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奸臣

「予想外の形になりましたが、一応、勇者の威厳は守れました」

 わたしとしては、応援してくださったかたがたを落胆させずにすんだので邪魔がはいった玉虫色の決着はむしろ渡りに船でした、と十握は微笑する。

「そうですか」

 気のない返事。

 だが、十握は満足気だ。靴先で石の舞台を小突きながら、

「獲らぬ狸の皮算用」

「――?」

「タイベットに賭けた人は笑いがとまらないでしょうね」

 通常、この手の勝負に引きわけはないが、相手が勇者ということもあり、上の横槍で中断される可能性がいくらかあるということで、払い戻しを嫌う胴元はタイベットを用意していた。

 元いた世界の言葉でいうと万馬券である。それも、最小単位でも有人窓口で手渡される額になる。

 気分は十八の娘。箸が転がっただけで腹を抱えずにはいられまい。

「なにをおっしゃっているのか」

「お気の毒さまです」

 カラカラと笑う。

「わたしはあなたに同情しているのですよ。水をワインに変える便利な男を銀貨三十枚でユダヤ人に譲り渡したイスカリオテと同じです。教養のある者が無識な平民と行動をともにすれば気苦労は絶えなかったことでしょう。特にあの――ジョーさんでしたか、直情的なかたと見受けられるので権高な上のものいいに反駁したことは一度や二度ではないはずです。そのたびに彼らの怒りは同じ貴族であるあなたに向かう。折衝役の務めといえばそれまでですが、屁負い比丘尼と同じく難儀な役目です」

 屁負い比丘尼は元いた世界の貴人の娘が屁をしたら、

「わたくしですが、なにか?」

 と、名のりをあげる汚れ役の侍女をさす。

 カメラを前に嬉々として失敗談を語る者が人気の世界では「なんだ、それくらい」だが、封建社会は究極の見栄っ張りだ。場合によっては言葉じりひとつで進退伺を提出しなければならないことがある。たいがいはお構いなしだが、池に酒を張り、木に肉を吊るす――食中毒待ったなしの暗愚が上にいると莫迦正直に受理されかねない。これ幸いと追い落としに利用する者もいるだろう。

 たかが屁だが、されど屁。文字通り命とりになるのが封建社会であった。

「――それが?」

「情状酌量の余地があるということですよ」

 白皙の美貌にわずかだが翳りが生じたのは、前の人生と重ねあわせるところがあったか。

「憂さ晴らしに贅沢をする気持ちはわかりますし、そのために支給されたお金やつけとどけの一部をわたくしするのも、ま、褒められたことではないですが、必要経費といえなくもない。なにせ、盗みを働かないのは馬と殿さまだけという世界ですからね。面倒な金勘定を一手に引きうけていたのですから手当といえなくもない。――ただし、なにごとにも限度はある」

 投機はやりすぎです、と十握はいう。

「なにをいってるのか」

「大きな金の流れはすべてラウドに通ず。そして、こと金銭に限ればベーカー街の探偵に負けず劣らずの明晰な頭脳の持ち主がここにはいます。あなたが小細工を弄して土地や建物を買い、店の権利の売買や保険の引受人に手を染めていることも。そして、焦げついていることもすぐにわかりました」

 台本通りの結末でしたら穴埋めができたのにと十握は弄うようにフランツを見る。

 二対の視線が空中で火花を散らす。

 腐っても鯛である。下級でも貴族なだけあってフランツは腹芸に長けていた。

「どうやら、誤解なさっているようですね」

 フランツは深々と息を吐いた。

「誤解ですか?」

「ええ、誤解です。勇者に大金を賭けたのはよかれとおもってのことです」

「よかれと?」

 勇者一行から縄つきをだすのは憚られますから、とフランツはいう。

「わたしの不注意です。気づくのが遅れて大金になってしまいました。犯人はおそらくサレナさんです。気まぐれなかたで屋形船の時も今も別行動をとっていますがわたしたちのパーティーの紅一点です。数字に明るいかたとはおもえませんから、悪い男にでも誑かされたのでしょう」

 単独行動が多いとはおもっていましたが、よもや、裏で不正を働いていたとは……仲間を疑いたくなかったわたしの甘さが彼女を助長させてしまったのですね、とフランツは沈痛な面持ちでつぶやく。

「――なるほど、サレナさんの贅沢に寛大だったのは悪事が露見した時のスケープゴートでしたか」

 元いた世界の裏カジノの店長みたいな役割である。

「彼女の犯行を裏づける証拠を捏造してあると?」

「そうでなくては、あんな山出しの小娘に甘い顔などしませんよ」

 よほど腹に据えかねることがあったのであろう。この後、しばらく悪罵の洪水が続くと、

「さて、後はわたしの作った証拠とあなたの証拠のどちらに信憑性があるかということになりますが――貴族のわたしと平民ばらでは比べものにならないかと」

 フランツは哄笑した。

「聞きましたね、サレナさん」

「ええ、わたしはパーティーメンバーから縄つきをだすのに躊躇しないけど」

 その女性はかん高い声の持ち主であった。

 フリルを多用したピンク色のドレスを着ている。手にした弓はミュシャの絵というか、当時は優しさに満ちていたアクションRPGの画面を囲う蔦のような、細かい文様がびっしりと彫られている。

 髪もピンク色で外巻きである。

 元いた世界の魔法少女という言葉がピッタリくる容姿であった。

 だが、しかし、なぜ、弓士にこれを着せる?

 やはり、魔法少女は若い魔女が相応しい。

 十握の前に転生か転移した者が誤って伝えた? あるいは伝言ゲームのように時代を下るにつれておかしくなった?

いずれにせよ、面妖ないでたちに変わりない。多様性が溢れまくっているこちらの世界でも浮いた存在である。

 彼女と行動を供にする。

 なるほど、伝統を重んじる貴族のフランツが心内で苦々しくおもうのもなんとなく理解できる気がする。と、いうか、十握も苦手だ。なまじ、耳がいいのでキンキン声を聞き続けると頭痛がするし、コスプレにまったく興味がない。脱がなければブレザーもボンデージも喪服もジャージもいっしょの現実主義者であった。

「どうして……ここに?」

 フランツの相貌は驚愕で蒼い。

「街一番の男前が見られるハレの舞台だからにきまってるじゃん」

「――認識阻害。莫迦な……わたしが魔法に気づかないことなど」

 魔法少女――サレナは忽然と十握の背後にあらわれたのである。

 返事は別の者がした。

「あんたみたいな勘の鈍い坊やは嫌いだよ」

 股間を励起するハスキーな声であった。

 調香師のレベッカである。久々の登場であった。

 十握に寄りかかると、肉の双丘の間に手をいれた。取りだしたるは緑色の液体を満たしたガラスの小瓶である。眼前で振りながら、

「薬の働きさね」

 それと、十握が靴先で石舞台を小突く音が誘導催眠の役割を果たしている。

 十握は乱暴にならないていどの力でレベッカを剥がすと、

「それでは右後方をご覧ください。お偉いさんがいます。――おや、ご存じない。いけませんね、下から数えたほうが早い貧乏貴族の次男とはいえ、主家筋の顔くらいは覚えておかないと」

「――万事休すということですか」

 フランツは力なくひとりごちる。

「罪を償ってください」

「そうしよう」

 ビュウと風が鳴った。

 喉を抉るナイフはすんでのところで軌動を変えた。

 ナイフが石畳を滑る。

 フランツは苦鳴をあげる。

 右手に矢が刺さっている。

 サレナが放ったものである。

 魔法少女のコスプレをするだけはある。

 よもや、矢が物理法則を無視して、ひと昔、いや、ふた昔前のSFアニメのミサイルのように直角に曲がろうとは。

 フランツは矢を引き抜くと地面に叩きつけた。

 歯を喰いしばって痛みに耐えながらサレナを睨む。

「なぜ? ここでわたしが死ねば勇者の名誉は守られる」

 サレナは指で右の下瞼を引っ張ると舌をだした。

「わたしを牢にいれようとした人を楽に死なせるもんですか」

「かわいそうに、あなたのせいで一族郎党飼い犬まで苦労することになります」

 フランツは崩れ落ちた。

 さめざめと泣く声がいつまでも続いた。


 その頃、ラウドの外では。

 先んじた勇者とジョーがモンスターと対峙していた。

 いや、正確を期すと、一方的に切り伏せている。

 欠損著しいモンスターが死屍累々と折り重なっている。

 充満する命の溶けでる臭いにおっとり刀で駆けつけた冒険者のなかには嘔吐する者があらわれる始末であった。

 まさにジェノサイドであった。

「そっちの犬っころはまかせろ」

 ジョーは嬉々として叫ぶ。

 元よりよくない面相が返り血を浴びて、それで笑っているのである。子どもが見たらひきつけをおこしてもおかしくない。

「やっぱり、街中でかしこまってるより、こうして動いてるほうが性にあうぜ」

「ですね」

 勇者が同意する。

「なあ、あの色男、見かけに反して強かったな」

「ええ」

「あのまま試合が続行してたら勝てたか?」

「無理ですね」

 即答であった。

「やっぱりな」

「十握さん、あれで戦士や剣士じゃないんですって」

「余録であの腕か。嫌になるぜ」

 ジョーは唇を尖らせる。

「これはギルドの人から内々で聞いた話ですが」

 トカゲのようなモンスターの首を刎ねると、

「本当はもっと上でもいいのに、パン屋と人助け――トラブルシューターというのが忙しいし、ランクがあがって厄介ごとをおしつけられてはかなわないとあえてCランクに留まっているそうです。腕がなければそんなわがままは通りません」

「喧嘩を売る相手を間違えたか」

 後ろから抱きついてきた大猿のこめかみに肘をいれてひるんだところを唐竹割りにする。

「なあ、氾濫ってそこらのモンスターがいっしょくたになって押しよせてくることを指すんだよな?」

「そうですが、それがなにか?」

「さっきから気になってたんだが、虫ケラが一匹も見あたらねえ」

「いいじゃないですか、いなくて」

「虫は頭が悪いからいいんだ。犬っころや猿みたいな少しは頭の回るモンスターはちいっと仲間が殺られたら怖じ気づいて退散しちまって興ざめだが、その点、虫は最後の一匹まで向かってくる」

「たしかに、追いかける手間が省ける」

「だろ」

啓蟄けいちつには少し早いので土のなかで休んでいるのかもしれませんね」

「虫さんもあったかくてじめじめしたところが好きって、か。そうおもうと急に愛しくなってきたぜ」

 場違いな笑い声が周囲に響き渡った。

いやはや、お恥ずかしい。うっかり、上書きするのを忘れて無駄に時間をとられてしまいました。

余談ですが、スーパーでならんでいて後ろに中学生か高校生らしきふたり組がついた時のことです。距離をとらずにピッタリくっついて、口を閉じたら呼吸困難で死ぬのかっていうくらいずっとしゃべってる。しかも、聞こえてくる内容は、

「クラスや部活の人の名前を全部覚えられない」

「必要ない奴の名前なんか覚えなくていいだろ」

「あいつキモいよな」

「あいつもキモいよな」

「超キモい」

「キモすぎだろ、マジで」

まあ、ボクはアタマがワルいです、と自己紹介してるみたい。

しかも、妙に甲高い声で耳障りとくる。ネチャネチャした口調がやすりと化して心をざらつかせてくる。たったふたりで気が大きくなるとはなんともおめでたい人たちだこと。

で、イライラしながら会計をすませた時にふたり組の姿が垣間見えたのですが、

ひとりは痩せがたで口許がカワハギみたい。

もうひとりは短髪のデブ。「ごくせん」にでてるあの役者みたい。

「うるせえ、てめえらにキモいを使う資格はねえ。てめえらの家の鏡は銅鏡か?」

おもわず、胸の内で突っこんでました。

不思議と怒りが和らいで晴れやかな気持ちで店をでることができました。

なにが、いいたいか?

これが短編の基本構造である序破急です。

ちょうどいい体験だったので書いてみました。

追伸 本編がまだなのに後書きだけ書きたくなる時がありますね。推敲が不充分で投稿したため、加筆訂正が多くてすみません。次回は番外編の予定です。

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