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火事と喧嘩はラウドの華?

 順を追って話すから前日に時を遡るね。

 うちのボス――ゴドウィンが肩を怒らせながら事務所にもどってきたのは、常夜灯の明かりが窓にさしこみはじめた午後六時をすぎた頃だったかな。

「あの莫迦どもが」

 大股で部屋にはいるやいなや手近にあった机の脚を蹴飛ばした。

 そして、顔をしかめる。痛かったみたい。

「どうかしましたか?」

 虎の尾を踏むマネは不本意だけど、他の人たちは出払っていて残っているのがわたしだけだから訊かざるをえない。無視してたら、それはそれでヘソを曲げるに決まってる。

「コリンズとネモの莫迦どもが」

 両者とも先輩です。ファッションに無頓着なのと意地汚くて喧嘩っ早いのが玉に瑕ですが、人情味のあるいい人たちです――って、あれ、褒めようとおもったんだけど、ほら、わたしって根が正直だから。

「喧嘩だ。それ自体はかまわねえ。高天原の高貴な霊統とは違って姿形は似てるが地の底から湧いた下等な連中を相手に大人の対応をしたところで舐められて商売がやりにくくなるだけだ。肋骨の十本もへし折っておけば、莫迦がどんなに吹いたところで真にうける者はいまい。だが、役人に見つかったのは失態だ」

 今度は、拳で机を殴る。顔をしかめるのは同じだけど。

「あの、話の腰を折るようでもうしわけないのですが――高天原の霊統うんぬんというのは?」

「受け売りだ。詳しいことはしらん。もの凄く莫迦にしてることがわかればいい」

「はあ、そういうものですか」

「そういうものだ。覚えておくと便利だぞ」

 とにかく、あれだ、とよくわからない前置きをいうとボスは話を続ける。

「役人相手に大たちまわりするわけにはいかねえから――ただの喧嘩を見咎められたくらいで倒れるまで殴って起きあがるまで蹴ってたら割にあわねえからおとなしく縛につくわな。で、おれは部下おもいの上司だからなにはさておき柄受けに行ったところ、驚いたぜ、担当した木っ端役人の野郎なんてぬかしたとおもう? たてこんでるから明日にしろと手で追っ払いやがった」

「本当ですか?」

 にわかには信じがたい。

「おれがこんなことで嘘をいうとおもうか――そう、感情に任せて怒鳴り散らしてやりたいところだが、ふむ、アリアの疑問はもっともだ。――おれに役人風を吹かした莫迦野郎は初顔だ」

「それは災難でしたね」

 わたしはちょっとだけ初顔に同情する。取り巻きを引きつれていればどういう人種かたちどころだけど、パッと見は福々しい笑みを浮かべた中堅どころの商人然だからくみしやすしとみなしたのかな。

 だからといって、庶民の生活を守るという建前の役人が木で鼻を括る対応をしていいわけがない。

 短気な人なら――冒険者や職人あたりなら取っ組みあいの喧嘩になってる。

 大きな騒ぎになるでしょうね。

 金食い虫の木っ端役人風情に顎で指図されてたまるかってのが、ラウドの住民が多かれ少なかれ抱く感情だし。

 で、ケガなんかさせたらラウドの雀に風流を解さぬ野暮天らしい振るまいよとからかわれて、ケガを負ったら負ったで役儀にあるまじき惰弱なふるまいと誹りをうける。どちらに転んでも役人は貫目を落とす。出世は絶望的。小麦を買う金で酒を飲むマヌケけでもない限り、愛想笑いまではしないまでも事務的に処理をして要らざるトラブルを避けようとするのが普通よ。

 さて、三人称だったら閑話休題っていうところかな。

「おおかた、金とコネで捻じこんだ貴族の三男や四男あたりだろう。世間しらずの恥しらずの坊やだ。だが、そんなこたあ、関係ねえ。マヌケの指導を怠った監督責任を追及してやる」

 一応、連中の顔をたてて、毎月、ぶ厚い封筒をくれてやってるが、おれがその気になれば即座にラウドから身ひとつで追いだされるネタを掴んでいることを再認識させる必要があるな、とボスは歯を剥く。それから真顔にもどると、復讐というスープは冷めた頃が一番うまい、今はふたりの穴埋めが優先だと小声でさらっと物騒なことをつぶやくとわたしを凝視する。

「喜べ、大役だ。コリンズらに代わって密着取材をしろ」

「いいですが、誰ですか?」

「ラウドでもっとも強くて美しいパン屋の店員だ」

「本当ですか――あ、熱っ」

 おもわず身をのりだした時にうっかりカップを倒しちゃった。

 慌てて原稿を避難させると、わたしは机を侵食する黒液を布巾で拭く。

 ちょっとかかった手がヒリヒリと痛い。

 もう、なんなのよ。手近にあった文鎮に患部を押しあてて冷やす。

 でも、ま、これで夢オチの可能性はなさそうね。

 先輩がた、ひと足早い誕生日プレゼントありがとうございます。

 一度、取材したかったの。でも、十握さんはプライベートを切り売りするのを嫌うっていうし、詮索した同業者は離乳食から仕切りなおすことになったというから気後れして……。

 その憧れの人と会える。

 なにを訊こう。そして、わたしはなにをいただこう。密着取材がOKなんだから少しくらいわがままいっても許されるよね。上得意客限定の湯種を使ったパンというのを食べてみたいし、十握さんが出資しているシュプールでコース料理を堪能というのもいいな。期待に胸が膨らむ。そんなものどこにあるんだ? ってまぜっかえしはなし、大きいことはいいことだは古い発想よ。そりゃ、ま、神さまが大きくする代わりに好物のスコーンを我慢しろっていってきたら五年でも十年でも断つけど。そうだ、屋形船をお願いしよう。そこでしか提供していない天ぷらって料理が凄く美味しいらしいの。それで、美味しい料理とお酒に話が弾んでいつしか妖しい雰囲気に――ふたりっきりだから誰憚ることもなく――あら、やだ、全身が火照ってきた。――ええ、わかってるって。妄想くらいいいじゃない。エイリアさんにソフィーさん、カミーラさん、レベッか姉さんにクレアさん、そうそうたるメンバーに囲まれてるんだからわたしのでる幕がないことくらいわかってるって。でもね、なにがおこるかわからないのが恋愛でしょう? もしかしたら、十握さんにとってわたしが理想の相手ってこともあるかもしれないじゃない。クレアさんが少し被るけど、知的で可憐な美少女枠が他にいないことだし……。

 わざとらしい咳払いがわたしを現実にもどした。

「うれしそうだな」

「そりゃ、もう、念願がかなうんですから」

「だが、おれはふたりの代わりといった」

「それは――どういう――」

「おれが口酸っぱくいわないとパンツを履き替えるのさえ忘れる不調法者が、アフタヌーンティーを優雅に嗜めるとおもうか? トラブルシューターのほうだ」

「あれ、持病の癪が……」

「小さな知恵しかない者は大きな嵐がきたらあきらめろ。軽く見られがちで悔しかったんだろ? よかったな。これで、見返すことができる」

 わたしは肩をすくめた。

「わかりました。その代わり、手当は弾んでもらいますからね」

「もちろん、そのつもりだ」

 シビアなボスがまさかのふたつ返事。

 あれ、本当に胃の調子が悪くなってきた。

 そんなわたしの心痛などボスはおかまいなしで、

「時におまえ、信仰心は厚いほうか?」

「ご冗談を。それに払うお金があったら服にまわしてます」

「気があうねえ。おれの場合は飲み屋のねえちゃんに貢ぐのだが。この後、いっしょに行くか?」

「――話がみえないのですが」

「十握の旦那は甘ったるい煙草の匂いとギルドのコーヒーとは名ばかりの泥水の次に宗教が苦手なのさ。そして、おまえの前に取材したのが篤信深い野郎でよせばいいのに、売僧にいい子いい子と頭をなでてもらいたかったんだろうな、勧誘したらしいぜ。それで企画はお蔵いりだ。ま、他所の記者だからおれとしては慶賀だが」

「その人、どうなりました?」

「生きてるよ」

「できれば頭に元気という言葉がほしいのですが」

「禍福はあざなえる縄のごとし、さ」

 ボスがうそぶく。

「――他に留意すべき点は?」

「よいしょはされる身になって丁寧にやれ。後は、ま、でたとこ勝負だ」

「今夜はお酒の力を借りて寝ます」

 三杯までにしとけ、とボスは苦笑する。

「案ずるより産むがやすしさ。おれも十握の旦那といっしょに行動したことがあるが、ほれ、指は十本ある」

「それを聞いて安心しました」

 がさつなボスがなんとかなったのなら可憐な美少女がうまくたちまわるくらい造作もないでしょう。

どうせ書くならベタ中のベタにしたれとちょっと気弱なんだけど妄想癖があって毒も吐くしそれなりに腹黒いところもある人物像にしてみました。

また次回にお会いしましょう。  「バイオハザード」を観ながら。

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