祭り当日
特別な日は朝を告げる音も特別であった。
空から音が堕ちてきた。
力強い音であった。
言葉にするならドンになろうか。
花火であった。
地方からきたばかりの浅葱裏がなにごとかとおっとり刀で部屋を飛びだして、半笑いの宿屋の看板娘に朝食まで時間があるからと押しもどされている。
こればかりはむべなるかな。
金が唸るラウドでも、土木工事の発破に使う火薬を無為に空に散らすなど滅多にないことである。花火は色鮮やかであった。元いた世界の江戸期の花火は一色である。銃もないこちらで火薬の技術が飛躍的に発展したとは考えにくい。こちらの世界ならではの技術――魔法の援用であろう。
その日、闘技場に多くの人が殺到した。
立ち見席は元いた世界の満員電車もかくやの混雑ぶりであった。
グロッグの手腕の賜物である。
入場料を低くおさえている。相場より安い。開催の経緯はあまねくしれわたっている。祝賀会の延長という位置づけである。と、なれば物見高いラウドの住人はわれ先と駆けつける。――もっとも、グロッグはやり手の商人である。受領は倒るるところに土をつかめという(国司である藤原陳忠が京へ帰還する途中で谷へ転落し、供が救助に行李に縄をつけておろしたところヒラタケが積んであったという今昔物語の逸話から、強欲にまみれた者は失敗しても手ぶらで帰らないという意。卑近な例だと、悪行の当然の報いで刑務所に収監された者が体験談を出版するのがこれにあたる)。したたかな商人らしく、妙齢の女性に酒や軽食を売り歩かせ、金持ち相手にVIP席で暴利を貪ったうえに付近の土地を借りて馬車を置く駐車場代でちゃっかり差額以上の利を得ていた。
この手のイベントにしては珍しく女性の姿が際立っている。四割ほどいようか。日焼けして腕がもげそうなくらい重いブレスレットや指輪をした成金と雇われママという王道パターンは、無論、母子や同性の友人と連れだって、あるいは、噂に聞くラウド一の美青年のご尊顔をひと目見ようと近在の村の同士が徒党を組むなど形態はさまざまである。そのため、むさ苦しさが薄れて、アイドルのコンサート会場のような趣がある。十握の提案で暑さしのぎに販売したうちわがそれを補強している。――ただし、はなやいだ雰囲気は第三道場側に限った話で、第一道場兼勇者側は従来どおりの鉄火場で内なる獣を酒で抑えこんでいる者が多く見られた。
試合は始まっている。
円形の舞台上で素手で殴りあっている。
同じことを繰り返してもライトユーザーの受けが悪いとグロッグの鶴のひと声で初戦は寝技なしの素手ゴロ、次が杖(槍の代わり)で、大将戦が木剣となった。
両道場とも素手の技術はおざなりである。
モンスターや野盗を想定しているので殺ることが前提である。
あくまで次善の策、武器を失った時の悪あがきでしかない。
やってることはそこらの喧嘩と大差なかった。
上体をやや後ろに反らせている。古代のボクシングに似ていた。
技術がないから決め手に欠ける。
我慢比べの様相をていしている。
それが、かえって幸いした。
観客はやんややんやと喝采を送っている。
目の肥えた者には泥仕合もいいところだが、大多数を占めるライトユーザーにとっては小細工なしの正面切っての肉と肉の激しいぶつかりあいが迫力のある名勝負に映っている。
大振りのフックが第一道場生の顎に命中した。
第一道場生は前のめりに倒れた。
「決まりですね」
十握がつぶやいた。
「まだ、一発もらっただけなのでは?」
グロッグが疑問をていす。
「前のめりに倒れたら終わりです。たちあがれません」
「そういうものですか」
「そうらしいです」
「――らしい? 憶測を嫌う十握さんらしからぬ、奥歯にものが挟まったようないいかたですな」
「経験したことがないので」
「あ、なるほど」
グロッグが得心する。
VIP席にいる。楽屋は大部屋である。黙々とウォーミングアップに精をだす者がいる張りつめた緊張感が支配するなか、オータムナルのダージリンに似たまろやかな甘みのある紅茶とスコーンで優雅なひと時はさすがに不謹慎と疎開したのである。
ついでにいうと、ソフィーとエイリアは目と鼻の先の関係者席にいる。十握は正規の料金を払おうとしたものの、そないなことされたらわたしがしみったれとおもわれてしまうとグロッグに嘆かれては甘受するよりなかった。たしかに、大富豪らしからぬ吝嗇よと日頃の鬱憤もあって口さがない連中の格好の的にされかねない。強引に黙らせようとすれば貫目をさらに落とすことになるだろう。
レフェリーが試合をとめる。
番狂わせに紙屑となった投票権が紙吹雪の代役を務めた。
一番、驚いているのは勝者であろう。
苦し紛れにだしたフックである。
テレフォンパンチもいいところ。普通は避けられる。だが、その前にたまさかはいった内腿へのローキックが尾を引いていて回避が遅れたのだ。
以降の試合は気の毒のひとことにつきる。
プロレスの前座が地味な技の応酬に終始するのはこのためだ。
盛りあがりに欠ける。
腕のある者が実戦に近い形態で戦えば決着は早い。
ましてや、得物で戦うのである。
刃がないとはいえ、杖で突けば骨は砕ける。木剣で斬られれば凄絶な痛みに悶えることとなる。部位によっては命を落とすことになりかねない。ルール上、頭部への攻撃は禁止されているがそれを妄信して相手の得物が届く位置に顔を晒すのは匹夫の勇である。不慮の事故はおこり得る、頭に血がのぼって横紙破りをする者もいる。まともに喰らえば頭部は熟柿のように潰れる。
リングサイドに控えている医者は高位の回復魔法が使える高級とりだが、魔法は時間がかかる。間に合わないことが多い。また、限界もある。最善をつくしましたがからはじまる紋切り型はこちらでも珍しいことではない。過剰な期待は禁物であった。
慎重にならざるを得ない。
間合いのとりあいが重要になってくる。
それでいて、動きだしたらすぐに決着がつく。
ライトユーザーには退屈なしろものである。
試合そっちのけで仲間うちでおしゃべりに興じたり、ちょうどいい空き時間と用をたしに席をはずしている。武の経験がないから戦う者への敬意は薄い。
――試合は順当に終わった。
両方とも第一道場生が勝利した。ただし、辛勝である。選抜戦なら見せ場を作れるとピラトが胸を叩くだけあって実力は拮抗していた。
十握は拍手して勝者を称える。
十握がするならばと周囲が同調する。徐々に輪は広がり万雷の拍手となった。
正々堂々と戦った結果に心情は関係ない。
悪辣にも応援していた候補を蹴落として当確を得た不埒な相手に裁きの鉄槌をくだすべく評論家がたちあがり、矢継ぎ早に詰問する光景を目撃すると否定したところで落選者が繰りあがるわけでもないのにと肩をすくめる十握は、せっかくの祝日に選挙など行きたくなかったが、かといって他に予定もないから投票して帰りにチェーン店で遅めのランチを摂る懶堕な男であった。
「さて、わたしの番ですね」
「中だるみしましたからね、盛りあげてくださいよ」
軽口を続けようとしたグロッグは十握の異変に気づいた。妙に動きが硬い。
「――もしかして、緊張……してます?」
「最近はうっかり忘れがちですが、本来のわたしは耳目を集めることが苦手な性格でした」
学園祭の悪ノリみたいな行為は特にそう。
後に入浴中のくつろいだ時や就寝時に頭を抱えて赤面することになる。あの時、調子にのってあんなこといわなければよかった。いくらなんでも外連味がすぎる、と。まさに後の祭りである。
「そのお姿で注目を浴びるのが苦手?」
またまたご冗談を、とグロッグは取りあわなかった。
それが普通の反応である。
最近は本をちょっとずつ読むことが増えました。
以前のように一冊、がっつり読むと感化されまくって。五人くらいの本を読んでバランスをとるようにしてます。
それと、苦手な作家の本も一冊。煮詰まったときにパラパラとめくってこんなのでもいいんだからなんとかなるとじぶんを鼓舞しています。ただ、読んでいるといくつか感心させられる箇所があるのが癪ですが。
それでは、また、次回にお会いしましょう。 「最高のオバハン 中島ハルコ」を観ながら。




