天に二日なしは異世界だとあてはまらないのかもしれない
露出過多の女性たちのダンスと歌のハーフタイムショーがすむと両雄が舞台にならびたった。
観客は固唾をのんで静観している。
女性は恍惚と頬を緋に染めて。内なる獣が獅子吼する男たちは拳を強く握りしめながら。
かたや、国の宝である勇者。
かたや、ラウドの至宝である十握。
乾坤一擲の大勝負が、今、始まろうとしている。
勝利の女神はどちらに微笑む?
幸運の神の希少な前髪を掴むのは?
――と、いうのは大袈裟である。
当人たちはいたって平常心である。
レフェリーのボディーチェックがすむと、
「たしか、最初の五分は無手で派手にたちまわるのでしたね」
勇者が確認するようにいう。
「ええ、お金を払って観にきてくださったお客へのサービスです」
「手加減はともかく――パフォーマンスというのはしたことがなくて自信がないのですが」
「大丈夫ですよ」
十握が艶然と微笑んだ。事前に各部位の筋肉を十秒ほど硬直させてから脱力する――漸進的筋弛緩法で落ちつきをとりもどしている。ウォーミングアップはしていない。以前に、第三道場で実験したことがある。やろうとやるまいと身体パフォーマンスに差は見受けられなかった。冬場の寒さしのぎの役にはたったが。
「習うより慣れろです」
パフォーマンスなので間合いのとりあいもへったくれもない。レフェリーの開始の合図と同時にふたりは距離を詰めた。
おそるおそるだしてきた勇者のジャブを十握は円の動きで捌いた。その流れで手首を掴むと引きよせた。逆の手を少年の細い腰へ回す。
体当たりを喰らった勇者がよろめく。
嬌声が闘技場を席巻した。
窈窕たる美丈夫とニキビなどという野暮なものが現れる前の可憐な少年とのぶつかりあいに女性陣は団扇を振り回して欣喜雀躍している。
十握は距離をとった。
勇者は腰をさする。
「なるほど、こういうことですか」
「ええ、そういうことです」
勇者の動きが変わった。
所作が大きくなった。
バク転するなどアクロバットな動作を多様して十握を翻弄する。
お手本はサーカスの団員か。
対して、十握は……酔った。
左手を前に伸ばし、右手を手前にした状態で体を揺すっている。
両手は杯手――人さし指と中指と親指で銚子を象っている。
千鳥足である。
虚実を捨てたまっすぐなパンチを避けると後ろ向きに倒れた。
繰り人形のように起きあがると反撃する。
酔拳である。
正式な名称は酔八仙拳。酔っぱらいの動きを模した形意拳である。
ダース単位でカンフー映画を観てきているので動作は頭にはいっている。だから、脳に負担はかからない。気分はアクションスターである。瓢箪を用意してなかったのが悔やまれる。
一度、使ってみたかったのである。その欲求が羞恥心を抑えこんでいた。
ついでと、八卦掌を随所に混ぜる。円を描く歩法が特徴的な護身術である。
もっとも親しみのある八極拳は物騒な技ばかりなので初手の体当たりに留める。
徹頭徹尾のエンターテイメントに客は興奮している。
「やりすぎだ」
そううわずった声をあげると頭を抱えたのは大きなくくりでのアーチーの同業者である。
事実、子どもたちが千鳥足で歩くのを見かけて、すわ虎の子を飲まれたのではと母親が慌てて棚の酒を確認する行為が常態化していては生半可な芸で客は呼べまい。沈静化するまで忍従の期間は半年ほど続いた。
魅せることに特化した武芸。
おそらくこちらの世界で初の試みであろう。
元いた世界の、街頭テレビに群がって、空手チョップでシャープ兄弟にやられている木村政彦を救出する力道山を応援する人々のように観客は瞠目している。
熱中するあまり――血圧が急上昇したのであろう――ふらつく者があらわれる始末。
もっとも、これだけ大袈裟に飛んだり跳ねたりしているのである。
手加減していると大多数は理解している。
異世界だからなんでもかんでも元いた世界よりレベルが低いということにはならない。
「――これは――癖になりますね」
たおやかな手を両手で受けとめた勇者の双眸が喜悦に輝いている。
見よう見まねで肘の関節を極めにくる。
「楽しんでいただけてなによりです」
「後一分二十三秒で終わるのがもったいないくらいです」
「それはもうしわけないとしか」
「――?」
十握は回転しながら脱出した。
――やはり、特別な日は演出が贅沢だ。
ハウリングで歪んだ音が歓声を掻き消した。
人々の不安を掻きたてる音であった。
元いた世界のテルミンに似ている。
それはギルドの屋上から流れていた。
途端に興奮で緋に染まっていた客の相貌が蒼のそれとなる。われ先へと出口に殺到した。
怒号が聞こえる。
悲鳴が聞こえる。
子どもの鳴き声がする。
押しあいへしあいで足を踏まれたり離ればなれになった者がいるのであろう。
「――今のは?」
勇者は手をとめる。
「モンスターの氾濫をしらせる警報です。さ、勇者の出番ですよ」
「そうですね」
勇者は舞台の側で控えていた係員から剣を受けとると軽いひと蹴りで観客席に移った。
逃げだした後なので邪魔だてする者はいない。すり鉢状の客席を飛燕の速度で駆けあがると、ああ、五十メートル弱の高さをなんの躊躇いもなく飛び降りたではないか。
最短距離を選んだのである。
凡夫なら自殺行為であることはいうまでもない。
「細心の注意を払ったつもりだったのですが――」
十握は息を吐いた。
「警報がパフォーマンスの時でなによりです。本気をだしていたらレフェリーが巻きこまれて命が危うかったかもしれません」
これまたくりかえしを嫌うグロッグの要望でパフォーマンスの後は本身で戦うことになっていた。余談だが、道場生らに娯楽要素を、一切、求めなかったのは腕のない者に余計なことをやらせても白けるだけという冷酷な判断である。
ま、過ぎたことです、と十握はひとりごちるとフランツを見る。
セコンド役で舞台の端にいる。
勇者に追随するジョーと異なり――と、いっても、五十メートルの高さから落ちたら四肢の関節を増やすのがオチなので関係者用の裏口へ走った――悄然と立ちつくしている。
元いた世界の蛍光色の法被を着た客引きの甘言に惑わされた男が地階からもどってきて強い日差しに目を細めた時のような――と、いうとかえってわかりにくいか――とにかく悲壮感が漂っていた。
二十メートルほど先の壁を通り越してどこか遠くを見ているような虚ろな目をしている。
心ここにあらずの状態であった。
「雉も鳴かずば撃たれまいに」
十握の口の端に薄い笑みが広がった。
スマホの視聴がかんばしくない。ええ、原因はわかってます。空白の行を作らないからです。でも、できないのですよ。それをしたら、跳ねるような、畳みかけるようなリズミカルな文体が損なわれてしまいそうで。そこに目を瞑って読んでいただければ楽しんでもらえる自信はあるのですが――。
ま、愚痴はこのくらいにしましょう。
今回は書き手へのアドバイスです。
投稿に先立って、参考になればとハウツー本をなん冊か目を通してわかったことがあります。
ほとんどが癖の強い店主のいる飲食店の壁やトイレに貼ってある教訓みたいなものです。
そりゃそうだろうなとおもう反面、実用的かというと疑問が残る。
役にはたつだろうけど、少し難しやしないかと小首を傾げるのもありました。
で、その中でみなさんにおすすめできる――有益な上に読み物としても面白いとおもうのが赤川次郎氏の「ぼくのミステリ作法(角川文庫)」です。
物語(小説という言葉が苦手でして)を書いてみたいとおもうかた、書きはじめてはみたもののプロットで悩む人はぜひ読んでみてください。
値段も手ごろですし、敬意を払って電子書籍版でもいいので定価でお買い求めをお願いします。
それでは次回にお会いしましょう。 ブックマークと高評価をよろしくお願いいたします。できれば、感想も。




