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復讐の狼煙

 男子三日会わざれば刮目して見よという言葉がある。

 キクルはその三国志演義の故事に相応しい変容を遂げていた。

 洗い髪を後ろに撫でつけている。すっかり酒が抜けてむくみがとれた相貌は、もうひとりの人格(?)が影響したのであろう、あどけなさの残る小生意気なそれは精悍な大人の顔つきへと変わっていた。

 恰好がそのままだから冒険者だとわかるが、流行りの服を着せて無骨な剣を護身用の細身に変えれば、新進気鋭の実業家然である。

 嬌声が聞こえる。

 色街にいる。

 陽射しが眩しかった。

 昼前である。

 夜通し遊んだお大尽とその幇間が去ってひと息つく時間である。

 さすがに客の姿は数えるほどしかいない。

 丸い新幹線が東京大阪間を往復した時代よりのんびりした世界である。早朝の割り引きやスタンプなどのせわしないサービスはないようだ。

 それでもむせかえるような濃密な淫気が漂っているのは、ここが千年を閲した淫楽の都だからである。蓄積があった。

 背伸びして訪れたニキビ面などはそれにあてられて果てることがあるという。

 馴染み客に見られるわけでなしと浴衣のような薄い寝巻きで闊歩する、おそらく馴染み客もそれとわからないであろう化粧を落とした遊女の熱い視線を浴びながらキクルはとある娼館にはいった。

 椅子に寄りかかってあぶな絵に目を通していた男が顔をあげる。

「まだ、営業時間じゃありませんぜ」

 なぜか萌え絵調のエルフの胸元が金色に遮られた。

 巾着切り(スリ)もかくやの速度で金貨がポケットに消えると、

「いらっしゃいませ」

 受付の男はたちあがると柔和な笑みを浮かべる。

 カジノの額に刀傷のある男と較べてぎこちないものであった。

「大きな部屋はあるか?」

「ええ、もちろんあります。両手に花ですか」

 金貨一枚は元いた世界の十万円に相当する。

「両手に花ではたりんな。五人ほど見繕ってもらおうか」

「――五人もですか」

 格安店とはいえ、五人も揃えれば金額は高級店に匹敵する。贅言だが、最高級店はプレイ代の高騰に加えて歌や舞など余興の心付けが必要である。

「不服か?」

 世界を問わずもっとも甘美な調べ――金貨のぶつかり合う音が受付の疑念を晴らした。 

 キクルがこれ見よがしに金貨を一枚ずつ左の手のひらに落とす。

 金貨は五枚あった。

「こちらへどうぞ」

 受付の男が案内する。

「やりすぎだ。場末の店で五人も呼べばはずれがまざるぞ」

 キクルは小声でじぶんに注意する。

「望むところだ。久かたぶりの女だ。人三化七でも愛してくれようぞ」

「嫌な挑戦だ」

「なら、眠っていればいい」

「おれにとっても久しぶりの同衾だ。寝てるわけにはいかん」

「安い女を買うくらいできたはずだが?」

「酒に溺れていた」

「なるほど、飲む打つ買うの三拍子はどれかひとつが飛び抜けると他は消えるか。いわれてみれば、われも賭場でヒリついた勝負をしてた頃は明日に備えて早く寝たものだ」

「おれもギャンブルはするが勝った晩は娼館に繰りだしたぞ」

「遊びだからだ」

 キクルは肩をすくめた。

「こちらでございます」

 受付の男が案内した部屋は二階の最奥の部屋であった。壁をぶち抜いてふたつの部屋をひとつにしたものだ。たいした手間ではなかったはずだ。壁はウエハースなみに薄っぺらい。楽屋のにぎやかな雰囲気が洩れ伝わってくる。

 ぼやけたキクルが映る天井の鏡に反してふたつあるベッドとソファーが場末らしからぬ上等品なのはいい質流れ品が手にはいったからであろう。

「少々、お待ちを。きれいどころを呼んできます」

 揉み手をすると受付の男が部屋を後にする。

 キクルはソファーに寄りかかった。

「おい」

「どうした? 久しぶりで怖じ気づいたか?」

「犯りまくったせいで力がでなくて殺られるのはご免だからな」

「われに凡夫の常識をあてはめるな」

「へい、へい、そうですかい」

 キクルは鼻を鳴らした。


 受付の男はけだるげな女が待つ楽屋ではなく歩いて十分ほどの建物にいた。

 息せき切って飛びこんだ受付の男に、留守番の下っ端が礼をする。

「親父はいるか?」

「はい」

「緊急事態だ」

 受け付けの男は階段をあがる。

「どうした?」

 鋭い眼光で受付の男を睨めつけたのはガッチリとした肉付きの男である。

 コの字型のソファーの奥のデスクで書類に目を通している。

 部屋にはいって右側の壁に木札のネームプレートがある。十人ほどならんでいようか。札がひっくり返って赤字になっているのが二枚あった。

 裏社会ファミリーの事務所である。枝の枝である。

 ガッチリとした肉付きの男はワスプという。

 ただし、その名で呼ぶ者は少ない。

 古参は若と呼ぶ。

 大きな組織の保守本流である。元いた世界のキャリア警官のようにわずかな下積みを経て祖父や父親と同じレールをたどることになっている。

 二人とも鬼籍だが、面倒見がよかったので、今なお彼らを慕う者は多い。祖父は寿命だが、父親が殺られた時は遺骨をしゃぶって報復を誓った者がいたほどである。

 支持者は財界にもいる。

 受付の男は金貨をデスクに置いた。

「客が使ったものです」

「金貨とはめずらしいな」

「それはうちの金庫にあったものです」

「本当か?」

 ワスプの双眸に峻烈な意思の光が宿った。

「こいつは見覚えがあります」

 金貨は斜めに傷がはいっていた。

 金貨は頻繁に鋳造されるものではない。どうしても、すり減ったのや傷のついたのが流通することになる。

「よそでうかれてりゃバレなかったものを運の悪い野郎だ」

 ワスプは嘲るようにいうと、

「そいつに連れは?」

「ひとりです」

「やばいのに手をだしてねえだろうな?」

「五人ほど見繕ってくれといわれたんで滋養強壮剤くらいガブ飲みしてそうですが、物騒って感じではなかったです」

 なみたいていの快楽ではものたりずに魔法薬を服用する者がいる。負担を減らすーー早く客をいかせるために飲む女もいる。薬の作用が強いと、突如、相手に襲いかかって頭を握り潰し、すわ一大事と駆けつけたスタッフの滅多刺しなどどこ吹く風で返り討ちにすると鼻歌を歌いながら悠然と店を後にして、薬の効果が切れると同時に落命するという厄介な事件がしばしばおきている。

「なら、三人で充分だな」

 おれの金を盗んだ野郎は五指の爪をすべて剥いだ後で、おれが直々に引導を渡してやる、とワスプは鼻息荒く階段をかけおりた。


 ワスプと受付の男と留守番は場末のVIPルームへおっとり刀で押しかけた。

 ドアを開けるなり濃密な淫気の歓迎を受けた三人はおもわず前かがみになる。一番若いだけあって留守番が顕著であった。苦しげであった。

 彼らを迎えたのは九人であった。

「勝手に始めさせてもらったぞ」

 キクルはテーブルに置いてあったリンゴを掴むとひと齧りする。

 服は着たままだ。

 対して女たちはあられもない姿で突っ伏している。

 シーツはしとどに濡れている。元いた世界の子どもが水鉄砲で遊んだみたいに床に水溜まりができている。淫蕩の象徴の粘液だが、陽光を受けて七色に輝くさまは美しくもあった

 彼女らに意識はなかった。桜色に染まった全身が情交の凄まじさを物語っている。

 ワスプたちが押しかけるまでの時間は、精々、二十分といったところ。その短時間で在籍する全員をーー八人を相手して、女性を玩弄することに長けたろくでなしどもすら初めて目にする痴態を引きだしたというのか。

「太平の世は人を惰弱にする。少し触ったていどでこれよ」

 キクルは嗟嘆する。

「われの若かりし頃は七日間、寝食を惜しんで抱き続けて一万二千六百六十人を法悦の極みへ誘ったものだ」

「わけのわからねえことをくっちゃべってるんじゃねえ」

 予想外の展開に毒気を抜かれていたワスプがわれにかえって獅子吼した。

「おれの金を盗んだのはてめえだな」

「たかが金貨五十枚ていどでこの剣幕とは情けない」

 ワスプの双眸に映る精悍な顔だちは薄ら笑いを浮かべていた。

 憤怒がワスプの相貌を緋に染めた。

「ぶっ殺してやる」

 禍鳥のような咆哮。

 それを合図に飛びだした脇侍二人は足首を掴まれた。

 掴んでいるのは突っ伏していた女たちである。

 華奢な体躯のどこにそんな力が秘められていたのか。万力で絞められたかのような圧搾にふたりはなすすべなく倒された。苦し紛れに放ったパンチがそばかすが目だつ女の顔面にあたる。鼻があらぬ方向に曲がる、それでも圧搾を緩める一助とはならなかった。

 白魚のような手がふたりへ殺到する。

 絶叫が室内を席巻した。

 繊指が皮膚を摘むと引きちぎる。

 カワハギが群れをなしてその小さな口でタコを貪るに等しかった。

 職業柄、痛みに慣れていてもこればかりはいかんともしがたい。

 どれほどの時間、そうしていただろうか。

 脇侍の双眸から意思の光が途絶えた。

 ケラケラと笑っている。

 肉を削がれているというのに――。

「このていどで気が触れるとは情けない」

 キクルは口の端をゆがめる。

「われの若い頃は対拷問訓練で熱した銅柱を抱かされたものだ」

「なあ、それって盛りすぎじゃないのか」

「これ、いいところを邪魔するな」

 あまりの出来事に塑像と化すワスプに、

「次は、おまえの番だ」

 ワスプは背を向けた。

 ドアノブに指が触れた次の刹那、髪を引っ張られてワスプは後ろへ倒れた。

 したたかに背中を打ちつけて身悶える。

 満面の笑みを浮かべるキクルと目があった。

「――許してくれ。金ならやる」

 紋切り型の哀願を無視して、

「時に、おまえの家に家訓や口伝のようなものはあるか?」

「――?」

「やはり、ゴロツキ稼業にそのような高尚なものを望むべくもないか」

 鋭利な刃がワスプの太腿を床に縫い付けた。

 苦鳴は靴底に遮られた。

 顎を砕かれた。

「冥土の土産だ。死ぬまでの時間、われの情交を見ていろ。そして、地獄で先祖に咎を受ける理由を尋ねるといい」

「おれの時は見なくていいからな」

 そういうとキクルは柄から手を離した。

裏社会の組織をどう呼称すればいいか悩みますね。

マフィア、ギャング、ヤクザ……深く考えずに、適宜、選んでいきますか。

さて、今回はなにを深掘りしましょう。

盗作とオマージュの違いについて私見を述べてみますか。

わたしの定義は単純です。

「これ、○○とストーリーがそっくりなような……」

 読んでいる最中に気づかれるのは盗作です。

「なんか、よくよく考えると○○と似てるような箇所があったような、気のせいかな」

 読後の余韻に浸っている最中にうっすら浮かぶようならオマージュの範囲です。

 読んでいる最中に裏側が透けて見えたんじゃ興ざめです。

 よそさまの作品を参考にするのは当然のことです。

 物語を読んだことのない者が物語を書けるはずはありません。

 ですが、参考にするからにはそれとわからぬようにじぶんの世界観にちゃんと落としこむか、元ネタよりもサービス精神旺盛で面白くするのが礼儀です。

 ただの劣化版ではいけません。

 登場人物をそのまま流用するのは論外です。

 投稿している人は参考作品に敬意を払って境界線を守りましょう(ま、かくいうわたしも書き終えてしばらく経ってから、あれ、この箇所、○○に寄せすぎすぎでしょうと焦ることがあります。好きな作家の作品は血肉になっているのでしらずしらず似せてしまうことがありますね)。

 私見ですので、異論があるかたは遠慮なくどうぞ。

追伸 偶然、youtubeで見た初枝れんげさん(先生と呼ばれるほどのバカでなし、がモットーですのでご容赦を)のなろうに風景と時刻の描写は不要に驚きました。

そういわれれば、風景や時刻はさらっとすませているのが多い気がします。

ま、小説は結局のところ面白ければなんでもありの世界ですから、今さら変更するのは難しいし、それだと持ち味が損なわれてしまうので突き抜けていこうとおもいます。ちょっと取っつきにくいだけで、面白いのは確かですから、多分。

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