わたしには夢がある
「事前に人を介して訪問を告げてあったのですよ」
十握さんがいう。
「片付けなくてはならない商品があるとかで、訪れる時は最低でも二時間前にはしらせるのが決めごとになっています」
保健所の検査みたいですね、と十握さんはつぶやく。
「保健所というのは?」
「忘れてください」
含羞に相貌が緋に染まる。
「それで、撤去しなくてはならない商品というのは?」
「それも忘れてください」
今度は幽鬼のように白い。
穏やかな口調だが、有無をいわさぬ凄みがあった。
声のトーンを微妙に調節して、同じくそれと悟られぬていどの魔力をこめて無意識に訴えかけている。演説や口上が金になる人の得意な技術ね。それより遥かに上手だけど。たぶん、服を脱げといわれたら、脳が言葉を理解するよりいち早く手がスカートにかかるんじゃないかしら。ま、命令に関係なく脱ぎたいという人は多いでしょうけど。見た感じ、狙ったわけじゃなさそうだから、これも惚れた弱味で美の女神がえこひいきしてるのかな。ますます、免罪符を買うのが嫌になる。寄付という名の事実上の徴発なんとかならないのかしら。
よっぽどショックななにかだったみたいね。
ふと、怖いことに気づいてしまった。
ひょっとして、百人ほどが怪我したのって、苦手ななにかを見てパニックをおこした十握さんが聞く耳もたずに暴れたせいなのかも……。
いずれにせよ、これは深く追求しないほうがよさそう。
わたしは話題を変えた。
「パーティーを組もうとはおもわないのですか?」
わたしたちはラウドの外にいる。
すれ違う人たちの嫉妬と憧憬と殺意のないまざった視線が心地いい。身分証を見せた時の番人の心の底から憐れむ視線は気がかりだけど。
あれかな、普通は、ゆるいラウドらしく誰何はまずないというから、明らかに都会っ子って感じの美少女が街をでることに違和感を覚えたのかも。きっと、そうよ。それで隣に十握さんがいるものだから、役人や街の顔役ではどうにもならない深刻なトラブルを抱えていると勘違いしたのでしょう。
「十握さんなら選りどりみどりだとおもいますよ」
「組んだほうがいろいろと便利なのはわかってますが」
十握さんは口ごもる。
「やっぱり人間関係のトラブルですか?」
人が三人集まれば派閥ができるというくらいだし、トラブルは容易に想像がつく。女性は十握さんに心酔のあまり繰り人形と化すだろうし、男性は嫉妬の炎に駆られてそれに反駁するでしょう。ま、女性に準ずる男もいるでしょうけど。そして、パーティーが大きな功績をあげれば、役割分担がどうであれ、功は十握さんに集約される。そう見なされる。仮に報酬を平等にわけていたとして、他のパーティーより実入りがよかったとしても、不満は澱のように溜まる。いずれ、噴出する。それが直截に十握さんに向かうか、問題行動となって無関係の人を困らせるかはその人次第だけど、パーティーはお終いね。
わたしはグルメとファッションが主の記者だけど、それでも一般の人よりは多く嫌なものを見てきている。
人の欲に際限はない。
金がはいってひと心地ついたら名声が欲しくなる。
むしろ名のほうが価値があるのかもしれない。
封建社会の身分の壁は腕力や魔力で破壊するには固すぎる。
高ランクと怪気炎をあげたところで所詮は冒険者。麻のように乱れた時代だったら子爵や伯爵も夢ではないんだろうけど、今の太平の世ではよくて陪臣か萎びた根菜がとれるくらいしか産業のない地方の領主があがりどめ。ギルドに潜りこむ手もあるでしょうけど、不良のリーダーが本職になるとはしゃばしゃとしないのと同じで出世は厳しいんじゃないかな。早々に冒険者稼業を見限って教養と算術と権謀術数を身につけた金融部門の同期の横槍を撥ねつけるには誰しもが憧れる実績と人徳が必要になってくる。
どれを選ぼうと能力が子どもに受け継がれなければ没落は必定。
その点、名を残せば――芝居の人気演目になれば死後も崇敬が集まる。
男として――この場合は漢かな――名をあげるなら貴族のドラ息子を糾弾して、その結果、十三階段をのぼることになっても本望だと豪語する究極の見栄っ張りはおもいのほか多い。
わたしにいわせると死んで花実が咲くものかだけど。
ただたるをしるは、けだし名言ね。
わたしだったらおいしい食べ物とかわいい服があればそれで満足なのに――あ、甘口のお酒も欲しい。わたしも強欲ね。
でも、十握さんの返事は違った。
「なんとなく、疲れるのですよ」
現在進行形で家族や竹馬の友がため息まじりに吐露したら有無をいわさず医者にみせるか避暑地に押しこむレベルの発言です。
「パーティーを組んだことはあります。最初は純然と楽しめたのですが、次第に義務感みたいになるのがいけませんね。他にすることが多いなかで時間をあわせるのも手間ですし、そこまでして、素性のしれない人たちにあわせて得るものはなにかと考えだしたらなんだか白けてきて――」
移り気な私には冒険とギャンブルは気の向いた時に気の向いただけするくらいがちょうどいいのですよ、と十握さんはいう。
なんとなくだけど、いわんとするところはわかる。
十握さんクラスになると冒険者稼業は余暇活動のひとつくらいなのでしょう。元々、身分証欲しさに加入したというし。
おや、と十握さんの足がとまった。
サングラスが邪魔でわからないけど目を細めているみたい。
「野草の採集は厳しいかもしれませんね」
「トラブルですか?」
「ほら、あそこ」
繊指がしめす先をわたしは目を凝らすけど豆粒ほどの大きさで木々が密集しているのがわかるくらいでなんにも見えない。
「モンスターが暴れてます」
「か、帰りましょう」
「大袈裟ですよ。河岸を変えればすむことです」
苦戦してますね、と十握さんはひとりごちる。
「――?」
「冒険者が戦っています」
「勝てますか」
「さて」
十握さんは言葉を濁す。
「放っといていいのですか?」
「死線をくぐってこその成長です。その覚悟をもって戦っている人たちに水をさすのは野暮の極みです」
「たぶん、向こうは加勢を欲しがっているとおもいますよ」
そんな高邁な精神の人はごく一部。大半は実入りがいいか、腕っぷししか誇れるものがなくて消去法か。上司がいないからという理由もありそうだけど、命を賭してまでするシノギとはおもってないでしょう。
「強きになびき、弱きをくじく人は嫌いです」
白磁のようになめらかな頬が膨らむのを見てわたしは笑み崩れる。
なるほど、見殺しにしたいのはそれが理由か。すばらしい、実に人間らしい感情でいいじゃない。ま、ちょっと高潔だけど。
「だったら、助けるべきです」
「人の話を聞いてます?」
「助けた上で、相応の報酬を要求すればいいんですよ」
「宵越しの錢は持たぬと使い果たす享楽主義者ですよ。無い袖は振れません」
「十握さんお得意の断ることのできない提案です」
鏡がないから断言はできないけど、十握さんがいうメフィストフェレスの笑みって、たぶん、こんな感じなのだとおもう
「窓口のクレアさんを通じて許容される上限の報酬を請求します。わたしも広めますから噂になるでしょうね」
「命を救ってもらいながら金を惜しんだとラウドの雀に揶揄されたところで、元より貫目などないのですからカエルの面に小便だとおもいますが」
「行きつけの飲み屋でいあわせた女性に面罵され、露出過多の服装で商品のアピールに余念のない女性に袖にされたら宗旨替えしますよ」
十握さんが首を傾げる。
「そううまくいきますかね」
「うまくいきます。わたしがちゃんとしかるべき人たちに耳打ちします。鼻の下を伸ばして淫楽の都に繰りだした結果が石持て追われるでは喪失感にさいなまれてぢっと手を見ることになるでしょう。原状回復するにはいい値で払うしかない。分割払いは、断固、拒否してください。手元にまとまったお金があるわけないから借金することになるはずです。信用のない人が大金を借りるとなると物騒なところから引っぱるしかない。当然、金利がきついので少なくとも二年は生活に窮するのではないでしょうか」
ありがちな逐電はこの場合だと悪手もいいところ。金の唸るラウドだから半端者が半端仕事でそれなりに面白おかしく暮らしていける。金を惜しんだばかりに逃げた先で濁った豆のスープと粗悪な密造酒で一日を締めくくるのは都会人の矜持が許さないでしょう。ま、アルコールと梅の毒で脳がお疲れだと簡単な損得もわからなくなるからあえて悪手を選ぶ可能性は否定できないけど、それはそれで結構。この手の連中は自己主張に余念がない、と、いうか、忘れさられることを嫌う。ほとぼりが冷めたかさぐる意味あいもあるでしょう。未練がましく、こちらは人の心がきれいだの、食べ物が新鮮でおいしいだのと負け惜しみを綴った手紙が堕ちていく姿を近くで観察できなかった溜飲をさげてくれる。
そんな手紙をどうやって入手する?
こんな面白いネタ、受けとった人が吹聴してまわるわよ。
類は友を呼ぶで、その人もろくでなしなんだから。
十握さんは微笑した。
「アリアさん」
「はい」
「あなたは悪い人だ」
「いえいえ、見殺しにしようとした十握さんほどでは」
くぐもった笑い声が重なった。
そして、時は動きだす。
「もう、降りて大丈夫ですよ」
その言葉を待ってました。
わたしはおっかなびっくり木を降りる。
地面につくと大きく背伸びをした。
ポキポキと関節の鳴る音が心地よかった。
やっぱり、地に足のついた生活って大事ね。――ん、意味が違う? いいの、いいの。解放感に浸ってるんだから。細かいことは気にしないの。
冒険者連中の姿はなかった。モンスターが目標を変えるやいなや一目散に逃げたみたい。小者らしい所作だこと。どうせ、ギルドに報告して救助を募るなんて義侠心は母親の胎内に置いてきた連中だから、街につくなり厄落としと称して一杯引っかけることでしょう。ま、いいわ、好きなだけ飲む打つ買うに励みなさい。本当の災厄は明日から始まるんだから。不幸の前にちょっとした幸せがあったほうが落差があってより骨身に染みるというものよ。
十握さんは街にいた時となんら変わらぬ姿です。
大量の血が流れたというのに、黒衣には一滴もついていない。
涼しげな顔もそのまま。
モンスターをダース単位で屠って眉ひとつ動かさないってどうなのよ。
「お怪我は?」
十握さんが訊く。
「かすり傷くらいです」
それは重畳、とえらく武張ったものいいにわたしは嫌な予感に襲われる。
この手の予感は残念ながらよくあたる。
「では、ふたりでこの量は運びきれないのでギルドへひとっ走りして応援を呼んできてもらえますか?」
「――?」
「わたしが行ってもいいのですが、そうなると、血の匂いに誘われたモンスターや横取りをたくらむ冒険者の対処をアリアさんにお願いすることになりますが」
窈窕たる美貌に酷薄な笑みが広がった。
「わかりました」
わたしは長嘆した。
「使いっ走りさせるのですから、わたしの取り分もお願いしますよ」
軽口のつもりだったのに、
「囮になってくださったのですからそれはもちろん」
「――それって」
「口を動かさずに足を動かしてください」
わたしは走りながら心内で毒づいた。
おかしいとおもったのよ。
実際に相手をしている十握さんがいて、木に登って耐え忍んでいるわたしにばかりモンスターが群がるなんて変じゃない。
十握さんのことだから、安全だと確信できたからしたのだとおもうけど――それにしても、ひと言、いってくれたっていいじゃない。寿命が縮むおもいだったんだから。
でも、怒りは長くは続かない。
十握さんの顔が脳裏に浮かんだ次の刹那に雲散霧消した。
翌日、普段使わない筋肉を木登りで酷使したらしく、節々が痛む体に鞭打って事務所で原稿を書いていると不意に陽が翳った。
ボス――ゴドウィンが覗きこんでいる。
「よく書けているじゃないか」
「ありがとうございます」
「そんなおまえにご褒美だ」
デスクに置かれた商品券におもわずすっとんきょうな声をあげる。
「それってシュプールの切手じゃないですか」
「十握の旦那からだ。取材の内容をソフィーに――たったひとりの同僚に話したら、少々、刺激が強すぎると指摘されたらしくてな。お詫びの品だそうだ」
「ありがたく頂戴します」
「切手は二枚ある。誘う相手がいないのならおれがつきあってもいいぞ」
「二回、通います」
「その図太さがあれば大丈夫そうだな。旦那の伝言だ」
ボスは咳ばらいをすると姿勢を正した。
「上意である」
「――それは?」
「よくわからんが、本人を目の前にしてるように神妙な顔して聞けということらしい」
「十握さんって、時々、変なことをいいだしますよね」
「まあな。では、続けるぞ。すずらん横丁の毒王が呼んでるから近いうちに顔をだすようにということだ。危なっかしくて見てられないから、長生きできるように鍛えてくれるそうだ。遊びがすぎた罪滅ぼしらしいが……これって、吉報、凶報のどっちになるんだ?」
ゴドウィンが真顔で訊く。
「しりません」
わたしはそっぽを向いた。
外伝にしては長くなってしまいました。
どうでしょう? 一人称でも、お、ちゃんと書けてるじゃないかとおもっていただけたら幸いです。
おそらくなろうで唯一の美しすぎるが妥当の主人公の活躍にこうご期待ください。
追伸 一人称は一人称の難しさがありますね。なろうの多くは一人称なので、他人の作品にじぶんだったらこう書くとか考えて純粋に楽しめなくなるのは置いといて──主人公が九九が六の段でつかえる低能だと表現の幅が狭くなるし、ストーリーがとっちらかる。
真面目だと、例えワトソン役でも活字を目で追う面白味が減少する。
ほどよく知的で性格が悪いか、一般と価値観がずれていて行動力がある──変わり者を主人公に据えるのが無難です。参考までにどうぞ。




