キクルがくるならポウルもね
「――なんか、平和ですね」
ポウルは窓に目をやる。
なんらいつもと変わらぬ光景。大恩を少しでも返せればと馳せ参じたのに肩透かしである。こちらにくる途中で目撃した喧騒が嘘みたいであった。
エイリアのパン屋である。
オーナーは夜更かしは美容の大敵とベッドに潜っている。
明日に備えるためである。もっとも、十握は休むと告知してあるので、眠い目をこするご婦人がたがちらほらとみえるていどになりそうだが。
決め事なので、誰かが寝ずの番をする必要がある。
手持ち無沙汰のふたりは貝合わせに興じている。
卑猥な意味では、無論、違う。
そもそも、男同士の場合は兜――おっと、これはいわぬが花だ。
貝合わせは平安貴族の遊びである。貝覆いともいう。
ざっくりいうと、三百六十個の蛤を使った神経衰弱である。
出役の女房はいないので十握が進行役を兼ねる。
封建社会は貴族を優遇しないと角がたつ。
コロッケパンの販売にあわせて――と、いうか、コロッケパンを手軽な料金で売るためにベシャメルソースの手が凝ったコロッケを上流階級向けに作った。
そこは、元いた世界のスーパーのポイント五倍デーで指がちぎれんばかりにまとめ買いする保守本流の庶民の悲哀で、暴利を貪るのに心苦しいものがあり、コロッケに使用した蛤(?)の貝殻にきれいな彩色を施したものを娘の華燭の展が近いというご夫人に、
「二枚貝は対となる貝殻としか組み合うことがないことから、わたしの故郷では夫婦円満の意味があります」
お祝いと渡したところ、えらく評判で瞬く間に上流階級の令嬢の嗜みとなっている。無駄に凝り性な十握が祝儀ということもあり、宝石を潰した岩絵の具や金と採算度外視で彩色したのが殿上人の心を魅了したのであろう。十握が手ずから渡した最初の品は垂涎の的になっている。先祖伝来の宝飾品と交換でも惜しくないという者がでる始末。嫁ぎ先が高位の家で幸いである。中堅以下なら横槍に頭を悩ませるところだ。さながら千利休の茶杓のような扱いである。
十握らが使用しているのは、三百六十個は多いので九十個に減らして、絵の具を一般的なものに落とした庶民向けである。
これは贅言だが、貝合わせの知識はもとからあった。学校で教えてくれないから自発的に調べて関連知識まで詳しくなるという男のしょうもない性である。
「エルルードさんはご存じですね?」
「しってますけど、あの、貴族をさん呼ばわりするのはどうかと……」
ポウルは蒼くなるが、本人にもいっていることです、と十握は意に介さない。
「店の前の街灯をご覧ください。よく見ると他の物と違うのがわかります。彼が裏から手をまわして特別製にしたのですよ」
「そんなことできるのですか?」
「あなたが仮に役人だったとして、祖法でもなんでもない、とるにたらない規則を盾に貴族の要望を断ることができますか?」
ポウルは即座に首を横に振る。
「そういうことです」
エルルードはエイリアのこととなると見境がない。
店の開業資金は彼が用だてている。
一般的なパン屋のそれより潤沢であったことはいうまでもない。
規則を盾に貴族の消費を妨げるのは愚策である。
別に懐が痛むわけではない。貴族が自腹を切って知人の店前を特注にしたいというのだ。一代限りの役人らからすれば触らぬ神に祟りなしで、ここは副長官のご友人の顔をたてたほうが得策というものである。
「いまさら、こんなことを訊くのもなんですが寝ずの番というのは?」
「ご存じないのですか?」
知ってて当然という雰囲気で訊きづらくて、と十握は苦笑する。
「うちは形式的なものだから、たまに外にでて警戒するふりをしてくれればいいといわれると、一時の恥も不要かと」
「月の満ち欠けや星の運行などで忌まわしきものが大挙して湧くことがあります。徹夜してそれが生まれたてのうちに始末するのが寝ずの番です」
「なるほど」
寝ると体内にいる三匹の蟲が告げ口する庚申待のようなものを危惧していた十握は安堵に胸を撫でおろした。
「ところで、アパートのほうはいいのですか?」
「早々に飲み屋を追いだされた冒険者が八つ当たりしてますよ」
そういうと残り少なくなった地貝からひとつを手にして十握が選んだ出貝にあわせる。ピッタリあうことを確認すると、
「ぼくの勝ちです」
「もうひと勝負いいですか?」
「ええ、夜はまだまだ長いですから」
睡魔が十握の集中力を削いでいた。
白熱したいい勝負になっていた。
タイトルをもっと内容に沿ったものに変えたほうがいい気がしますが、妙案が浮かびませんね。
男同士のシーンはこれが限界です。なろうは女性といちゃいちゃするシーンはあっても男同士でわいわいする描写は書けないと揶揄する人はいますが、わたしの場合、学園ものじゃないですから、非情の世界に男同士のわいわいを書くのは不自然です。
外伝で男同士の友情を書いて……うーん、拳で語って友情を確認するシーンは無理か。通行人に本気でやらねえから長引くんだとどやされそう。アウトドアなどするわけがないから死体探しの旅は無理だし、剣の稽古に精進する二人が困っている人を助けたり、道場主の娘をめぐって鞘当てする話はとてもじゃないが外伝ではおさまりきらない。やっぱり、男同士の友情を深めるようなシーンなんかわざわざ書かなくても、困っている時に駆けつければそれで充分なんじゃないですかね。
追伸 一人称を書いた副作用でしょうね、行動で登場人物の心情を表現するのしんどい、一人称だったらストレートに書けたのにと愚痴が洩れます。




