともせず受け止める。
しっかりと、剣で受けた。
剣戟の音が鳴り響く。
風圧すら巻き起こる。
「ヒュ〜♪やるね〜。」
「……何者だ貴様。」
「放浪の身の刀使いさ。」
ぎりぎりと歯を食いしばる音が聞こえるほどに歪む顔。
あたしが一番好きな顔だ。
普通に顔も整ってるしね!
「構わんッ、やれ!」
号令をかけて、騎士達に命令を。
が、それも虚しく。
「やらせるかよッ!!ッラアアアっ!」
ライフィードも遅れて応戦。
騎士達を大量に雷を纏う斬撃で吹き飛ばした。
「うわああああああっっ!!」
「やるぅ!」
「あんた程じゃないッ……がなッ…!」
1歩引く、ソーンと名乗る者。
「フェンスター家。ライフィードだ。ある程度知名度はある。ギルド直属が恐喝とはな。この場を収めないなら言いふらしてやってもいい。」
「……チッ。撤退だ。」
大勢いた騎士達が引いていき、ソーン1人となった。
「……片腕の女剣士か、覚えておこう。」
と、それだけ言い残し去っていった。
「さてさて…大丈夫かいあんた達!」
「すごい!強ーい!」
「いやはや、助かりました。」
小さい女の子の方は橡色、いわゆる茶色に近い髪色だが毛先がくるりとして黒い。
首程までの髪の長さ。
青く綺麗な瞳に、こめかみに折れたようにも見える歪な角。
服装は体のほとんどが黒いポンチョで隠れ、そこの厚めなゴシック風のブーツ。
そしてもう1人、男の方は常に爽やかな笑顔を見せる青年。
かなりの高身長。
ロングコート風の黒装束、黒手袋。
加えて右手には大きなケースを持つ、ふわっとしたポニーテールの男。
「僕はラクター・シャロウ。旅の身です。」
「私ナフィ!ラクターの悪魔だよ〜。」
ほー。
となるとライフィードとリナリアと同じか。
悪魔にも色んなのがいるんだねぇ。
「可愛いねぇ!いくつ?」
「むっ。」
「ナフィ。初対面の方、ましてや助けてくれた人だ。冷たい態度はダメですよ。」
「なんかいや!」
ラクターの後ろに隠れるように後退り。
あちゃ〜いきなり振られちゃった。
「あー、失礼。お前らなんで襲われとった?」
のしのしとマスターもこちらへ合流した。
気だるそうに、正しくおじいちゃんみたいに。
もっとキビキビ動けるでしょうに。
「僕達にも分かりかねます。彼らが言うにはどうやら教会が関係しているようですが……。僕が関わった教会は至って普通のものでした。」
「信者なのか?」
「ああいえ。教会に行った際、困り事をしていたようなので助けただけです。まさかそれで因縁を付けられてしまうとは。」
赤薔薇騎士団、気になるね。
普通教会はそんなやましいことをしないはずだ。
教会が黒なのか、あるいは。
「まあ、いいや。それであんたらはどこに行くつもりだったんだ?」
「北へ。おおらかな目的地は決めていません。旅ですからね。」
「おう、こっちはティファレイトに行く途中だ。乗ってくか?」
「乗る……?」
そう、疑問をなげかけた辺りで拠点が後ろから見えてくる。
それなりに大きな音を立てながら、蓮と共に。
「おぉ…!なるほど!さながら移動する家のようだ。砂漠を行くキャラバンとも言える。凄いですね……ナフィ、どうしましょうか。」
深く拠点を舐め回すように見る。
小さな女の子の方は目を輝かせ大きく体を動かし、即答した。
「乗る乗る!!こんなの初めて!!」
「代はいらねぇ。行くぞお前ら。」
「なるほど、ギルドを経営していらっしゃるのですか。」
「どうだ?ウチに来ないか?」
いい稼ぎ頭を見つけたと言わんばかりに即スカウト。
「……お言葉ですが、お断りしておきます。何せ行きたい所へ行く、それが旅ですから。」
「そりゃ残念だ。」
「えっ、ええっ!?」
「どうしました?ナフィ。」
ぼやーっとマスターと2人が会話している所を見ていたらナフィという少女が大声を上げてなにかに驚いた。
「か、可愛いっ〜!!!メイド服だー!!!」
リナリアを見るなり飛びついて行った。
…と、思いきや手前で留まって下から見上げるようにまた目を輝かせた。
騒がしくて可愛い子だ。
「……こんにちは。」
少しの間はあったものの、理解したのかまさにメイドと言えるような動作。
お腹あたりで手を組んで深いお辞儀。
「わ、ホンモノだ……!」
「甘い飲み物がごさまいますが、如何致しましょう?」
「い、頂きますっ!」
「此方へどうぞ。」
キッチンの方へ一緒に行った。
「ナフィが失礼を……。ナフィは……いわゆるゴシック風な洋服が好きで。メイドもそうですし、ドレスなんかも好きで。」
「子供なんじゃろ?自由が1番いい。」
ニッコリと返答。
やっぱ華奢で可憐って感じ。
「契約してるようだが。」
ライフィードが割って入ってきた。
彼もまた契約者。
何か同じもの同士分かったのかな?
「はい、今は15ですが出会ったのはまだ昔。ナフィの首、分かりますか?チョーカーが着いているでしょう?」
その言葉に促されてナフィの姿を見た。
後ろ姿ではあったが、首元にちらりと見えた。
「あれはある種の古代兵装。彼女は先天的な病気で魔力を上手く循環させることが出来ないのですが、それを補ってくれています。……彼女に契約者がいなかった頃、その病気で腕と足が変形、変色してしまったのです。」
「だから契約したという訳か?」
「いえ……まあ……そこは色々あってなのですが。」
苦笑いとともにお茶を濁し始める。
しっかし病気だったのか。
ナフィを観察する。
今、リナリアからジュースを受け取った。
……ん?
「手は普通だったけど。」
「それもチョーカーのお陰です。ナフィはどうやら見た目に拘るようなので…。」
受け取ったコップを大事そうにゆっくり運んでこちらに来た。
じーっと見つめている。
「ナフィ、幻術を解いても良いですか?」
「えー。……うん。いいよ。」
その言葉の数秒後にナフィの手足の周囲が歪む。
気付けば黒く、トゲトゲしい手足。
「痛くないのかい?」
「うん!痛くないし慣れちゃったからなんともないよ。ラクターの役に立てるから、今はこっちの方がいい!」
手を使って戦う、か。
もし敵になるのなら、斬りにくそうな相手だ。
「僕も聞きたいことが。そちらの方。」
指さしたのはアステリアだった。
それもそうだ、美しいという意味もあるだろうが、その見た目は普通じゃない。
「結晶病、ですよね?薬に宛があるんです。宜しければ紹介を━━━━━━━」
と、喋り始めるラクターを止めて話した。
「私は精霊なのです。ご好意は嬉しいのですが、人間の薬は効果がありません。精霊用の風邪薬、なんてものがないように。」
「……それは、失礼なことを聞きました。どうかお忘れください。」
「いえ、いいのです。私はいずれにせよ━━━━━━」
「アステリア。」
分かっていても、その先は自分で言うものじゃない。
どうせ死ぬなんて。
「どうやら事情があるようで。何か僕が力になれることがあれば何でもしましょう。」
その顔は、明らかに善意だけのものだった。
気遣いとか、そういうのじゃない。
ただ相手を思う言葉。
こんな人もいるのか。
「じゃあ、この剣について何か知らないかい?」
いつものように、刀の姿を変える。
もう、この行為は意味が無いだろううけど。
溺れるものは藁をも掴む。
1握りの可能性があるならやる価値は。
「形を変える武器……ですか。私は見たことがないですね。ナフィ。」
「……その剣、怖い。なんか吸い込まれそうな感じ。」
『あたしちゃんが怖い、か〜。言われたことなかったなぁ。』
「実際にその剣周囲の魔力が剣自体に吸われている感覚はあります。」
「ツキミ、何か思い出せる?」
『いいや……わかんないや。』
「そっか、ありがとうね2人共。」
「御力添えになれなくて申し訳ございません。」
その場に流れ始める、微妙な空気。
話しにくいし、誰も口を開けない。
沈黙を終わらせたのは見張りを交代した鈴蘭だった。
「っと。可愛い服だね。」
「そ、そうかな?」
「勿論。私なんかより余程。」
「お姉さんはかっこいい!」
「ありがとう。私と一緒に遊ばない?」
「遊ぶ……?」
「そう、面白いものがあるよ。アステリア、ちょっといい?」
こっちに目配せをする鈴蘭。
話をするならしておいて、ということだろう。
アステリアと目を合わせて、3人は鈴蘭のスペースへ行った。
「いやはや、ほんとうに申し訳ない。誰かのためになろうと手を差し伸べてしまうのは癖でして。今回はそれが空回りしてしまいました。」
「ワシらは気にしないからいいぞ。何か目的があるのから言うてみい。」
「……ある日、人助けをした時に、当然のように僕は感謝をされました。その感覚がなんだかの心地よくて。それ以来ずっと誰かのためになるように生きているのです。気味が悪いとお思いでしょうが事実です。」
「随分と正義感が強いんだな、尊敬する。」
ライフィードが深く頷いている。
あたしはあまり共感できそうにない。
「いえ、正義などではありません。……私は人を助けることに意味を見いだしてるのではありません。その応酬の感謝による心の潤いが僕にとっては何よりの目的。偽善です。やっていることは結果として良いことをなだけに過ぎません。」
「それができるなら誰だって良い……ってことかい?」
「いえいえ、人は選びますよ。罪のない子供を殺せ、なんて事はできません。」
なんとも、あたしには理解できない。
言っていることは分かるさ、助けて感謝されて気持ちいい。
ただそれをしたいがために、それの為だけに旅をする。
なんというか、バカなのか聖人なのか分からない。
「ラクター……って言ったか。少しいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
話しかけたのはネモだった。
その顔からして、何を言いたいのか既にわかった。
「紫苑っつー貴族に聞き覚えはないか?」
「それは……先程言った教会の方と名前が一致しますね。」
「なっ!?……髪の色は?」
「赤でした。とても綺麗な。」
これも何かの巡り合わせ、か。
「ソイツはどこに!?」
「少し戻った国外れの町にある、協会です。」
「マスターッ!頼むッ!!」
「まあ待てネモ。よく考えろ、お前の生まれのゲブラーに両親はいるんじゃないのか?」
「これを逃せるかよ……ッ!ずっと探してたんだッ!」
これまでこんなに熱い感情を曝け出すネモは見たことがなかった。
自分の恨めしい相手となれば当然……か。
「仕方ねぇか。……その位置は?」
「ここからだと南の方角に。」
「ネモ、やることは間違えるなよ。それだけは言っとく。悪いなラクター、あんたを乗せてけそうにないわい。」
「いえ、案内しましょう。これも何かの縁、言った通りです、お手伝いさせていただけませんか?」
にこやかな笑顔、また偽りのない顔だ。
何故それほどまでに、嘘を付けないのか。
人の為にやる、聞こえはいいが何をするにしてもいつかは面倒という感情は出てきてもおかしくない。
あたしでさえツキミの持ち主を探すのはかなり億劫なんだ。
やらなきゃいけない事として考えているからまだいい。
彼は自分に得がない、別にやらなくてもいいことすら喜んでやる。
正直、言葉は悪いけど本当に気味が悪い。
「ちっこいのに確認は取らなくていいのか?」
「ええ、ナフィはきっと僕に着いてくると言うでしょう。」
「ん〜〜、となるとさっきのソーンとか言ってた騎士達にも気をつけなきゃ。」
「悪いが皆、付き合ってくれ。」
真剣な表情のネモ。
後ろで思い詰めているライラ。
……ま。
仲間のお願いくらいは、ね。
あたしも流石にそこまで薄情じゃない。
「……ありがとう。」
「あたしからは深く釘を刺すよ。殺しはダメだ。殺しはいけないことだから、とかじゃない。殺しちゃったら、その先は罪を背負って生きることになる。もし殺したくてどうしようもないのなら、あたしに言いな。汚れ仕事はあたしがやる。」
「……分かった。」
殺さないと明言しないあたり、相当憎くてどうなるか分からないって感じかな。
さて、流石のあたしもこの空気が嫌になってきた。
「……さっ!行先が変わったんだ!景気づけに1発やろうじゃないかい?」
「そろそろワシも欲しくなってた所だ。ラクター、酒は飲めるか?」
「ええ、人並みには。」
「おおっ、ようやく酒を飲める男が来たな!準備せい!」
町には着いたが、既に夜は深い。
宿に泊まるにしても流石に金がないとの事で、町外れの所で停止。
軽くラクターとナフィの歓迎会的なものをやることに。
あたしは飯を食わないでも割と我慢出来るので、数日飯抜くかわりに今日のご飯を豪華にしてもらった。
空の灯りが、徐々に闇に染る頃。
「かんぱーい!」
「乾杯!」
各々注がれた酒を飲む!
「ん〜〜!」
「かぁ〜〜っ!」
声を漏らしたのはあたしとマスターだけ。
若干それが恥ずかしい。
ラクターと、今回はペルナ。
そしてカウンターにリナリアを添えて5人で酒を飲む。
他は楽しくやってるよ。
それを外から眺める。
「今回は良かったのかい?」
「うむ、花火は近くで見るのも良いが遠くから見るのもいい。どちらも結局はうるさいんだが。ニャ。」
「こうして見ると、毎日楽しそうですね。」
「だろう?ここまでつくりあげてきた甲斐が有るってもんだ。」
誇らしげに笑うマスター。
こんな面白いものを今まで誰も思いついていなかったって言うんだからすごい。
「それに関しては私もとても感謝しています。ご主人様があのように心から楽しくされているのを見るのは、久方振りなのです。」
「構わねぇよ、その分奉仕して貰ってるからなこっちも。」
「これからも尽くさせて頂きます。ご主人様の笑顔のためにも。」
「ていうかよぉ、もしかしてリナリア。あんた気があるんじゃねーのか?」
「おお〜っ!?」
「いい話題だ、ペルナも気になるぞ。」
「はは……。」
ラクター以外はずいずいと押し込むように話をせびる。
「……?気がある……とは?」
「そりゃ、好きか好きではないかだろ。」
「あると言えばあります。当然です。」
「わーーー!!あっつう〜い!」
「……恋愛感情的な意味ではありませんよ。」
「ケッ!」
「このギルドの一員、という肩書きがなければ今すぐにでもそのお酒を取り上げていましたよ。」
「あんたも鈴蘭みたくなってきたなぁっ!?酒だけは勘弁してくれ……。」
あたしはなんでも顔見りゃわかる。
今まで全部そうだった。
で、このリナリアの顔は……。
そういうこと。
いやまあ、確率でいうとまだ確定とは言えないね。
美青年と、可憐な従者の行く末を見届けようではないか〜。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━。
数時間。
「ペルニャァ……無理だ……やはり人の酒というのは理解できニャんぞ……。うむ……。」
身長が低いのでテーブルにうつ伏せになって寝てるが、足は着いていないので本当に伸びる猫のようになっている。
尻尾もフラフラしている。
「激しく語尾が崩れてるね。」
「ペルナ様、お水です。」
「ウニ……。」
「海産物になった……。」
「貴方たちが酒に強すぎるというのもあると思いますよ……。」
「そうかい?」
「ええ、僕も酒はそれなりにいける口だと思っていたのですが、考えを改めさせられました。」
「ま、ワシは酒飲むことしか出来んジジイじゃからな!ガーッハッハッ!」
「冗談キツいよマスター。あんた酔ったらさらに強くなりそうじゃないか。」
「酔拳は別につかえねぇから安心しろ。それなら瓶で殴った方が100倍強えわい。」
「……。」
「どうしたんだい、ラクター。ずっとナフィをみて。」
なにか、深く考えている。
まだ何かあるのだろうか。
「いえ、ナフィが可愛いなと……。」
「………………確かにね!」
はっ倒そうかとも思ったけど既のところで抑えた。
可愛いのは事実なので。
多分だけど許容量を超えるとブレるタイプの人だ。
それともいわゆるロリコン……?
いや、それだったらペルナにも気が向いてるか。
親っぽいのかな?
どっちにしろか。
「リナリア、ラクターに水をもしくは手刀を……。」
「かしこまりました。」
出てきたのは水だった。
良かった。
もしこの場合手刀はどう出されるのだろうか。
スっと手をテーブルの上に置かれる?
んなことはどうでもいい。
多分気持ちよくよってるであろうラクターに水を飲ませる。
「うし、ちょっと川の空気吸ってくるよ。」
「変わらなく無いか?」
「変わるよ結構!新鮮さとか。」
「そうか、早く戻れよ。」
「あいさ!」
拠点を出て、近くの川へたどり着く。
ここら辺は割とどこでも川があるね。
さて、ちょいとここらで。
「ツキミ。」
抜刀。
酔い醒ましは、あたしはこっち。
水飲んだって変わりゃしない。
水の冷たさよりは、鉄の冷たさの方が結局嫌さ。
『まーたなにをやってんの〜。』
「心をある程度読めるなら、分かるんじゃないの〜?」
『あんまり読まないでって言ったのはそっちじゃん!』
「ああ、そうだった。」
座りやすそうな岩に腰掛けた。
夜風にあたり、心を落ち着かせる。
酒を飲んでポカポカ気持ちよくなってるところ。
さすがに、気を抜きすぎた。
『別にあの人たちは信用できるでしょー?』
「ああそうじゃない。ネモ。」
『あー。』
「色が違っただけで、変わる世界か。」
この世界は理解できないものだらけだ。
類は友を呼ぶ、きっとあたし自信もその理解できないものの1人。
当然、腕を失ってなお刀を使い続けるバカだからね。
その道を辞めるか、純粋に短剣とかを使えばいい。
それでもやめなかったのはあたしでも分からない。
だけど、結局選択しちゃったんだ。
決めて実行してしまったらその道しかない。
逆に言えば決めていても実行しなければまだ道はある。
ネモにはまだ道がある。
復讐に魅せられて、自ら進んで茨の道だらけの道を行くのは辞めさせたい。
……なるほど、仲間ってのはそういうもんか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ラクター、ナフィという二人組。
あたしの理解の外にある行動をする彼と、それについて行く彼女。
何かわからないが、これから腐れ縁になりそうだな。
あたしの感がそう言ってる。
それとあの女騎士、面白そうだ。
実戦 赤薔薇騎士ソーン
鍛錬 無し
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
……と。
適当に書き綴る。
最近は感情が表に出やすすぎるな。
人のことを考えすぎる。
感情は自分の強さを抑える枷になってしまう。
少なくとも自分の強みはそこにある。
……後ろから足音2人分。
ネモとライラだ。
「どーしたんだい?」
「お話が……。」
「ん。」
言葉を待つ。
夜の冷たい風が肌に刺さる。
星と月は、僅かにあたし達を照らす。
かなり長い時間だった。
口を開いたのはネモ。
「ある程度姉貴から聞いてると思う。2人で話し合ったんだ。……復讐はしたい。でも殺すのは行けないって。……俺には分からない。」
「そりゃ、死ぬ間際までボコボコにしたらいい。」
「……変わらないです、それじゃあ。」
「脅したら?」
「……ふざけてるのか?」
「ふざけてない。復讐したいって言うのは殺したいってのとほぼ同じさ。それじゃなきゃ自分の恨みは晴らせない。だって他にある?」
「……。」
また、深い沈黙が始まる。
酷かもだけど、そうしたいと言うなら言ってやるしかない。
「1つあるじゃないか、目の前に。」
「でもそれじゃあ楪がっ。」
「……いい加減にするのはそっち。あんたは殺し屋に情けを送るのかい?」
「楪は殺し屋じゃ━━━━━━」
「殺し屋だ。あたしの技はもとより対人想定。殺すための技。それを殺し屋と言わずしてなんという?」
「仲間にそんなことはさせられないッ。」
言葉がだんだんと強くなる。
これ以上やると亀裂が入りそうでもあるけど。
「仲間?片腹痛いね、復讐したいなんて思うやつが仲間を思う心を持ってるなんて思わなかったよ。」
「じゃあどうすればいいんだよッ!!何もするなッてのか!!」
「あたしを引き止めたのはあんただ。殺すって言うのなら、もうほかの仲間からどう思われてもいいってことだ。好きにすればいい。自分で殺せないというならあたしが仇討ちする。なにか間違ってるかい?」
「……ねぇネモ、もういいよ。私はネモが1番大事。何かあって欲しくないの。」
その顔は、優しかった。
弟を見守る姉の顔。
家族としての顔。
「ライラ……悪い……。楪も悪かった。頭冷やしてくる。」
そう言い残し、拠点の方へ戻っていく。
残ったライラ。
なにか、決心が着いた顔をしている。
「何か言いたげだね。」
「これは私のお願い。ネモを……弟をここまで苦悩させた私達の両親を殺して。」
思いもしなかった発言。
少し肝を冷やした。
まさか、ライラから言われるとはね。
「いいのかい?」
「私のことはいい。ただ、ネモにだけ言わないでくれれば。」
「ライラ自身じゃなく、ネモの為に?」
「あの後考えたの。そうしたら、ネモを苦しませる両親に腹が立ってきたの。それほどネモのことが好きなのかもしれない。もうあの子が苦しむ姿は見たくないの。」
「それでネモがまだ苦しんでいたとしても?」
「ええ。」
言ったことは曲げない、真剣な眼差しが私を貫く。
そこまで言われたら仕方ない。
「わかったよ。ただ、人間違いだったらただじゃ済まない、明日は変わらず会いに行く。確認が取れたらその日の夜に決行する。いい?」
「……はい。」
「じゃ、また明日。おやすみ。」
言葉を聞き終えて、戻って行った。
『いいの?ほんとに。』
「ライラは後悔してもいいからって感じだったしね。」
『楪の事だよ。』
「もとより人殺すための刀だよ。気にすることない。」
そ、師匠から習った時。
最後に念を押して言われた。
『代々教えられてきたこの技。元は、人を殺すための技だ。』
本来の使われ方をするなら本望だろうさ。
「そっちこそどうなのさ。」
『あたしちゃんは相当人殺してるよ?妖刀かもねー。』
「そんなに朗らかに言われてもねぇ。」
立ち上がった。
気持ち体が重い。
これからあたしは殺しという名の業を背負う。
人殺しは、断じて正義ではない。
正義ではないが、正しい行動ではないと言われたらそれは違う。
殺しが手段になることだってある。
復讐するなら殺しは正しいんだから。
……いや、あたしに関しては罪なんて背負わないか。
なんたって、何も無いんだから。