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夜の流謫民

 石畳に映る影は揺らいでいた。

 逢魔が時である。

 いや、こちらの世界だと語弊があるから黄昏時といいなおしたほうが無難か。

 上弦の月は曇天に隠れている。

 街灯が灯っている。

 魔法である。

 淡い光。元いた世界の手軽に買えた懐中電灯より輝度は低い。安定せず、時折、明滅する。どうせならジジジジと音がしたら風情があっただろうとドグラマグラを三分の一ほど読んだことのある十握はおもう。が、しかし、初めて訪れた者はその眩さに目を細める。王家の直轄地の面目躍如である。物流の拠点で潤っているからなせる業であった。

 農村への買いだしの帰りである。

 ソフィーの付き添いである。

 そう極端な差ではないがこちらの世界にも四季はある。そして、こちらの世界も季節の変わり目は異常行動をとる者が増える。野盗に加えて、劣情を抑えきれなくなった者が郊外に出没して足のつきにくい旅人を贄とする。

 エイリアの存在が大きすぎて忘れられがちではあるが、ソフィーも同世代と較べたら頭ひとつ抜ける器量よしである。

「変なことをしてきたら返り討ちにしてやる」

 と本人は鼻息荒くいうが――実際、ちょっかいだしたばかりに雨の日は古傷が疼く者が相当数にのぼるとか。やはり、強くなければ生きられないを地で行く世界である。できれば対の句、やさしくなければ生きる資格がないもあってほしいものだ――心配性のきらいのあるエイリアのたっての頼みで護衛というと難色をしめすだろうから周辺の地理に慣れるという建前で随従することとなった。

 帰りが遅くなったのはたまには冒険者らしいことをしようと――街に忽然と出没するモンスターは退治していたが――慣れない薬草の採集に予想以上の時間をとられたからだ。

 ソフィーを喫茶店に送り届けた時、

「もう少し、早くならなかったのか」

 と父親に小言をいわれ、

「あら、朝帰りでもよかったのに」

 と母親にけしかけられた。

 父親が娘を持つ身にしてはさほど感情的でもないのは、十握が喫茶店に足繁く通ってよしみを通じていたからである。

 劇的な体質改善で酒に強くなったが習慣というものはなかなか抜けないものである。

 コーヒーや紅茶でくつろぐ時間が無性に欲しくなる。同僚の家族が経営する喫茶店があるならそこを優先するのが筋である。幸いにもソフィーの両親が営む喫茶店は番付の上位であった。欲をいえば音楽があるとなおよかったのだがかなうはずもなく脳裏で再生する。レパートリーが少ないのが難点だ。音楽に疎かったのが悔やまれる。こちらの生活に慣れたら音楽鑑賞と洒落こむ予定である。ひとりでは心許ないのでエイリアかカミーラを誘うことになるだろう。ソフィーはじっとしているのが苦手な口だ。――無論、客寄せになっているのはいうまでもない。十握もそれを見越して五回に一回は窓際の席に座る。

 十握はギルドに寄って薬草を預けると――いつも遅くまで自発的に居残りして査定する植物担当が奥さんが法事で出払ってるとかで定時で帰ってしまった――まっすぐ家路につく。

 嬌声に後ろ髪引かれるが我慢。

 手持ちが乏しいのである。ギルドで預金をおろせばすむことだが、そこは元いた世界の庶民感覚が残っていて夜間手数料が業腹なのだ。

 晩夏のまだまだ蒸し暑い風にのって犬の鳴き声が聞こえる。

 複数の鳴き声である。

 集会でもしてるのだろう。

 十握は足をとめた。

「最後のひと仕事が残っていましたか」

 そういって頭を掻くと裏路地にはいった。

 堪え性のない男がいた。元いた世界でいうところのゲームと漫画が教科書の手合いである。

 少々、酒がはいったくらいで気が大きくなって女性に絡んでいる。

 怯える女性の双眸に映るむさ苦しい面は嗜虐心の充足から喜悦の表情を浮かべていた。

「――見苦しい」

 十握の呟きにその男が振り向いた。

 見覚えがあった。ギルドでなんどか見かけている。周りから蛇と呼ばれていた。両親が子どもに長い襟足を強要するタイプでなければふたつ名であろう。背負った大剣でわかるように前衛職である。腕はたつはずだ。そうでないとギルドで大きな顔はできまい。大言壮語は文字通り命とりになる世界である。

「なんだ、てめ」

 最後の「え」は口中にとどまった。

 毒気を抜かれている。

 幽玄の美を前にして反応が今ひとつなのは肝心かなめの目元が隠れているからである。

 十握はサングラスをしている。

 柄じゃないという自覚はある。

 苦肉の策である。

 安全第一。

 見慣れたソフィーですら恍惚とたちつくす時がある。初めて十握を見た通行人の反応は想像に難くない。段差に気づかずにつまずくくらいは愛嬌ですむが、もし、御者が陶然と見蕩れるあまりに手綱を失念したら――。そこで夾雑物でしかないサングラスの出番である。

 贅言だが、サングラスが流行した後に眼鏡が生まれるという本末転倒な現象がおこるのはそう遠くない未来の話である。

「やれやれ、こんなところで街一番の色男サマと出くわすとはおもってもみなかったぜ」

「そちらの女性を解放してくれませんか」

「やなこったい」

 蛇はにべもない。

「女っ気なしで夜がすごせるか。おれのベッドは寝るためにあって眠るためじゃねえんだ。――ま、あれだ、この女の代わりにてめえが尻を貸すっていうなら考えなおしてもいいぜ」

 下卑た笑み。無遠慮な視線が十握の全身を舐めまわす。

「愛を打ち明けてくださったかたにもうしわけないのですが、先約がありますので」

 十握は淡々と受け流す。

 この容姿になった時から、いつかはこんなこともあるだろうとおもっていた。

「そいつは残念だ」

 赤黒い舌が首筋を蹂躙する。女性が小さく悲鳴をあげた。

「かわいそうに、お嬢ちゃん。白馬の王子さまはおまえのために尻に布切れ突っこんで三日ほど痛みに耐えるくらいなら、どこかの貴族や商会の令嬢に突っこむほうを選ぶってさ。ま、当然の帰結だわな。痛いより気持ちいいほうがいいに決まってる――ただ、そうなると困ったことになったな」

「なにか不都合でも?」

「ああ、ある。尻は貸さない、だが、女は解放しろじゃ、おれの腹の虫がおさまらねえ」

「では、どうしろと?」

「金だな。有り金全部と剣で手を打ってやる。おまえは女を助けられて満足、この女は色男に救われて一生のおもいでになる。で、おれはその金で女を買う。めでたしめでたしって寸法よ」

「つまり有り金全部とられた上に後ろからバッサリと」

「そんな阿漕なことはしねえって」

「では、わたしがギルドや街の役人に報告するのを看過できると?」

 蛇は肩をすくめた。

「頭がいいと楽に死ねないぜ」

「お気遣いなく、これでも冒険者の端くれですので覚悟はできています」

「見ずしらずの下層の女のためにしゃしゃりでて体を張るとは酔狂な野郎だぜ。いいぜ、その顔を切り刻みながらかわいがってやらあ。てめえはモンスターに襲われたってことになるのさ。ルーキーが調子こいて単独で戦って墓穴掘ったってな。葬儀には女たちがわらわら集まって盛大に泣くんだろうよ」

 嘲弄する蛇に、十握はどこ吹く風で、

「それが辞世の句ですか?」

「どこまでもいけ好かねえ野郎だ」

「気があいますね。わたしも出遭った時からそうおもっていました」

読了ありがとうございます。

後書きから読む人も先にお礼を述べときますね。

いくらか風変わりな文章で読みにくかったことと思います。

一見するととっつきにくいが、内容はわかりやすい文章が好きなんです。慣れれば癖になるのでもうしばしお付き合い願います。


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