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断罪

 太陽が西に沈む頃になれば猛暑日は冬にもどる。

 小豆色の空から白いものが降り始めている。夏場の格好のままの人々は追いたてられるかのように家路を急いだ。

 サンドラが悪疫に罹患したかのように震えているのは、なにも下着姿では冷気に抗しきれないという理由だけではなかった。

 今、彼女にできることはそれと神に祈ることだけである。

 四肢を拘束されている。

 目隠しをされている。

 猿ぐつわを噛まされている。口を塞ぐ木製の球は唾液でぬらぬらとぬめ光っている。この場合は呪文の詠唱を防ぐ目的である。

 不倫相手と同禽していたところを襲われたのである。

 襲撃者は手慣れていた。

 一心不乱に腰を突き動かしている不倫相手の肛門を蹴って地獄の苦しみを与えることはそう難しいことではない。

 成人男性の尻は汚い。

 男なら、銭湯や温泉で見せつけられて苦虫を噛み潰した経験は一度や二度ではないはずだ。

 同姓愛者もきれいとはおもっていまい(汚いほうがかえって卑猥に感じることはありそうだが)。

 その汚い尻が眼前で蠢いている。

 しとどに汗を掻いている。

 朝露のように、びっしりと生えた毛に水滴がついている。

 温厚な者でも殺意が湧くというものだ。

 だが、異変に気がついたサンドラが悲鳴をあげる前に当て身をくらわせて、意識が朦朧としているうちに四肢を拘束して目隠しをして猿ぐつわをかますと麻袋に積めて持ち帰るのは玄人の芸だ。

 ――世界が黒から総天然色にもどると今度は言葉を失った。

 先刻まで肌を重ねていた男の心配などどうでもよかった。

 そして、最悪の事態を悟った。

 ラウドで敵にまわしてはならない者のひとりが眼前にいる。

「旦那の遺産で間男と甘い生活を夢見ていたようですが残念でしたね」

 十握は微笑を浮かべている。

 簡素な部屋である。久しく使われていないらしく埃っぽい。

 建て壊し予定の寮である。

 十握の背後で顎の尖った男が睨みをきかせている。一応、無難な服装だがお仕着せな感じが一般人ではないことを物語っていた。

「あなたの旦那さんがうちのカジノで眩暈をおこしました。本人はよくあることと軽く考えていましたが、念のためと近くの医者に診せたところ、砒素の中毒というから驚きです。露見しなかったら手遅れになっていたでしょう。天網恢恢疎にして漏らさずとはよくいったものです」

「嘘よ。浮気はしてたけどそれは遊びで毒殺なんて――」

「お静かに」

 たおやかな手が傷だらけのローテーブルに伸びる。

 人差し指ほどの長さの針を抜いた次の瞬間、金切り声をうわまわる絶叫が隣室から届いた。それは野太い男のものであった。

 針を刺すと静寂がもどった。

「今の声はどなたかわかりますね?」

「――?」

 造形の女神が全精力を傾注した白皙の美貌に冷笑が広がった。

「おや、出会った順番を間違えただけの、真実の愛を誓った相手の心からの主張に気づけないとは変ですね。――それに証拠はあがっています。あなたのご友人は審問官の魔女の前で証言してもいいといっています」

 一とゼロの出歯亀の代わりが審問官である。

 嘘をつくと発動する呪いをかける。数が少なく、貴族間の大きなトラブルがメインで浮気騒動に関わることは、まず、ないから、この場合は嘘ついたら針千本飲むのと同じ決意のあらわれである。

 余談だが、審問官の数が少ないのは育成の手間である。

 金や脅しで屈さぬ条件づけは至難の業だ。優秀な魔法使いの千にひとりがなれるといわれている。発狂する者もめずらしくない。魔女と呼ばれるのはなぜか女性が多いからで男も少ないながら存在する。

「――許してください」

「懇願する相手を間違えていますよ」

 もっとも、聞く耳は持たないでしょうが、と十握はにべもない。

「それは浮気相手を庇っての発言ですか? それともたんなる命ごいですか? もし、前者だとすればそれは火に油を注ぐ行為です。愛しあっている者同士。喜びも苦しみもわかちあいたいというのでしたら別ですが」

 サンドラは口ごもる。

「これは最後の愛情だそうです」

 テーブルに離婚届を広げる。

 寒村なら周囲が認知すればそれで充分なので書類は不要だが、大きな金が動くラウドではトラブル回避に元いた世界のような婚姻制度がある。

 ちなみに教会の祝福は不要である。

 ハルコン王国は、時に神の教えが国の法をうわまわる状態であった先の王国の二の轍を踏んではならぬと宗教勢力には毅然とした対応をとっている。

 ささやかな特権を足がかりに勢力の拡張を危惧している。

 祖法で王族や諸侯が新たに寺院を建立することを禁じている。

 俗説によると、初代が若かりし頃、恋の鞘当てで売僧に辛酸を舐めさせられたからだとされている。容赦ない封じこめ政策を見るに信憑性があった。

「こちらに署名してください」

「わたしはどうなるの?」

「身ひとつで追いだされます。あなたのご両親は遠縁の後添えを考えているようです。島流しですが、衣食住が確保されてよかったじゃないですか」

「そんな、子どもはどうなるのよ? 子どもには母親が必要よ。片親だなんてあの子に寂しいおもいをさせることになる」

「その大事な子をほっぽりだして男と会ってたのは誰ですか?」

 十握は苦笑する。

「これは断ることのできない提案です。断れば殺人未遂と横領と姦通罪で十三階段をのぼることになります。そうなるとあなたの親兄弟も後ろ指をさされることとなります。これ以上の親不孝を重ねるのはやめるべきです」

 サンドラは頭を垂れる。

 消極的肯定である。

「ものわかりがよくて助かります。ああ、そう、そう、旦那さんからの言づけがありました。あなたが友人を集めてパーティーを開くのも、その席でいじってくるのもわずらわしかったそうですよ。金を生まないじりはただの嫌がらせ。再婚した暁にはきちんと亭主をたてて農作業を手伝ってくださいとのことです」

 放心するサンドラを見張りにまかせて十握は部屋をでる。

 廊下にサボンがいる。

「そちらはどうでした?」

「典型的なスケコマシです。余罪はわんさかあるかと」

 サボンは浮気相手を担当した。

「金は?」

「かき集めても金貨五枚になるかどうか」

「では、当初の手はずどおりに」

 役所につきださずに返品することでサンドラの旦那は大金を得る。片手落ちはよろしくない。浮気相手も相応の金を積むなら、悪妻と堂々と縁を切るきっかけを作ってくれたことだし――サンドラの実家のほうが格上で、引きたててもらった恩がある――穏便にかたをつけるつもりであった。

 金貨五枚はごみの命の対価には破格だが、慰謝料には不足である。

 不足した場合は役所につきだすことになっていた。

 別件である。

 十握が頼めば金を毟りとられた女性たちは呼応する。

 封建社会は総じて罰則が重い。

 軽くて追放刑である。

 運よく、浅黒く日焼けした小金持ちの後家に乗っかって生活の基盤を築けたところで、ラウドの栄華と較べたら砂を噛むよう生活である。

 順当にいけば強制労働である。

 赤銅色に焼けたたくましい腕に入れ墨をした間男がラウドに凱旋する確率は元いた世界の義理で行った学園祭の飲食に舌をうならせるのに等しい。

 いずれにせよ当事者がラウドに不在なら、醜聞が子どもの耳にはいることはあるまい。

 子どもに罪はないはきれいごとである。

 封建社会は功も罪も世襲する。

 ただの浮気なら三行半みくだりはんを突きつけて――江戸期の離縁状の形式が三行半だったことからそう呼ばれるようになった。学のない者が適当に縦線を引いて名を添えても有効だったというから興味深い――追いだせば笑い話ですむが、殺人未遂は聞こえが悪い。稼業のみならず子どもの縁談に響く。

 サンドラの夫は療養中である。経過は良好だが万が一はある。

 万難を排する必要があった。

サンドラが下着姿なのは十握の武士の情けと年齢制限です。

爛れた愛に盛りあがっていたことですし、足を拘束されていても履くことができる紐パンだったのでしょう。

それでは次回にお会いしましょう。   カレー煮込みうどんをたべながら。

追伸 嘘が簡単に見抜ける魔法具の類いは騙しあいが難しくなるので避けました。

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