ラウドの霊的防衛
同時刻。
ラウドの副長官の直臣であるコーネリアスは役宅に隣する教会にいた。
移築されたものである。
ハルコン王国は宗教勢力の跳梁跋扈に苦慮した鼻祖の遺訓で政教分離が――端的にいうと封じこめが原則であり仕事中にちょっと抜けだして告解という環境はありえない。
天文寮である。
元は宝くじの販売を銀行が請け負うようにとある宗教団体が担当していたが、特権の暦の販売に傾注するあまり、肝心の星の運行や月齢などから吉凶を推測する本来の業務を疎かにして寝ずの番を三回ほどはずした結果、堪忍袋の緒が切れた住民や貴族の突きあげとその上の王家の意向で接収される運びとなった。
普段は静寂を旨とするこの場も今宵ばかりはかまびすしい。
ひっきりなしに駆ける者の足音がする。
礼節にこだわる暇はなかった。
僧衣が多いのは還俗した者たちである。
悪辣にも信仰の自由を阻害する王家に毅然とたちあがった、カレンダーのパテント料で貧困女性を調査して個人的に支援した者が僧籍に残り、世俗から背を向けて研究室で夜を徹した者が役人にとりたてられるとは、なんとも愉快な話である。
元いた世界の制服着用の高校から私服のそれへ転校してなにを着たらいいのか頭を悩ます学生と同じ感覚なのかもしれない。なまじ、生地と縫製に金のかかった上等な服なので捨てるのが惜しいのだ。どうせ、それを着て外にでるわけでなし、部屋着扱いなのであろう。元いた世界のこめかみに湿布を貼った中年女が息子のジャージを着て台所に立つのと似たようなものだ。
魔法の光が闇を駆逐するのはかつての名残である。
街灯を小ぶりにした照明器具には寄進者の名が刻まれている。
宗教施設ではなくなったので祭壇は撤去されている。
床に描かれた魔法円を前に職員たちがなにやら詠唱している。集中を要する作業らしく額に珠の汗が浮かんでいる。
食いいるように凝視するコーネリアスに、
「心配性ですね」
背後から声がかかった。
僧衣を飾る豪華な刺繍が序列の高さを物語っていた。
所長のリーブである。
まだ若い。生粋の学究肌で書類を脇に退けて机に突っ伏して涎を垂らしていたら、ある日、トップに大抜擢されたシンデレラボーイである。上にいた幹部職がひとりの例外もなく売僧で冷飯喰らいだったリーブに白羽の矢がたったのである。
「落ち着かないのですよ」
コーネリアスが気恥ずかしげにいう。
「かといってわたしが手伝ったところで邪魔になるだけでしょうし」
「ラウドの官房長が率先して寝ずの番に参加するとなれば、効率はともかく、大衆向けのいいパフォーマンスにはなるでしょう」
「ラウドの雀にへっぴり腰を笑われるのがオチです」
「たしかに、お上をからかうのが粋とおもう手合いは多いですね」
「あなたも役人ということをお忘れなく」
「そうでした」
服装のせいか、つい、忘れてしまいます、と苦笑するリーブが不意に真顔になったのは前方から緊張が伝わってきたのと同時であった。
「どうかしましたか?」
「なにか剣呑なものが顕現したようです」
「まさか 封印されたものが?」
幽鬼のように相貌が白いコーネリアスにリーブは別口ですという。
「捨て置いてよろしいかと」
「いや、しかし」
被害が生じたらリカバリーに奔走するのはコーネリアスである。
副長官は、偶然にも、野暮用で王都にいる。
主の留守を預かる者として遅滞は許されない。
財源を捻出する必要がある。金額が大きくなれば大商人に拠出させ、どこかの予算を削ることになる。調整は至難の技だ。
はい、そうですかと頷ける提案ではなかった。
「わたしたちには優先すべきことがあります。今回の寝ずの番は小規模ですが、万にひとつの可能性がある以上、そちらに人員を割くべきです」
「わたしとしたことがとりみだしました」
「神は悔い改める者に寛大です」
からかうような口調からこれは確信犯である。
「この街の住民はしたたかです。剣呑ななにかが一匹? 一体? 洩れでたところでうまく対処しますよ。今は特別な人もいますし」
「おや、市井のことは疎いものとばかり――」
「気分転換に、たまには本を捨てて街に飛びだす日もあります」
初めて見た時は、こんなことをいってはいけないのでしょうが――還俗した身ですから構いませんね――人の身では考えられぬ美に神の化身かとおもったほどです、とリーブはいう。
その人物を脳裏に浮かべたのであろう。ふたりの相貌が上気する。
しばらくして、正気にもどったコーネリアスが訊く。
「彼の存在がなにかの啓示になっているということは?」
「足代はわたしが持つので、その質問は本職にぶつけてください」
今回、十握には狂言回しに留まってもらい、キクルが活躍する予定です
そのぶん、ワイルドにいこうとおもいます。
これからも超伝奇異世界転移ハードボイルド奇譚をよしなにお願いします。
追伸 これも一人称の副反応ですかね、他人の作品に目を通すとじぶんだったらこう書くかなと考えてしまいます。せっかく、一人称が終わって晴れて読めるようになったのに――なろうは圧倒的に一人称が隆盛で、残りは三人称一元視点、わたしのような神視点……は、大袈裟ですね、講談師が喋るような文体はマイノリティーです――純粋に楽しめないのはよくないですね。




