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真夜中は別の顔

 ヨハンにはふたつの顔がある。

 ひとつは老舗の油問屋の主人である。

 扱う金額の大きさもさることながら、ラウドが商業の都となる前から店を開いていたという歴史の古さが相まって街の顔役のひとりになっている。

 近頃は、質の高い食用油を買い漁る上客を掴んで怪気炎をあげている。

 もうひとつは夜の顔である。

 稀代の性豪である。

 妻妾同居の生活をしている。

 通う時間が惜しいというとんでもない理由だ。

 女遊びはそれだけにとどまらない。

 メイドはすべて彼の手がついている。

 借金や両親の急逝などでたち行かなくなった者たちである。

 ここから奇妙な話だが、ヨハンは情が深い、病気の者は医者に診せる、教養のない者と会話しても面白味に欠けると習い事をさせたり観劇を勧める。幼子の場合は、その時がくるまでわが子も同然と愛情を注ぐ。

 そして、頃合いを見計らって暇を渡す。

 彼女たちは引く手あまただ。アルコールを除いて食材はヨハンと同じものを食べてきているのでーーさすがに切れ端が多いのは仕方がないーーそこらの庶民より健康的である。教養があり、閨の技術もたしかとくれば、後添えや息子の嫁にと手をあげる者は多い。元いた世界の花魁のような扱いである。貞操を気にするのは名字のある者たちだけで、庶民は気にしない。気にしたら仕事にならない。ゼロと一の出歯亀はギムレット同様に早すぎる。昼さがりに、夫の目を盗んで間男を咥えこむのはたやすい。逆もまたしかりである。

 教会がじぶんのことを棚にあげて非難する七つの大罪のひとつである姦淫の権化でありながら、すこぶる評判がいいのはその情の深さにあった。

 一部にはラウドの伝説と称える向きがあった。

 その性豪が書斎でまんじりと夜を明かしている。

 椿事である。いつも通りなら、夕食を終えると早々に妻か愛人の寝室に向かっている。あるいは、両者をじぶんの寝室に招いている。性欲が強すぎるがゆえに複数を相手にしているだけで、妻への愛情は血の滴るステーキで腹を育んだ神父の前で誓ったその時から一アトグラムも損なわれてはいない。茫漠と燭台を見る姿は、まるで、悋気の深い妻が夫の朝帰りを待っているかのようであった。

 事実、彼は末の娘の帰りを待っていた。

 いわゆる恥かきっ子である。

 それだけにかわいい。目にいれても痛くないと溺愛している。出張や誕生日のたびにプレゼントを買うので彼女の部屋はぬいぐるみだらけになっている。

 その末の娘はパーティーに出かけている。

 友だちと連れだって音楽観賞にでかけている。

 夜会である。移動時間も加味すれば、まだ、騒ぎたてる時間でもないのだが、溺愛する娘となると冷静ではいられないのだ。

 廊下から足音が聞こえた。

 小走りである。

 ヨハンは安堵に胸を撫で下ろす。

 末娘が帰ってきたらまっ先に報告しろと執事に厳命してある。

 少々、荒っぽいノックにヨハンは眉根を寄せるが、吉報をいち早くしらせようと気が急った結果と判断して飲みこんだ。

「はいれ」

 返事はなかった。

 たしかにあらわれたのは執事である。

 ただし、首から上だ。

 断末魔の形相を浮かべたそれは毛足の長い絨毯を転がる。

 元あった場所で不敵な笑みを浮かべるはキクルである。 

ちょっと短いかな、かな、とはおもいましたが、ホラーにばかりかまけて日をあけるのもよろしくないと投稿することにしました。


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