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萌えよペン

 十握さんとはカジノで落ちあうことになった。

 打ちあわせと肩慣らしの時間が必要とのこと。

 意外と神経質なのかな。

 そんなことないか。

「さんざん人の命を弄んできたのですから、じぶんの番が回ってきたと笑ってうけいれてください」

 微笑を湛えて死刑宣告する人だっていうし。

 重いドアを開けた先の額の金創きんそうが目を引く大男に見せ金の金貨一枚の代わりに割り符を見せると、

「話は聞いてるぜ」

 金創の大男の口調がくだけたものになった。

「ゴドウィンが女をよこすって聞いた時は、こりゃ、色仕掛けとは早まったことをしたもんだとあきれたが――ちゃんと能力本位で選んだようだ」

「――なにか失礼なことをいわれた気がするのですが」

 深読みするのは職業病かい? 金創の大男が破顔する。

「十握の旦那は舌ったらずな声で甘えりゃ男なんざイチコロだとたかをくくるあざとい女が苦手だから、知性派がきてよかったといったのさ」

「見た目に反して弁がたちますね」

「お、褒めてくれるのかい。研修でみっちりしごかれたんでね。さ、中へどうぞ、お嬢さん。おれはあんたがつつがなく密着取材を終えるほうに賭けてるんだ。いわゆる逆張りってやつで配当がデカイ。たまにはおれにとびっきり上等な酒を飲ませてくれ」

「あの、十握さんって気むずかしい人なのですか?」

「十握の旦那が同じ人かは疑問の余地が残るがそれは置いといて……妙なこだわりがあるのはたしかだ。普通は沈黙とか団結とか報復とか仁義と書くもんを、『強くなければ生きられない、やさしくなければ生きる資格がない』、こんなけったいな文言を額にいれて飾ってるのはうちの事務所だけだ」

「わたしに賭けたのですから、アドバイスをもらえますか。宗教以外で――」

「そうさな」

 指の付け根が盛りあがった手がなめし革のような頬を撫でる。

「誠実が一番だ。金さえくれれば因業ババアを領民を救うためなら裸になることも厭わない聖人と持ちあげるろくでなしは半径五キロ圏外で幸せになってくれというのが旦那の方針だ。ま、そう緊張するなや。女にドロップキックかまして真の男女平等主義者とのたまうカスだかクズよりはるかに安全だ。旦那は温厚だから滅多なことで怒らないし、おおかたの失言は指でチャラにできる。むしろ、ヨタ記事に怒り狂ったファンのほうが危なっかしい。おたくらのお仲間が金持ちのボンボンが平民に怪我を負わせた時の常套句のかわいがりってやつだからカチコミされたら仲よく喧嘩しな」

「ご忠告痛みいります」

 記者に偏見をもっていることはわかった。忸怩たるものがあるけど、さんざんつきまとわれてあることないこと吹聴されればそうなるよね。聖女と称える人がいるとかいないとかのわたしだって、お尻にできものがわんさかあるなんて嘘八百いいふらされたら首謀者を探しだして倒れるまで殴って起きあがるまで蹴って、昨晩、ベッドを供にした相手が見てもそれと気づかない姿に堕とすもの。

 もうひとつのドアが開いた次の刹那、熱気が面貌を刷いた。

 むせかえるような人いきれ。

 朝の早い市場の人たちだってまだ夢の世界にいる時間だというのにカジノは盛況でした。

 予想通りだけど現実を目にすると驚きを禁じえない。

 サイコロを縁の欠けたサラダボウルに転がしたって面白いのがギャンブル。それよりはるかに洗練されたゲームと、踝まで埋まりそうな緋色の絨毯に躾の行き届いたディーラーが演出する高級感、それでいて飲食は無料とくれば粋人は仲間を誘っておしかける。そして、金は金を呼ぶ。十握さんのお国の言葉だとマタイ効果というらしい。金持ち連中が通うから、ちょっとした顔繋ぎになる。商機が生まれる。商談の場としても重宝する。それと、ギャンブルは格調高い大人の余暇活動であるべきという十握さんの意向で、いつもニコニコ現金払いで駒をまわすのはなし、負けがこんでいる客にはそれとなく諭してお帰りいただく、人前でストッキングをなおす女性は門前払い。結婚記念日とかプロポーズした日とかサラダ記念日とか大事な日は事前に耳打ちしてお菓子や香水を用だてるから奥方の受けも悪くないと、本当、痒いところに手が届く高級旅館も顔負けのサービスときてる。その担い手が、表の世界から弾きだされた――沸点が山頂より低い人たちだというのだから驚く。九九が六の段でつかえる、もの覚えの悪い人たちをどうやれば短期間で躾ることができたのかしら? 準備期間は二ヶ月切ってたというし――奇跡といっても過言じゃない。

 くすぶりから一発逆転のアーチーさんは笑いがとまらないでしょう。

 勢い裏社会の力関係でぶんどっちまえって威勢のいい人が当初はいたみたいだけど、みんな、日がな一日、敗残兵みたいに膝を抱えて壁に話しかけるか、雨が降ると小指の疼痛に顔をしかめる体質になっちゃった。

 今は平和そのもの。貧すれば鈍するでたまにチンピラが暴れるくらいで、そんなのはものの数にはいらない。肋骨の十本もへし折って川にポイッ。心まで折れてなければ今も善良な人たちに煙たがられているんじゃないの。

 模倣する博徒もでたらしいけど、先鞭にここまで微にいり細を穿ったサービスをされたら浮かぶ瀬はなくて、後続の多くが四半期と保たずに手を引いたみたいね。

 そのカジノの立役者――口さがない人たちがパン屋の御前とか、指フェチとか、金より好奇心で転ぶ変わり者と形容する十握さんはバーカウンターにいた。

 わたしに気づくと微笑して手招きする。

 百聞は一見にしかずとはよくいったものね。

 仄聞したところだと――今でも人々の口の端にのぼる闘技場の一戦は、野暮なボスが押しつけた雑用で万斛ばんこくの涙をのんだ――烈日の強い輝きをイメージしていたんだけど、どちらかというと夕映えのような、冬の空に浮かぶ冴え冴えとした白い月のような、やさしくて、せつなげで、でも、どこか、近寄りがたい空恐ろしさがあって……わたしの語彙力じゃここらが限度。わかりにくいとおもうけど十握さんを端的に表現しろというのが土台無理というもの。でも、いわんとすることはなんとなく理解できたんじゃないかな。

 細かい描写はしてたらきりがないから省略するね。

 と、いうか、記憶がかなり飛び飛びなの。

 紅茶の味も覚えていない。

 お店で飲んだらわたしが、昨日、食べたランチ代になる高級茶葉というのとおかわりしたのは覚えている。はしたないとおもうけど、極度の緊張で喉が乾いて仕方がなかったのよ。これは後でアーチーさんから聞いたんだけど、初めて意中の男の子と手を繋いだ時みたいに頬を上気させながら、湯気をたてる紅茶に悪戦苦闘する姿に十握さんは好好爺然の笑みを浮かべてたって。怪我の功名なの、かな、かな?

 できることとできないこと、もしくはしたくないことの境界線をはっきりさせたほうが後腐れがなくていいと色々と聞かれたらしいんだけどそれはすっぽり記憶から抜けている。

 でも、返事は明瞭におぼえている。

 変なスイッチはいっちゃった。

 惚れた男の借金返済にじぶんから進んで苦界くがいに沈むってこんな感覚なのかもしれない。二度はないことを切に願うわ。

「女性だからって遠慮は不要です。体力には自信があります。経費で美味しいものを食べてるだけとからかう先輩たちを見返したいんです」

 なんでこんなこといっちゃたんだろうと後悔してる。

 体力に自信がある? あるわけないじゃん。

 潜入取材するルポライターじゃないんだから。

 こっちは風邪をひいたら仕事に支障がでるグルメ記者よ。

 あったら、この前、取材先でお尻を触ってきた脂性のアルコールで育んだお腹をサンドバッグ代わりにしてる。ないから、持ってたガラスペンを頬に突き刺して怯んだ隙に逃げてきた。あそこは類は友を呼ぶで客層がよろしくない、どうせ行くなら一ブロック離れた○○のほうがおすすめと正直に書いたらすぐに潰れちゃった。やっぱり、ペンは強しね。

 でも、そんな口からでまかせも十握さんの琴線には触れたみたい。

「その心意気や、よし」

 ずいぶんと武張った言葉で褒められた。

「わかりました、かよわい女性ということで物騒なところは早々と切りあげて屋形船で乾杯のつもりでしたが、ちゃんと大人の社会科見学といきましょう」

 浅慮をお許しください、と十握さんが詫びる。

「あの、そんな、頭をあげてください」

 屋形船のほうが絶対にいい。

 この流れは危険と本能が警鐘を鳴らす。

 とんでもなく物騒な場所に連れていかれそう。

 女だてらに度胸がある――あ、これはウーマンリブのかたに怒られるかもしれませんね、と意味不明なことをいって感極まりつつ恐縮する傾城の美丈夫の隣で静観しているアーチーさんにすがるような視線を送ると力なく首を横に振るじゃない。

 わたし、大丈夫かな? 死が身近にある人の安全基準って隣の旦那さんと懇ろになって刃傷沙汰をおこす奥さんなみにガバガバが相場だし。

「小さな知恵しかない者は大きな嵐がきたらあきらめろ」

 ボスの科白が脳裏に浮かんだ。ついでに嫌みったらしい顔も。

 死んだら化けてでてやる。

 でもねえ、枕元にたったら、あの人、死んでまでおれに逢いたいとはかわいい野郎だぜって抱きついてきそう。悲しいけど、恥をしる者は恥しらずには勝てないのよ。

ガラスペンを頬に突き刺すのはちょっと気弱で、でも、心内ではたっぷり毒を吐くヒロインらしからぬ蛮行ですが、そこは、ま、治安の悪い異世界ということで平にご寛恕のほどを。

ちょっとエキセントリックにはなってますが、割と一人称の王道みたいな感じはうまく表現できているのではないでしょうか。

貴族の令嬢が格上の貴族の嫡男や平民や使用人たちと同じテーブルで食事をする学園ものも羞恥心をなだめすかせば書けそうな気がしてきた。

ま、これからは薄着の季節。首筋に掻き毟った痕があると目だつので当分はこちらに専念するつもりですが。

それでは、また、次回にお会いしましょう。 「本店の味」を食べながら


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