貪欲
「ま、そういうことになるでしょうな」
十握が襲われた一報をカジノのバーカウンターで受けたアーチーの反応は恬淡としたものであった。
「どういうことです?」
「おや、ご存じない?」
たおやかな手が頤に触れる。
「木の芽時ということくらいしかおもいあたるのは……」
やれやれとばかりにアーチーは息を吐いた。
「例の試合ですが、金が賭けられてます」
「禁止されているのでは?」
貴族の多くは武功でとりたてられた者たちである。その武を賭けの対象にするなど冒涜もいいところであるというのが彼らの見解である。本心は違う。太平の世ゆえに台頭してきた商人たちへの牽制のひとつである。金で覆すことのできない身分の壁を叩きこむ必要がある。ライバルの出現を防ぐべく、王家が諸侯の弱体化を謀った政策の煽りで商人に首根っこを掴まれている下級貴族は多い。受任限度は地下でこそこそと開くくらいで、大きな箱物で堂々とやるなど、到底、許されるものではなかった。
「特例ですよ」
アーチーはカップを満たす黒液に口をつける。
「勇者さま一行のあれやこれやで出費しましたからね。彼らのために爪に火をともす生活などお役人のかたがたはまっぴらだということです。今回ばかりはグロッグさんの大事な祝いの席に水を差した結果となったので全額ツケ回しは無理そうですし――。そこで損失補填に賭けを黙認することにしたそうです」
「それで、わたしを襲った理由というのは?」
「八百長ですね」
「奇特なかたもいるものです」
十握は怪訝な顔だ。
元いた世界の競馬の三連単とかならわからなくもないが、一対一の勝負など倍率はたかがしれている。危ない橋を渡ってまですることとは考えにくい。強いて理由を探すとするなら――。
「再開発に不可欠な土地を賭けた代理戦に使われている、とか?」
こちらの世界にも怪物商法は存在する。
それを旦那に無断でするのは自殺志願者だけですよ、とアーチーは苦笑する。
「旦那の人徳の賜物とあちらの不行跡が招いた結果です」
「――?」
「街の有力者たちがこぞって旦那に賭けてます」
「オッズ上はあちらがイタリアの種馬ということですか」
「――イタリアの種馬というのは?」
「咬ませ犬を大袈裟にいったまでです」
忘れてください、と十握は話をすすめる。
「煩わしいのが苦手でしたら隠れ家を用意しましょうか?」
「ソフィーさんが、最近、腕が鈍ったとぼやいてましてね」
「それは災難だ」
「まったくです」
入り口のほうで剣呑な気が漂いはじめたのは、ソフィーが喜悦の相を浮かべて相手の腕をねじ切る姿を想起してふたりが肩をすくめた時であった。
門番役の傷面の大男がアーチーにうかがいにやってくる。
「一見の男が旦那に会わせろとずうずうしいことをいってます」
「どんな野郎だ?」
「へえ。インテリぶってますが目つきの悪い野郎です。着てるもんは地味ですが、ありゃ、布地と縫製に金がかかってますぜ。裏地に金糸銀糸の刺繍があってもおかしくない代物です。たっぷりと搾りとってやりましょうぜ」
「おい、ここでそういう本音は」
すいません、と傷面は低頭する。
「どうします?」
アーチーがー訊く。
「追いかえすのも無粋です。ここ――バーカウンターでいいのでしたら」
十握は鷹揚に頷いた。
――やってきたのは勇者一行の神経質そうな男である。
「いいのですか? 勇者さまのお仲間がこんなところにきて」
「ここは王都から離れてますので」
「で、ご用件というのは――ええと」
「フランツ・ミューゼムと申します」
「おや、貴族のかたでしたか」
「吹けば飛ぶような下級ですのでお気になさらずに」
神経質そうな男――フランツは自嘲する。
「お願いがあって参りました。例の試合の件ですが勇者に花を持たせてもらえませんか?」
「これは異なことを」
わざとらしく十握は首を傾げる。
「喧嘩を売ってきたのは勇者とその脇侍です。恥を掻くのが嫌なら彼らを諌めるのが道理というものです」
加害者の肩を持って被害者に泣き寝いりを強いるという了見は、酸味の強い漬け物と、ハロウィンで周囲に迷惑をかける心がモンスターの低脳の次に許しがたい、と十握は辛辣だ。
ハロウィンという謎の言葉に困惑するフランツに、
「勇者に遺恨はなかったのですが、これでやる気が湧きました。勇者が鼻水と涙を流して地べたに這いつくばる姿は、さぞや、滑稽なことでしょう」
莞爾と笑う。これではどちらが悪党かわかったものではない。
傍観している客は笑いを噛み殺している。
内容こそ聞きとれないが、どちらがやりこめられているかは一目瞭然だ。
山出し風情がよりにもよってラウドの至宝に直談判など。侮蔑の視線の槍襖にフランツのこめかみに青い筋が浮かぶも、すぐに消える。
ジョーとのやりとりで耐性がついているのか。
フランツはゆっくりと息を吐いた。
「勇者が負けるのはかまいません。彼はまだ少年です。ですが、勝者は強ければ誰でもいいというわけにはいきません。高名な騎士や武芸者でなくてはならない。でなければ上は納得しないでしょう。政治とは厄介なものです。――あなたが試合を終えたその足で王都の武芸大会に出場して名をはせていただけるのなら別ですが」
「仕方がないですね」
十握は肩をすくめる。
「あなたがたの顔をたてるとしましょう」
「ありがとうございます」
フランツは感謝を述べると立ち去る。
「彼をどう見ます?」
そうですね、とアーチーは腕を組む。
「宝くじを二枚買って一枚が当たったら、唇を尖らせて一枚はずれたと嘆くタイプですかね」
「――それは……どういう意味で?」
「鼻持ちならない野郎だってことです。あの手の輩は叩けば埃がたっぷりでますぜ」
「同感です」
「いいのですか、相手のいいなりになって?」
もっともな疑問を十握は無視して、
「大きな願いを叶えるには相応の供犠が必要です。彼はなにを差しだしてくれるのでしょうね」
大輪の花が鮮やかなカップに紅唇が触れた。
異世界ものだからファンタジーにしてますが、はたしてそのジャンルであってるのか、時々、疑問におもうことがあります。
かといって、アクション(文芸)もどうかと。
文芸なんて仰々しいのは違和感しかないし、アクション(文芸)の代表作をいくつか拝読したところ、なんかわたしのと毛色が違う。
異世界ノワール(娯楽)や異世界ハードボイルド(エンタメ)、異世界ハードバイオレンス(通俗)あたりが欲しいところです。




