荒事
キンと空気が凍った。
蛇は女性を突き飛ばした。
禍鳥のような咆哮。
大上段から振りおろされる大剣が十握の頭を真っ二つにせんと襲いかかる。
満腔の自信に彩られた蛇の相貌が驚愕に歪んだのは銀線が交差した次の瞬間であった。
大剣はどうしてもスピードが落ちる。合わせられるのは織りこみずみである。普通は受けた側の腕がやられる。これで決まる。圧倒的な質量の前に小手先の技は無力である。――ああ、それなのに、後手にまわった優男の、しかも、蛇の半分もない細い刀に弾き返されるとは。
大剣は二メートル後方の地面に突き刺さった。
刀の切っ先が蛇の喉をとらえている。
夜の決闘を見るべく顔をだした月の明かりに照らされて大のたり刃の波紋が鈍く光っている。
「おい、こんなの嘘だろ。なんだっておれがこんな駆けだし野郎に……」
「あなたが弱いからです」
蛇はへたりこんだ。
ズボンの股間部分が濡れている。
「さて、どうしましょう」
十握の視界の隅で、理解の範疇をこえる出来事に硬直している女性がいる。
「命で償ってほしいというのでしたら遠慮なくおっしゃってください。幸い、この辺りはモンスターが出没するそうですから」
しばしの呻吟。
肩までかかる髪が左右に揺れた。
「さすがに殺すのは……」
「彼女のやさしさに感謝するのですね」
十握は愁眉を開いた。
無益な殺生は避けたい。
だったらなぜあんな科白を吐いたかというともののはずみである。切った張ったの冒険者らしく振るまおうとしたらこうなった。ついでにいうと野盗の幹部はカミーラの助命嘆願がなければ首を刎ねていた。それしか落としどころがないのは平和慣れしきった十握でもわかる。
「お怪我はありませんか?」
「ええと、突き指したくらいで他は」
突き飛ばされて咄嗟に壁に手をついた時に痛めたようだ。
「それはお気の毒に」
心底、同情する声であった。
ミドルキックが蛇のこめかみにはいった。
蛇は地面を転がった。
痣だらけの手を踏まれた。まるで煙草の火を消すような念のいれようである。
苦痛に蛇は叫んだ。
「――許してくれ」
「ご安心を。原状回復できる範囲におさめます」
――蛇は息をする肉の塊に堕ちている。
足は無傷なので意識がもどれば歩いて帰ることができる。その間に蛇と同様の卑しい輩に目をつけられたら――さんざん他人に迷惑をかけたつけが回ってきたと笑って受けいれればいい。
財布が重くなった女性が頬を緋に染めてなんども礼をいって立ち去ると十握は刀を鞘にもどした。
区切りのいいところを選んだら今度は短くなってしまいました。
加減が難しいですね。
それでは次回またお会いしましょう。「ブラックラグーン」を観ながら。