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古代の叡知

「たいしたもんだ」

 キクルは感嘆を洩らした。

 通りすぎた通行人が怪訝な顔をしてたちどまる。キクルは往来の真ん中を歩いている。通行人は障害物があるから避けたのだがそれを理解できずにいる。認識が阻害されている。元いた世界のFBIの警告から始まる動画のインタビューシーンをすっ飛ばす、地声を聞いたことのない野暮天が画面の隅に映るマントルピースや燭台を覚えていないのと同じである。見えているけど見ていない状態であった。

 すずらん横丁の細工職人に彫らせた仮面の効果であった。

「堅気相手となると目だつのは悪手だ。それに、寝こみを襲われるのは趣味ではない」

「こんなもんつけて寝なきゃならねえって……どんな人生を送ってきたんだか」

「刺激に満ちた人生さ」

 通りの屋台から串焼きを一本、失敬して齧りつく。

「金を払え」

「ふむ、安酒で管を巻いて酒場の店員を困らせていた輩とはおもえん正論だ」

「実家が小さな商店をしていたからな。窃盗の被害は嫌というほどしっている」

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶとはよくいったものだ」

 舌の上で転がすようにキクルはいう。

「なにをいってる?」

「気づかいが中途半端だといっている」

「いいから、金を払え」

「そうだった」

 キクルはお代を渡した。反射的に受けとった店主は、突如、あらわれた硬貨に困惑している。

「――天と地の境界が、まだ、曖昧で、神の存在をもっと身近に感じられた頃の話だ」

「そんなに年寄りだったのか」

「若くして死んだからそれは違うぞ」

「ああ、そうか、死んでた間はカウントしないか」

 莫迦の相手は疲れるとばかりにキクルは嗟嘆すると、

「ここはラウドといったか、われの若かりし頃も聖地で力が溢れていた。今と違うのは邪なものが支配していたということだ。われと仲間は王命でその邪なものと戦った。今、おもいかえしても身震いする、それはそれは凄絶なものであった。戦いはひと月におよんだ。槍が折れれば剣を抜き、その剣が曲がれば素手で殴り、拳が使いものにならなくなったら、相手の首筋に歯をたてた。餓えは支援職が投じた乾物とそこらの木の実を食らって凌いだ。不思議と便意はなかった。胃や腸が奮起してすべて吸収したのかもしれん。仲間がこれでもかとかけた身体能力強化と回復魔法の副次的効果かもしれん。水分は汗となって排出される。だが、睡眠はなかったことにはできなかった。そこで、仮面の出番だ。われがまどろむ間、神の力を宿した仮面にわれの代わりに戦ってもらった」

「あんたの話は白髪三千丈なところがあって信憑性は今ひとつなんだが、実際に仮面の効果を見ちまうと腕のたつ戦士だったってのは本当らしい。チンドン屋に堕ちる前の勇者が勇者でいられた時代は凄まじいものがあるな」

「こんなものは児戯だ」

 キクルは鼻を鳴らす。

「昔のわれなら一条の光も射さぬ海の底に生息する身の丈十メートルの巨大な蟹を巣潜りで狩ることも余裕であった。だが、いかに才あれど惰弱な者が彫った仮面などたかがしれている。そして、われも惰弱な人に居候する身。大きな加護は受けられぬ。よって、盗賊の神の力を、少々、拝借したまでのこと」

「盗賊の神さまなんているのか」

 儀式などで必要に迫られた時しか教会に行ったことのない――信仰心などスラムの宿の壁より薄いキクルだが、そのようなものを祀った教会がラウドにないことくらいはわかる。

「本当はあんたのほうが邪な存在なんじゃないのか?」

「神の定義は人智を超えた力をもったなにかだ。矮小な人のことなど毛ほどもおもってはおらん。急ぎ働きをする唾棄すべき盗人であろうと、価値観が違えば、気まぐれで力を与えるものもでてくるであろうよ」

「迷惑な神さまもいるもんだ」

「それは否定できんな」

「で、次はなにをする? 透明になったことをいいことにい女湯にでも忍びこむか?」

「時をつかさどる神の加護は荷が重い」

 キクルは苦笑すると真顔になる。

「本格的な復讐の始まりだ」

「かくれんぼの次は――」

「静かな湖畔の森の影から男と女の悲鳴がする」

二作品を夏のホラーに投稿しました。

一読、お願いします。

前者は主人公が女性でじわじわくる恐怖、後者は男でスプラッターです。

両極端な話です。みなさんはどちらが好みですか?



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