酷暑
喫茶店は涼を求める者たちで賑わっていた。
ソフィーの両親が営む喫茶店である。
女性客の姿が目だつ。暑いなか足を運んだ彼女たちは幸いであった。耐久テストかというくらい、ボタンの開け閉めに明け暮れる猛者たちが、初めて異性を意識した少女のように頬を緋に染めている。
希少な光景に数少ない男性客が目を白黒させている。
昼下がりである。
一般的な生活時間と異なる彼女らの独壇場である。
精のつくものが欲しくなる体力勝負の仕事だが、かといって土木従事者のような食事を摂っていたら商品価値が下がる。そして、できるなら見た目がお洒落なものを食べたい、もちろん、手頃な料金でと、なかなかの飲食店泣かせの要望を叶える数少ない店がここソフィーの両親が営む喫茶店である。
通常、彼女らがいり浸ると、その白粉の匂いにつられてヒモ志願の優男や街金やノミ屋など――女性を経済動物と見なす輩が湧いて場末感が漂うものだが、そこは店の守り本尊が害虫避けになっている。
各テーブルに不当な扱いを受けて苦しんでいるかたは遠慮なく店主に相談してください、とこちらの世界では珍しいイラストつきのメニュー書きの下部に守り本尊の意向で書き添えてあってはのこのこと顔をだすのは出頭に等しい。
ドアベルと熱気が来客を告げた。
ドアが閉まるやいなや、アイスコーヒーを注文するとサボンは出入り口が見わたせて裏口に近い席に腰をおろした。
「お疲れさまです」
ケーキスタンドを挟んで対峙する十握がねぎらいの言葉をかける。
「で、どうなりました?」
「首尾よくいきました」
そういうとサボンはおしぼりで顔を拭くと、メニュー表を取りだして大きく開けた胸元に風を送る。
世界を問わず女性に嫌われる下品な行為――だが、顔を背ける者はいない。
仕方がないとおもっている。
内心ではうらやましくおもっている。
ここが女子高なら大股開きでスカートのなかに風を送っているところだ。
天井に備えつけの魔法具が年増女の尻のように揺れながらせっせと冷気を吐きだしているが、元いた世界の冷風扇ていどの働きでは火照った彼女らの熱を冷ますには不十分であった。
「この暑いなか、よくやりますよ」
サボンは唇を尖らせると窓を一瞥する。
元いた世界と較べれば稚拙なガラスを通した外の世界は大きく揺らいでいる。
陽炎である。
オゾンホールなどという野暮天のない世界だが、そこは剣と魔法のファンタジー世界である。気象も一筋縄ではいかない。
これで冬である。
小夏日和と呼ばれている。
反動で体調を崩す者が続出している。
十握もそのなかのひとりである。丈夫な体だが、雪にも夏の暑さにも負ける。欲は控えめだが。
「さっそく隠れ家にしけこんでます。あれでコソコソ隠れたつもりなんですから恋は盲目とはよくいったものです。路上でキスまでして。一見すると貞淑な奥さんといった風なのに人は見かけによらないもんですな」
「それ、あなたがいいます」
あきれた口調にごもっともでとサボンは首をすくめる。
サボンは羊の皮を被った狼である。
無難な服装に身を包めばそれなりの店の三番番頭くらいに見える。
裏稼業の者らしからぬ柔和な顔だちをいかして、個性が際だっている十握やアーチーに代わって尾行や張りこみをすることが多い。サボンは水を得た魚のようにそれを嬉々とこなしている。
堅気に見える顔が重宝されるのは元いた世界である。一般人が得物を持ち歩く剣と魔法のファンタジー世界ではありがたみが薄い。職種にもよるが、裏稼業顔負けの凶相揃いということはままある。
役にたつとすれば、せいぜいが、不意打ちである。
捨て身の技である。
裏稼業に身を置く以上、体を張ることは覚悟の上ではあるが、できれば宝の持ち腐れ状態であってほしいと願うのは人情である。
それが十握の登場で一変した。
十握の用を名指しで仰せつかることになった。当然、十握に心酔するアーチーのうけはいい。若手の有望株である。組織が青息吐息だった頃に多くが離脱してライバルが少ないことも追い風となっている。
十握に足を向けて眠れない。事実、宿に泊まる時はベッドに潜る前にエイリアのパン屋の方向を確認するのが習い性となっていた。
「さっそく、引っ張ってきますか?」
「急ぐこともないですよ」
十握はフルーツサンドに手を伸ばす。
「地獄に堕ちる前に幸せを噛みしめてもらったほうが落差があって身に堪えるというものです」
「旦那も人が悪い」
「いえいえ、悪いのは裏切り者です。それに、暑いなか暑苦しいふたりを尾行したのです。少し、休まれては」
「そうですね。では、お言葉に甘えて」
サボンはアイスコーヒーを一気に飲み干すとガリガリと氷を噛み砕いた。それから、額に手をあてて唸る。アイスクリーム頭痛に襲われたようだ。
さすがに、累積で女性陣が嫌悪感をあらわにする。
羹に懲りて膾を吹くという慎重さがあれば裏稼業に身をやつすわけがないのでサボンはアイスコーヒーをおかわりする。
人心地つくと周囲を見回して、
「そういえば、いつもと席が違いますね。気分転換ですか?」
十握は客寄せパンダで窓際の席を選ぶことが多い。
「この陽気です。楽器店のショーウィンドウのトランペットを食いいるように眺める少年のようにたちつくす人があらわれたら命にかかわります」
「ショーウィンドウ? トランペット?」
「忘れてください」
白磁のように滑らかな肌にほんのりと赤みがさすのを見た女性たちの体がより火照って室温が上昇した。
夏のホラーで、ふと、おもったのですが、ホラーを盛り上げるのが狙いでしたら総合ポイントの高かった作品から十作、それ以外から編集部が出来がいいとおもったのを十作ほど選んでアンソロジーを組むとかしたらより盛り上がるのではないでしょうかね。
総合ポイント以外を加えたのは、ポイントだけで決めると、違うジャンルでファンを獲得しているかたが、畑違いのホラーはお世辞にも怖いとはいいがたい出来でも、その知名度でポイントを獲得する可能性があるからです。
さすがに、上位十作ともなればひいきの引きだおしということはないはずです。
たぶん。
ひととおり目を通した感じだとーーま、話に大きな齟齬はありませんでした(読者のみなさんならご理解いただけるとおもいますが、文体にこだわるわたしからするとあっさりしすぎな印象がぬぐえなくて。もちろん、うまいとおもった作品はいくつかあります。感想も書きました)。
それでは、また、次回にお会いしましょう
追伸 ショートショートが書けない体質だと気づかされました。
夏のホラーでこれはとおもったのがあったら教えてください。




