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ショートショート10月~

笑うかどには福来る

作者: たかさば

エー、本日は、お日柄もよろしく。


それでは、ひとおつ、お笑い話でも聞いていきませんかね。

ずいぶんおかしなお話でございますとも。


とあるところに、たいそうふくよかな体を持つ中年男がおりましてね。

その身ははちきれんばかりに、膨れておったのですよ。


はちきれんばかり?いやいやいやいや間違えました…はじけておりましたとも。


中年男の腹部は、確かにひび割れておりました。

皮膚の表面がですね、あまりの腹部膨張によってですね、裂けておったのですよ。


いわゆる、女性の…妊娠線というやつをご存知かな?

その身に命を育み、胎児の成長と共に腹部の皮膚が伸びてゆく神秘の過程で、コラーゲン線維が裂け、真皮・表皮にひび割れが生じる現象ですなあ。

あれと同じような現象がですね、中年男の腹部にも起きていたのでございます。


中年男は、命をその身で育みませんのでね、腹の中は食欲を抑え切れなかった証拠がたっぷりと詰まっておっただけなのですがね。

いわゆる、肉割れというやつでございますなあ。


最近はシックスパックなるものが持て囃されておりますな、あれもまた肉割れだとは思いませんか、腹部が六つに割れておるのですよ?

いやはや、言葉というのはややこしいものでございますなあ。


ま、それはさておき。

中年男の腹は、表面こそ肉割れしておりますが、全体的には、まったく割れてはおりません。

立っておっても、座っておっても、ただの肉の塊がどでんと存在しているのでございます。


二段腹という言葉がございますでしょう?

あれはまだ二段に重なることができる、余裕のあるふくよかな腹部なのでございます。

限界を超えたふくよかな腹部というのは、段になることも許されぬ、ただひとつの腹として存在するのでございます。


さて、この、横から見ても、前から見ても、後ろから見ても、同じ幅を持つこの中年男、実におしゃれに気を使う人物でございましてね。

大きな身を包む布地へのこだわりは、それはもううるさ…いえ、細か…いえ、並々ならぬものでございました。


サイズにして5L、一般服飾店で取り扱うことの少ない、希少アイテムでございます。

それゆえに、少々お値段が張ってしまうのでございます。


せっかく買うのであれば、妥協は許さない、それが中年男の矜持でございました。


妥協を許さぬ中年男の選ぶ衣服、それはTシャツでございました。

年がら年中、半袖のTシャツを好んで着用するのであります。


中年男は、派手好きでありました。

明るい色、特に原色、赤系統の色を好んで着用しておりました。


体の大きさはどうしても目立ってしまうので、それを上回る派手さを身に着けようとしているのかもしれませんなあ。

黒い服を着たところで、どうにもこうにも目立つ存在である訳ですがね、そういう所には、気が付かないのですね。


色のみならず、デザインにも相当こだわりを持っておりました。

そんじょそこらの、ただのボーダーや、ただの単色や、ただのワンポイントなんてのは見向きもしなかったのですよ。


中年男は、奇抜なデザインのものを好んで着用しておったのです。

すれ違ったものが、思わず見つめてしまうようなデザインを好んでおったのです。


漢字一文字シリーズ、教訓シリーズ、親父ギャグシリーズ。

キャラクターもの、料理もの、イラストもの。


ふくよかな体が着るTシャツの胸に、たった一文字、「太」

ふくよかな体が着るTシャツの胸に、たった一文字、「細」


ふくよかな体が着るTシャツの胸に、「食ったら寝るだけ」

ふくよかな体が着るTシャツの胸に、「腹八分目に医者いらず」


ふくよかな体が着るTシャツの胸に、「日本人はお米がライスきです」

ふくよかな体が着るTシャツの胸に、「言い訳なんかして良い訳?」


ふくよかな体が着るTシャツの胸に、丸い人気アニメキャラクターの顔。

ふくよかな体が着るTシャツの胸に、カレーライスの写真。

ふくよかな体が着るTシャツの胸に、かわいいコックさん。


自分のチョイスに、絶対の自信をもっておったのでございます。

すれ違うものの笑いをゲットできたときの喜びといったら、たまらなかったのでございます。


本日ももちろん、中年男はお気に入りのTシャツを着用しておりますとも。

大好物のマグロの寿司が一貫、寿司という文字と共に男の胸に輝いておりました。


本日は、とある高原でグルメイベントが開かれており、中年男は家族と共に遠路はるばるやってきておりました。


「ねえねえ、あっちに爆発フランク売ってる!!食べたい!!」

「あたしも食べる!!」

「僕は辛いのにする。」

「私はおやきにしよ。」


ずいぶん賑やかしい中年男の家族は、ずいぶんおいしいものを食べ歩いておりました。

時折、中年男の胸を見て微笑むものがおりました。

中年男は、ほほえましい表情を向けられることに慣れておりましたので、特に気にすることはございませんでした。


「はふ!はふ!!あち!あち!!うま!!うま!!」

「うわ!!本当にはじけたよ!このフランク!!」

「熱いけど、辛いけど、おいしい。」

「ねーねー!!ベンチもっと詰めてよ!!四人がけなのに私座れないじゃん!!!」


おやきを持った奥様が、やや怒りの表情で中年男に詰め寄っておりますが。


「うーん、無理!!」

「もう!!いいや、お茶買って来る…。」


奥様はおやきを食べ食べ、お茶を買うためにその場を離れたのでございます。


しばらくたって、奥様が派手に笑いながら戻ってまいりました。


「ちょっと!!!お父さん、めっちゃ笑われてたよ!!そのTシャツ…っく、はは、あはははは!!!」

「なにそれ、面白いってことでしょ?いいじゃん!そういうTシャツなんだから!!」


何言ってんだという表情で、食べ終わったフランクの串をゴミ袋に入れた中年男性でしたが。


「すれ違った娘さんがさあ、めっちゃ面白いおじさんがいたって話してて!寿司って書いてあるTシャツ着てるのに、どう見ても肉の塊だって!!はは、ははははは!!!」

「むむ!!これはマグロだもん!!肉なんかじゃないやい!!」

「確かにどう見ても腹の肉だ!寿司って書いてあるのに!肉!!おなかの肉が肉が!!あははははは!!!」

「肉・・・。」


中年男性は憮然とした表情のまま、焼きとうもろこしをかじり始めたのでございます。

騒がしい家族のやり取りを耳の端に捕らえた通行人が…クスリクスリと笑っておりました。


…いかがです、ずいぶん面白いお話でしょう?


Tシャツに描かれた、寿司という文字とマグロ寿司のプリントをもってしても、中年男の身の程が肉を思わせてしまう…喜劇!

確かに一貫のマグロ寿司が表現されているというのに、どう見ても肉を連想させてしまう悲劇!!


いやいや、本当に、実に愉快な出来事でした、ついつい誰かに教えたくなるほどにね。


…何、おかしくないと申される。

おかしいですなあ、さてはあなた、ふくよかな腹部をお持ちだったりしやしませんかね。


同族嫌悪ってやつだったりしませんかね。

…いかんなあ、同族を見たら、笑うべきなのですよ。

ああ、幸せそうだなあと、笑って見送るのがよろしいのですよ。


笑っておったら、案外何でも楽しくなるものなのでございます。

笑っておったら、案外いいことが寄ってくるようになっておるのでございます。


いえね、わたくし、笑い声ってのがね、大好きなんですよ。


他愛も無い笑いってのがね、実にいいのでございます。

ツボをつくような、降って沸いた様な笑いってのがね、実におかしいのでございます。


人の笑い声に釣られて出てきてみれば、このような笑いをいただけましてね。

わたくし、ずいぶん、満足しているのですよ。


ぽん、ぽん!


自慢の腹を二つ叩いて、袋を担ぎ上げたわたくしは…ささやかながら福を撒きながら、イベント会場を後にしたので、ございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半がひたすら、腹の説明なのが笑えました。 素晴らしいTシャツのチョイスですね。センスありますねぇ。 美味しいものを笑顔で食べる。いいことですよ。
[良い点] うごっ、けっこうな闇ぶっ込んできましたね。 [気になる点] 「デブ」とか「太る」という単語を使わないのはすごい。 [一言] さては最後、腹筋だな?
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